センゾク。2

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アダルトな読み物のお部屋

センゾク。2
2021年07月10日 10時27分

2.

「ふぅ‥‥。」
 恵は今日何度目かのため息をついた。現在火曜の午後11時。リビングのテレビには最近話題の歌手、城山カヲルが映っている。そのカヲルと恵が恋人になって半年。テレビに映る彼は恵が知ってる『城山おっとりカヲル君』とはまるで別人だ。
(あーあ。また急な仕事かなぁ‥‥。)
ここは彼のマンション。『今日こそ一緒にご飯食べよーねぇ!』と言うカヲルのリクエストに応え、今晩のメニューは和食。忙しくて外食ばかりの彼を気遣って恵はあっさりしたものを中心に、心を込めて作った。
(今日って‥‥。あと1時間じゃん。)
 いくら『生カヲル』にひと月ぶりに会えそうだとはいえ、明日も仕事だ。
「はぁ‥‥これで4回目かぁ。そろそろ帰るか‥‥。」
 カヲルを待つのを諦めて立ちあがった、ちょうどその時。

がちゃ。

「だー。づがれだー。たーだーいーまぁー。」
「あ‥‥。お帰りカヲル。」
「‥‥遅くなってごめんなぁ。でも、今回は今日中に頑張って帰ってきましたぁー!」
 カヲルは恵に抱きついた。その瞬間、恵の待ちくたびれた気持ちが一気に吹き飛ぶ。
「お疲れさま‥‥。よく頑張りましたっ!。ご飯食べよっか。」
 恵はカヲルの背中を優しくぽんぽんとたたいた。
「はーいっ!。いっただきまーっす!」
(‥‥カヲルにはかなわないや。)
 恵は苦笑いをしながら彼の茶碗にご飯をよそい、魚の入ったグリルに火をつけた。

「ごちそうさまー。やっぱ恵の飯はウマイねぇ‥‥。」
「ふふっ。おそまつさま。」
 ひと段落ついたカヲルはほっ、と息をつき、ぼんやりとした表情で湯呑を弄んだ。
「‥‥なぁ。」
「ん?」
「恵はさぁ、俺の背がもっと高ければいいって思う?」
「えっ?何で?」
「何でって‥‥。普通そういうもんじゃん‥‥。まぁ、ビジュアル重視の業界だからねぇ。そりゃもうちょっと大きければなぁ、とか思ったりもする訳さ。」
 多分、仕事で何かあったのだろう。カヲルはもじもじと言って頬を染める。いつもと違う様子にカヲルの疲れを感じた恵は、大好きな彼の大きくて黒目がちな瞳をじっと見つめた。
「芸能界ではどうだか分かんないけど‥‥。私はカヲルの瞳がこうやって近くにあるほうがいいな。」
「恵‥‥。」
「‥‥ホントなんだから。ずっと前からそうだったんだけど‥‥。気づかなかった?」
 カヲルの身体に腕を回して恵は囁いた。彼女の言葉と体温が疲れた彼を優しく包んで癒す。
「さんきゅ!。俺、すげぇ元気もらった‥‥。」
 ぱっ、と顔を輝かせてカヲルは恵にキスをした。それは軽く触れ合うだけのものだったが、久しぶりの感覚に互いの官能が疼く。
「‥‥なぁ。俺、明日3ヶ月ぶりのオフなんだよねぇ。恵はぁ、明日仕事‥‥だよね。」
「うん‥‥。」
「‥‥そっか。」
 カヲルは寂しそうに呟いた。恵の存在でいつもの自分を取り戻した彼は、今夜は殊更彼女と一緒にいたかったが、この半年間どんなに甘い時間を過ごそうとも、恵は決して彼の部屋に泊まることはなかった。
(今日もそろそろ帰っちゃうだろうなぁ‥‥。)
 カヲルは彼女の横顔を名残惜し気に、そして少しうらめしそうに見つめる。当の恵は何やら考え事をしている様子だったが、しばらくするとためらいがちに口を開いた。
「‥‥ねぇ。」
「ん?」
「‥‥今日泊まっていい?」
「えっ?」
「カヲルの妨げになると思ってずっと言えなかったんだけど、今夜は一緒にいたいの‥‥。だめ?」
 恋人の仕事の邪魔はしないというのが恵の信条で、プライバシーを保持し難い芸能人のカヲルが相手ならなおさらだと彼女はこの半年間考えていたのだが、今日は久しぶりに逢ったカヲルと一緒にいたいという気持ちに恵はどうしても逆らうことが出来なかった。
(自分から『泊まりたい』だなんて‥‥。)
 恵の顔は赤くなった。一方カヲルは彼女の真意を知り、一緒にいたいと恥らう恵の姿に織のように溜まっていた心身の疲れが一瞬にして吹き飛んでいくのを感じていた。
「‥‥ダメなわけないじゃん。すげぇ嬉しい。」
 カヲルは恵をぎゅっと抱きしめて、今度はゆっくりと薄くて形のいい唇を恵の唇に重ねた。

くちゅっ‥‥。くちゅっ‥‥。

「んくっ‥‥。はぁ‥‥。恵‥‥。」
「んふっ‥‥。ん‥‥?」
「ひと月ぶりだよね‥‥。3回も約束守れなくてゴメンなぁ‥‥。元気だった?」
 久しぶりの彼女の唇を堪能しながらカヲルは尋ねる。
「ん‥‥。元気だったよ。カヲルは‥‥。忙しかったんだよね。」
 恵は少し甘えるようにカヲルのがっちりとした胸に顔を埋めた。ひと月ぶりの彼の匂いが恵の身体を心地よく包む。
「人生29年目にして初めて体験する猛烈な忙しさだねぇ。」
 恵を腕に抱きながらおっとりと彼は呟いた。その口調にいつものカヲルを感じて恵はほっとする。
「そう‥‥。」
「まっ、忙しかろうがキツかろうが、俺にはすげぇ薬があるからねぇ。」
「薬って、カヲル‥‥」
 体調が悪いのかと心配する恵の額に、カヲルは笑って人差し指を当てた。
「俺がどーんなに疲れてても凹んでても一発で吹っ飛ばしちゃうんだなぁ。この薬は。」
「えっ‥‥?。もうっ!びっくりするじゃない‥‥。」
「でもこれがマジなんだなぁ。‥‥俺は恵がいなくちゃダメなんだって前から言ってんじゃん。だからもう自分のこと『妨げ』なんて絶対言うなよ‥‥。」
 カヲルはまっすぐな瞳で恵を見つめた。
「ん‥‥。」
 カヲルの気持ちに恵の瞳が少し潤む。
「‥‥今日ははじめてのお泊まり会ってとこかな。ゆっくりしてってね。」
 彼女の柔らかい髪を撫でながら、カヲルは恵にキスをした。互いの気持ちがまたひとつ繋がって二人の心が満たされる。互いがそれぞれを必要としていること。それがすごく幸せだった。
「‥‥じゃあ、お泊まり会ってことでぇ、今日は一緒にお風呂に入ろっ。‥‥ねっ。」
 しばらくしてカヲルはまるで子供のように無邪気にそう言い、給湯スイッチを押した。
「‥‥なんか恥ずかしいな。」
「まぁまぁ。ほら、一日の疲れをとらないと。‥‥おっ。」
 カヲルは恵の胸元に目を留め、するすると彼女のシャツのボタンを外した。贅沢な黒いレースにあしらわれた彼女の胸元が露わになる。
「それいいじゃん!。すっげぇそそる。‥‥もしかして俺に見せたかったのかな?」
「えっ‥‥。」
 このランジェリーを店で見かけた時、真っ先にカヲルの顔が浮かんだ恵は恥ずかしそうに目を伏せた。そんな彼女の様子にカヲルはいたずらっぽい表情でほほ笑む。
「下はどんな感じなの?」
 そう言ってカヲルは彼女の白いスカートとストッキングをするり、と脱がせた。恵のショーツは上品でありながらもフロントがブラと揃いのレースだけで縁取られており、陰毛が薄く透けている。
「‥‥すっげぇエッチだなぁ。」
「‥‥カヲルはこーゆーのイヤ?」
「うーん‥‥。大好き!」
 全身を桜色にして恥らう恵に欲情したカヲルは、たまらず彼女をベットに押し倒した。
「すっげぇ似合ってるけど、脱ごうか‥‥。」
 恵の耳元に熱い息を絡ませて囁き、カヲルはゆっくりとブラを外した。そして黒いレースから現れた彼女の白い胸元に口をつける。
「はぁ‥‥ん‥‥。」
(この表情がたまんないんだな‥‥。)
 うっすらと閉じた目、桜色に上気した頬、吸い付きたくなるような柔らかい唇から漏れる甘い吐息‥‥。カヲルは半年前から彼女が時折見せるようになったその表情をうっとりと見つめた。
 そしてそんな彼女を見る度に、カヲルはこの表情を永遠に自分のものだけにしたいという激しい欲望にかられる。
(‥‥あともう少しなんだけどなぁ。)
 カヲルの脳裏に明後日からの仕事のことが、一瞬だけ浮かんだ。

ピー。

「おっ、準備完了!。うーん。名残惜しいけど、続きはお風呂で‥‥。ねっ。」
 カヲルは恵の頬にちゅっとキスをして抱き起こし、彼女の肩にシャツを掛けてバスルームへと案内した。そして彼は脱衣室につくとポイポイと服を脱ぎ捨て、さっさと中へ入っていく。
「おーいっ。恵ー。気持ちいいよぉ。早くおいでよぅ。」
 のんびりとしたカヲルの声がバスルームから響く。
「‥‥だってぇ。」
「そんなとこにいると風邪ひいちゃうよーぉ。」
 ざばっ、という音がしてカヲルが脱衣室に戻ってきた。もじもじする恵に彼は苦笑いして
「恵ってホント照れ屋さんだよねぇ。‥‥これからもっとエッチなことするのにさ。」
 そう言いながら恵のシャツを外し、ショーツをするりと下げた。彼女とショーツの間に透明な糸がつーっと伝う。
「いやんっ!」
「あれ‥‥こんなに濡れちゃってる。‥‥かーわいいっ!」
 カヲルは濡れた身体で恵をぎゅっと抱きしめた。
「あらら。びしょ濡れ。ごめんごめん。これじゃぁ、お風呂入んないとねぇ。」
 カヲルはくすり、と笑って謝った。
「‥‥そうしよっかな。」
 茶目っ気たっぷりなカヲルの確信犯ぶりに、彼女は思わず苦笑いをする。
「ははっ。そうこなくっちゃあ。ようこそ城山温泉へ。」
 そう言って笑うカヲルの手を取り、ようやく恵はバスルームに入った。室内は照明が少し落とされて浴槽の湯はバスジェルで乳白色に濁り、ほのかな香りが漂っている。
「わぁ‥‥。」
「‥‥何か女のコみたいなんだけど、これが落ち着くんだよねぇ。」
 カヲルは少し照れくさそうに言う。
「ここだけ流れてる時間の早さが違うみたい‥‥。」
「おっ。恵、分かるぅ?。そうなんだよねぇ。俺もそう思うんだ。」
 カヲルは浴槽につかり、『早くおいで』と手招きをする。恵は軽く身体を流し、彼の隣に身体を沈めた。少しぬるめのお湯が恵を包む。
「気持ちいい‥‥。」
「だろぉ?」
 カヲルはふうっ、と息をつきながら目を閉じる恵を優しい眼差しで見つめた。しかしすぐにその愛しさは欲情に変わる。
「‥‥もっと気持ち良くしてあげる。」
 彼は彼女の口を塞いだ。それから長い間、浴室には二人のため息と口に注がれた相手の唾液をすする音が、逢えなかった時間を埋めるかようにこだました。そしてようやく名残惜しそうに恵の口を離れたカヲルの唇は彼女の首筋を這い、手は白い胸をまさぐった。
「はぁ‥‥んっ‥‥。」
 カヲルの愛撫に彼女の乳首は、お湯の中でも痛いくらいに立ちあがっていく。
「ここはこうするといいんだよね‥‥。」
 カヲルはそんな彼女の乳首を親指と中指でつまみ、人差し指で軽く掻いた。
「ああんっ!!」
 彼女の身体にじわっ、と甘い快感が広がる。カヲルはさらに彼女の胸を両手で包み込み、ゆっくりと揉みながら勃起した乳首をちゅうちゅうと音を立ててついばんだ。恋人になって何度かの逢瀬で、カヲルは恵がそうされるのが好きだということを知っている。
「んっ‥‥。あああん‥‥。んっ‥‥。」
 恵の背中が細かく震え、声が少し高くなる。
「恵、すっげぇかわいいよ‥‥。でものぼせちゃうからそろそろ上がろうっか。」
「きゃっ!」
 カヲルは彼女をすっと抱き上げた。
「‥‥カヲル。力持ちなんだね。」
「そう?。これでも一応男だからねぇ。‥‥でもちょっと重いかな。」
「もうっ!。‥‥確かにそうだろうけど。」
 上気した頬をぷうっと膨らませて、恵はいじいじと下を向く。
「ははっ。恵はその位がかわいいからいいのっ!。今後の俺のトレーニングに期待して。」
 カヲルはすとん、と恵を下ろした。
「さてとっ。次は身体をきれいにしないと。恵ー。洗ったげるよ。」
「えっ‥‥。い‥‥いいよぉ。」
 恥らって後ずさりする恵に、カヲルはにっこりと微笑んでボディソープを手にとった。
「きゃっ!‥‥あはははっ。くすぐったぃ‥‥。」
「ははっ。そう?じゃ、これは?」
 カヲルは恵の背中を人差し指でつーっ、となぞる。
「!!んっ‥‥。」
「だんだん気持ちよくなるから‥‥さ。」
 首筋、胸、わき腹、背中‥‥。カヲルの手はゆっくりと優しく恵の身体を這う。最初はくすぐったがっていた彼女も、いつしかそのぬるぬるとした感触とカヲルの巧みな指づかいに身を任せるようになっていた。
「ああんっ!」
 彼の右手が恵の下腹部に伸びて蕾を探し当てる。泡にまみれた彼の指は彼女が乱れるその場所をゆっくりと這った。
「い‥‥やぁ‥‥。」
 ぞくぞくするような快感に彼女は白い身体を震わせた。カヲル自身が恵の右手に当たる。彼女は引き寄せられるように力を持ちつつある彼のそれを柔らかく握った。

どくっ‥‥。どくっ‥‥。

 ついさっきまでお湯の中にいたからであろうか、いつもよりはっきりと恵の手の中で息づく彼自身を彼女は愛しい、と思った。恵はカヲルを見つめ、彼自身を手にしたまま泡だらけの右手をゆっくりと上下させる。彼のそれは更に力を持ち、すぐに彼女の手に収まりきらなくなったが、彼女は手の動きを早めてもう一方の手で彼の鈴口を人差し指でそっと優しくなぞった。つーっ、と透明な液が糸をひく。‥‥カヲルも濡れていた。
「んあっ‥‥。恵‥‥。」
 少し上ずったカヲルの声が浴室に響き、恵の割れ目を這うカヲルの指の動きが更に激しくなった。二人は互いの身体を指で愛し合い、淫らな声と音がバスルームいっぱいに広がる。しばらくするとカヲルはお湯で二人についた泡を流し、潤んだ瞳で恵を見つめた。彼女の瞳も潤んでいる。
「‥‥そろそろ出よっか。」
「‥‥ん。」
 早くひとつになりたい‥‥。二人の気持ちは同じだった。
 バスルームから出たカヲルは大きなバスタオルで恵の身体をすっぽりと包み、優しく抱きしめながら濡れた彼女の身体を拭いた。恵はそっと目をつむり、気持ちよさそうにカヲルに身を任せる。二人は寝室へ戻り、カヲルは恵を包んでいたタオルをそっと外した。
「カヲルはまだびしょ濡れだね‥‥。」
 恵はそう呟いて、今度はカヲルをタオルですっぽりと包んだ。そして彼の髪をくしゃくしゃと乾かす。タオルの中から少し高めの『んー。』という声がして、やはり彼も気持ちよさそうに目を閉じた。
「カヲルの髪って、すっごく黒くて結構硬いんだね。」
「そう?。前はちょっと赤かったこともあったんだけどねぇ。」
(そういえば‥‥。ライブで見た時はびっくりしたっけ‥‥。)
 彼がまだ弟のような友人だった頃を思い出し、恵はぷっと吹き出した。
「‥‥私は今のほうが好きかな。」
「そっか‥‥。じゃ、このまんまにしとこっ。」
 カヲルは少し照れくさそうに笑って目を伏せた。そんな彼が愛しくて、恵は彼の身体の水滴を優しくタオルで拭う。
「はいっ!。出来あがり。」
「さんきゅ~。」
 カヲルは彼女に抱きついた。こうした抱擁はこの半年間、何度となく二人の間で交わされてきたが、彼にとって恵とのそれは何千回でも何万回でも決して飽きることのない、温かくて大好きな時間であった。カヲルはじっと恵を見つめる。温かく相手を受け入れるこげ茶色の瞳、まわりをほっとさせるような柔らかい笑顔、相手の心をふわりと包み込むような優しさ‥‥。付き合った直後からカヲルの仕事が激増し、恋人として二人が共に過ごした時間は驚くほど少ない。しかしカヲルは恵を見つめ、抱きしめる度に彼女への愛しさが狂おしいほどに強まるばかりで、時々どうしてよいのか分からなくなってしまう──。
「‥‥愛してる。」
 想いが溢れたカヲルは、腕の中の彼女を更に強く抱きしめてかすれた声で呟いた。
「カヲル‥‥。」
 カヲルの想いと体温が恵の心を丸ごと愛撫し、彼女の胸は甘く震える。しかしカヲルはこんな月並みな言葉でしか恵への想いを表現できない自分がもどかしかった。言葉では尽くせない想いを補うには、彼女の身体を全力で愛すること──。今のカヲルにはそれ以上の方法は分からなかった。
 二人はベットに腰掛けて、そっと見つめ合った。
「あのね、カヲル‥‥。」
 甘く震える胸の内を伝えたくて、恵はカヲルの耳元にそっと囁く。
「‥‥ん。」
「言葉では上手く言えないんだけど‥‥。私ね、カヲルにだったらどんなことだって出来るの‥‥。」
 恵は恥じらいで少し目を伏せたまま、ぬるりとした液が分泌されている彼の先端に口を付け、少し厚めの柔らかい唇で亀頭をねっとりと包んだ。
「うっ‥‥。」
「‥‥ね。こんな恥ずかしいことも‥‥。」
 恵はカヲル自身に舌を絡ませながらその全てを口で受け入れた。そしてゆっくりと頭を上下に動かす。

じゅぼっ‥‥。じゅぼっ‥‥。

 しばらくすると彼女の口の中に唾液が少しづつ溜り、いやらしい音が部屋中に響いた。
「んあっ‥‥。」
(好き‥‥好き‥‥好き‥‥。)
 言葉では伝え切れないこの想いを少しでも沢山伝えたくて、恵は彼を口で愛し続ける。
「恵‥‥。ちょっとタンマね‥‥。」
 恵の健気な無言の求愛に彼女の想いを感じとったカヲルは、彼女をあお向けにそっと倒して彼女の頭を跨ぎ、再び自身を恵の口に預けた。そして自分も蜜を湛えた彼女の花びらを口に含む。
「んっっ‥‥。」
 彼自身を口に含んだ恵は、その甘い感触にくぐもった声を上げた。

ぴちゃっ‥‥。くちゅっ‥‥。

 彼の舌が彼女の蜜やぷっくり膨れた蕾を堪能するたび、恵もねっとりとした舌づかいで彼自身を懸命にしゃぶった。カヲルはたまらなくなって少し腰を落とし、恵の口腔内を犯すように揺らす。彼女の口の中でそれは大きく漲っていて恵は少し苦しかったが、カヲルが気持ちよければそんなことはどうでもいい、と思った。
(カヲル‥‥。もっと私で感じて‥‥。)
 恵はカヲルの動きに合わせて口をすぼめて口腔内で彼自身を圧迫したり、奥に招き入れようと吸ったりする。
「んあっ!!すっげ‥‥ぇ。」
 激しい快感と自分の身体に彼女の想いが注がれていくのを感じ、カヲルは身悶えした。
「!!。んふっ‥‥ぅ‥‥。」
 そんな彼女の想いに応えたくて、カヲルは恵の花びらの奥に舌を伸ばした。溢れんばかりの彼女の蜜とカヲルの唾液でぐちゅぐちゅとした音が部屋中に響く。
「ああっ!!‥‥。」
 ほどなく彼のざらりとした舌と熱い息が彼女の中を掻き回した。ペニスとは違うまるで生き物のような動きと感触に、気づくと彼女はカヲルの舌の動きに合わせてゆるゆると腰を振り、彼が与える快楽を貪ろうと懸命になっていた。はずかしい、と思ったが彼の巧みな愛撫の前では身体が言うことをきかない。
「かわいい‥‥かわいいよ。恵‥‥。」
 自分だけが知ってる恵の姿態にたまらなくなったカヲルは、恵の口から自身を抜き出して互いを貪っていた唇同士を深く重ねた。
「さんきゅ‥‥。恵の気持ち感じたよ‥‥。なぁ‥‥。いい?」
「‥‥うん。」
「んっと、そうだ。今日は‥‥。」
 半年の間で彼女の体のリズムを知ったカヲルは、頭の中で計算しながらゴムを取り出そうと引き出しに手を掛けた。
「‥‥今日は平気なの。」
「えっ?そうじゃないよぉ?」
「ううん。最近薬‥‥っていうか、いわゆるピルっていうのを飲んで‥‥。」
「‥‥何だよそれ。何でそんなことする必要があるんだよ?」
 突然、カヲルは険しい顔で恵を見た。初めて見る彼の表情に恵はびくりと震える。
「‥‥そーゆー薬は体調が悪くなることがあるんだよ。恵は大丈夫なの?」
 カヲルの脳裏にちらりと過去がよぎった。
「ん‥‥大丈夫。心配掛けて、ごめん。」
「‥‥俺は恵の身体をちゃんと考えてないってこと?」
 カヲルは傷ついた表情で恵から目をそらし、呟いた。

──今まで彼が恵の体調を尋ねずに身体を重ねたことは、ただの一度もない。それが初めて女性を知った日から貫いてきたカヲルの愛し方だった。いつもカヲルが優しくその日の体調を尋ねる瞬間、彼に温かく包まれ、愛されているのを実感していた恵はそのことを良く分かっている。

「違う!カヲル、そうじゃないの‥‥。実はこの前健康診断があって、その‥‥。」
 予想外のカヲルの反応にびっくりした恵は、思い切って彼に何やら耳打ちをした。しばらくするとカヲルは拍子抜けしたような表情で呟く。
「‥‥そうなんだ。でもいくら恥ずかしいからって、女のヒトだったらそーゆーことって結構あるんだろぉ?」
「そうなんだけど‥‥。」
 恵は顔を真っ赤にして呟いた。
「まぁ、俺は男だからそーゆー時の大変さとか気持ちは本当には分かってあげられないんだけど‥‥もしかして、恵はそれを飲まないと毎月身体がキツいの?」
 そういった薬が必ずしも快楽目的だけに使われる訳ではないということを思い出し、カヲルは心配そうに恵に尋ねる。
「ううん‥‥。」
「じゃあ、自然なままの恵でいて。俺からのお願いっ。」
 カヲルは恵をぎゅっと抱きしめた。そして小さな声で呟く。
「‥‥俺、そんなんで恵の体調が悪くなっちゃうかも知れないなんて耐えらんない。」
「ん‥‥もうしない。」
 その時恵はカヲルのぬくもりを感じながら、自分の身体が自分1人のものではなくなったことを知った。彼女の瞳から一筋の涙が流れる。嬉し涙なんて久しぶりだな、と恵は思った。そんな彼女の涙をカヲルはやさしく拭う。
「ゴメン。俺、ちょっと勘違いしちゃって‥‥びっくりしたよなぁ?」
「カヲルが怒ってるの初めて見た。‥‥でもカヲルの気持ち、嬉しかったよ。」
 カヲルの肩に頬を乗せて恵は呟いた。
「くはは‥‥。そう言われてみれば久しぶりだねぇ。‥‥しっかし、そんなおしっこ検査なんてさぁ‥‥。何なら俺が代わりに出してやったのにぃ。」
「もうっ!恥ずかしいんだから言わないでよぅ!」
「ははっ。男と女は成分違うのかな?」
「うーん、どうなのかなぁ?。でもホントに成分が違って、私がカヲルの持っていったら検査した人、びっくりだよね。」
「はははっ。椎川恵之助ってカンジ?」
「ふふっ。恵之助かぁ。‥‥ねぇ、カヲル。」
「ん?」
「私、女に生まれて良かった‥‥。」
 そう言って恵はカヲルの胸に顔を埋めた。とくん、とくん‥‥と彼の心音が心地よいリズムを刻む。カヲルは彼女の背中を心音と同じようにゆっくりと、優しくたたいた。
「‥‥じゃ、俺は男に生まれて良かったな、と。」
「カヲル‥‥大好き。」
「俺だって、すっげぇ恵のこと‥‥。なぁ、久しぶりだから俺、今日ガマンがきかないかも‥‥。いい?」
 カヲルは恵を見つめ、今日は理性を捨てて情欲に身を任せることを宣言した。彼の瞳に甘い光が宿る。
「ん‥‥来て。」
 もう、恵はその瞳から逃れることは出来なかった。
 カヲルは恵の額にそっとキスをして彼女をうつ伏せにし、腰を持ち上げた。恵の丸みをおびた腰、きゅっとくびれたウエスト、しなやかな白い背中が一続きの曲線となってカヲルの眼前に広がる。彼はうっとりと彼女の身体を眺めながら充分に潤った恵の入口に自身をゆっくりとこすりつけた。
「あ‥‥んっ‥‥。」
(こういう風にカヲルを受け入れるのは初めて‥‥だな。)
 カヲルの感触に熱くなりながらも、何だか犯されるような不安を掻き立てられるこの姿勢が以前から苦手な恵は、身体を少し強ばらせた。そんな様子の彼女に
「だいじょーぶ。‥‥俺はどんなことだって、恵の悪いようには絶対にしないよ。」
 カヲルはそう囁いて彼女の背中に口を付けた。
(そっか‥‥。そうだよね。)
 ちょっと高くてセクシーな彼独特の声に、恵の心と身体がほどける。
「一緒に気持ちよくなろうな‥‥。いくよ‥‥。」
カヲルは彼女の身体を気遣うようにゆっくりと腰を落とした。

ずぶっ‥‥。

「んっ‥‥。」
 恵の身体は大きく漲ったカヲルを少しづつ受け入れた。ぬめぬめと彼が入ってくる感触に、彼女の白い身体はふるふると震える。確かに今までの経験とは違って不安感や屈辱感は全くない。多分相手がカヲルだからなのだろう、恵はそう思った。
「どう?‥‥イヤ?」
 カヲルの問いかけに恵は首を横に振った。ダークブラウンの髪がさらさらと音を立てて揺れる。
「‥‥ううん。私、カヲルにだったら何をされても‥‥。」
「‥‥さんきゅ。俺、すげぇ嬉しい‥‥。」
 彼女の甘い告白にくらりとしたカヲルは、更に優しく彼女の中へ腰を落とした。
「んんっ!!」
「‥‥入ったよ。」
 カヲルはゆっくりと円を描くように腰を動かす。
「ああ‥‥んっ」
 いつもとは違った場所に彼自身が擦れているのを感じながら恵は声を上げた。そんな彼女の様子を見ながらカヲルは徐々に腰の動きを早め、ほどなくその動きはゆっくり引き出しては叩きつけるような抽送へと変化した。

ぱんっ、ぱんっ、ぱんっ‥‥。

「あっ、あっ、ああん‥‥」
 恵の切ない喘ぎ声が部屋に響く。
(‥‥えっ?)
 しばらくすると恵は背中にカヲルのぬくもりを感じた。彼は身体を恵に密着させ、抽送を行いながら彼女の内股に指を滑り込ませて彼女の蕾を捉える。
「あっ!いやあっ‥‥ん」
 恵はびくりと震えた。蕾への刺激で一層敏感になった内壁がその快楽を貪るかのように彼を締め付け、しっかりとくわえ込む。
「んあっ。恵‥‥。」
 激しい締め付けにカヲルは思わず呻いた。彼の指の動きが激しくなり、彼女の内壁は彼を更にきゅうきゅうと締め付ける。
「いやあっ‥‥んっ。」
 いつもとは違う体がばらばらになりそうな荒々しい快感に怖くなった恵は、ぎゅっとシーツを掴みながらも彼に身を任せていたが、しばらくするとカヲルはふいに彼女の身体から離れた。
「えっ?」
 彼のぬくもりがいきなり消えて驚いた恵は振り向いてカヲルを見た。そこには少しばつの悪そうな彼の顔がある。
「‥‥こーんな風に思ったの、実は初めてなんだけどさ。」
 ちょっと照れくさそうにカヲルは呟き、恵をぎゅっと抱きしめた。
「やっぱ俺、恵の顔が見えないと寂しいみたい。」
「カヲル‥‥。」
「くはは‥‥。今までこれってかなり気持ちいい、って思ってたんだけどねぇ‥‥。」
 昔を思い出すような遠い目をしてカヲルは苦笑いをした。
「‥‥」
「‥‥あれ?。ごめんっ!。これってデリカシーなかったねぇ。」
「‥‥カヲルは私とだと気持ちよくないの?」
 半年間の愛の重みがそうさせたのであろう。カヲルの過去を垣間見て、恵は嫉妬した。
「んー。そりゃあ結構気持ちいいんだけどねぇ‥‥。」
「けど?」
 カヲルは両腕を組んで首を傾げ、ちょっと困ったような表情で恵を見た。
「‥‥ほら、顔が見えないと恵がどういう風に思ってるのか分からないじゃない。気持ちいいとか、イヤとか。‥‥俺のことどう思ってるのか‥‥とかさ。」
 カヲルは照れくさそうに目を伏せる。
「‥‥まぁ敢えて言えば、俺は恵と身体だけじゃなくて心も一緒にいたいってこと。分かった?」
 カヲルは額を恵の額にこつんと付けた。彼の気持ちが恵の中にまたひとつ、流れ込む。
「‥‥いじわる言ってゴメン。」
「ははっ。嫉妬されるのって結構嬉しかったりするもんだねぇ。でも、そんな心配はご無用!。なんせ俺は恵の専属クンだから‥‥ねっ。」
 カヲルはにっこり笑って彼女の髪をくしゃりとさせて頭を撫でた。
「ん‥‥。私もカヲルの身体だけじゃなくて心も一緒にいたい‥‥。」
「じゃ、そうしよっか‥‥。」
 二人は互いの気持ちを確かめ合うようなキスをした。そしてカヲルはベットの上に座って恵の腰に手をあてがい、向かいあうようにまたがせる。彼女の入口にカヲルの先端が当たった。そして彼は腕に力を入れ、彼女の腰を自身の上に落とす。
「ん‥‥ああっ‥‥カヲル‥‥。」
 ずぶずぶとカヲルが自分の中に入っていくのを感じながら、恵は彼を受け入れる悦びに白い体を震わせた。そして彼を全て受け入れた彼女は、カヲルの身体を愛おしそうに抱きしめる。
「‥‥あったかい。」
「やっぱ、こうでないと‥‥ね。」
 彼女をぎゅっと抱きしめ返して、カヲルは満ち足りた様子で呟いた。
「‥‥今度は心も一緒に気持ち良くなろうな。なぁ、恵‥‥。動いてみて。」
「ん‥‥。」
 自分の心と下腹部にカヲルの存在をいっぱい感じて気持ちが昂ぶった恵は、ぎこちない動きで彼自身を出し入れする。身体を揺すると彼女の形のいい胸が揺れた。
「んっ、ああ‥‥んっ‥‥。」
「‥‥すっげぇきれいだよ。」
 ほんのりと桜色に上気した身体、半開きの柔らかい唇から漏れる甘い嬌声、そして自分との情欲に溺れる潤んだ瞳‥‥。淫らな恵の姿に熱くなったカヲルは彼女の耳にそう囁いて、すぐ下の白い首筋に深紅の印を付けた。
「んっ‥‥。恵は‥‥俺のものだよ‥‥。」
 そう言ってカヲルは下から突き上げる。時折見せるカヲルのこうした激しい独占欲も、愛の証として更に恵の心を昂ぶらせた。
「ああっ‥‥ん‥‥。私は‥‥全部カヲルの‥‥ものだよ‥‥。」
 恵の言葉に甘い眩暈を感じながら、カヲルはその大きな黒目がちな瞳で彼女の瞳を見据えて想いを伝える。
「俺の全部も‥‥恵のものだよ。」
「カヲル‥‥。」
「恵だけのものだよ‥‥。」
「ああんっ!!カヲル‥‥カヲル‥‥」
 カヲルの瞳が恵の理性を溶かし、彼の声と言葉は彼女の心を甘くかき乱した。
「なぁ‥‥。今度は俺の気持ち、感じて‥‥。」
 カヲルは恵と繋がったまま彼女をゆっくりと仰向けに倒した。そして再び彼女を奥深くまで突き上げ、彼女の最も感じる場所を刺激する。
「あっ‥‥そこ‥‥だめぇ‥‥」
 そう言いながらも恵は彼の腰を逃さない様にぎゅっと抱きしめた。カヲルもしっかりと彼女の腰を掴み、確実にその場所を突き上げられるようにする。
「んっ‥‥カヲル‥‥あっ‥‥ああん‥‥」
 恵は白い両足をいっぱいに広げてカヲルを奥に招き入れ、夢中で腰を動かした。触れ合う肌のぬくもりと激情が混ざり合って、強い快感の渦が二人を襲う。
「んっ、んっ‥‥。恵‥‥すっげぇイイよ‥‥。」
「あ‥‥ああんっ‥‥。カヲル‥‥。いい‥‥気持ちいい‥‥のぉ‥‥。」
 恵はいやいやをするように首を振った。カヲルはきゅうきゅう締め付ける恵の更に奥に入り込み、細かく彼女を揺さぶる。
「恵‥‥。愛してるっ。愛してるよ‥‥。」
「カヲル‥‥カヲル‥‥。‥‥私も‥‥ああんっ、愛して‥‥るぅ‥‥。」
 恵の身体の一番奥を熱く硬い彼の先端が擦り上げ、彼女の内壁はびくびくっ、と痙攣をしながらも彼自身を離すまいといやらしくくわえ込んで締め付けた。
「やああんっ。‥‥もうだめぇ‥‥」
「んああ‥‥俺もそろそろ‥‥。」
 朦朧とした意識の中で、恵はカヲルの想いが自分の体内に刻み込まれていくのを感じていた。そして彼女の白い身体が大きく仰け反り、二人の気持ちと身体が完全に溶け合ったその瞬間──、
「あんっ!!!」
「うっ‥‥ああっ。」
 恵の頭の中は真っ白になり、激しい快感が彼女の内側から外側へと勢いよく抜けていった。そしてそれとほぼ同時に、カヲルも自身の熱く激しい想いを彼女の中に吐き出した。

「‥‥カヲル?」
 部屋に満ちたコーヒーの香りで恵は目を覚ました。朝日がさんさんと部屋にさし込んでいる。
「おお、恵。おっはよう。‥‥時間は大丈夫?」
 バスローブを羽織ったカヲルが二人分のコーヒーを持って部屋に入ってきた。
「‥‥今何時?」
 いやーな予感に恵は恐る恐る尋ねる。今朝は早朝役員会議で秘書の恵は8時には出社していなければならない。
「8時‥‥。」
「ええっ!!間に合わない‥‥。」
「何回も起こしたんだけどさぁ‥‥。さっきから携帯、何度も鳴ってるよぉ。」
「えっ!」
「‥‥でさ。あんまし鳴るもんだから、さっき俺、つい出ちゃったんだよねぇ。」
 ごめんっと言いながら、カヲルは恵に携帯とコーヒーを手渡した。
「‥‥誰だった?」
「小林サンって男の人。」
「社長だ‥‥。」
「はれ?そうなの?。椎川君いますかって言うから、今ちょっと疲れているみたいです。って言ったら、僕も彼女を随分と働かせているけど、君もほどほどに頼むよって笑ってた。」
「あぁ‥‥。」
 会社に着いたら社長に何て言おう‥‥。恵はがっくりと肩を落とした。
「でも、おもしろい人だったよぉ。その社長サン。今度飲みに行く約束しちゃった。恵も一緒に行こうねっ!」
「はは‥‥そう‥‥。」
 入社以来初めての無断遅刻に呆然とする恵を、カヲルは優しい眼差しで見守る。
「‥‥なぁ、恵。」
「ん?」
「恵ってさ‥‥。幸せそうに眠るんだなあって思って。すうすう寝息立てて、気持ちよさそーでさ。見ててぜーんぜん飽きなかった。すっげぇかわいかったよ‥‥。」
 そう言ってカヲルは恵の頬にキスをした。
(それはとってもいい夢だったからなんだよ、ね‥‥。)
 恵はちょっと眩しそうに彼を見る。夢の中でも彼女の隣にいたのはカヲルだったことを、彼が知るのはいつのことだろう──。
「これからもその寝顔、俺にいっぱい見せてね‥‥。」
(いいかげん早く『毎日見たい』って言えるようにならないと‥‥。)
 明日からまた頑張らなきゃ、とカヲルは心の中で気合を入れ直す。
「ん‥‥。今度はカヲルの寝顔、見てみたい‥‥な。」
「じゃあ、また泊まりにこないと‥‥ねっ!」
 にっこり笑ってカヲルは恵を抱きしめた。
「‥‥ん。今度は目覚し時計持って来るね。」
「そうだねぇ。それがいいよ。‥‥恵って結構寝起き悪いよ‥‥ねぇ。」
「‥‥実はそうなの。誰にも言わないでね‥‥。」
「はいはい。二人だけの秘密!ってことで。」
 二人は顔を見合わせて笑った。結局カヲルはずっと恵の寝顔を見ていたし、その恵が眠ったのも2時間程である。しかし二人はこうした何気ない朝をともに分け合えた幸せに満たされ、そんなことは全く気にならなかった。
「ほら恵!。このまんまだとさらに遅刻だよぉ。」
「あっ!大変っ!急がないと。」
 慌てて準備を終えて玄関口に向かおうとする恵の唇に、カヲルはちゅっとキスをした。
「はいっ。これで準備完了っ!。なんちゃって。」
「カヲルったら‥‥。」
 恵の頬が桜色に染まる。カヲルは笑って玄関のドアを開けた。本当は駅まで、いや会社までだって送りたいのが正直な気持ちなのだが、他でもない恵をマスコミに晒すことは出来ない。そんな彼の気持ちを恵はもちろん、知っている。
「気をつけていってらっしゃーい。小林サンによろしくぅ~。」
「ん‥‥行ってきます。」
「!!」
 玄関を出る瞬間、ぱっと振り返った恵はカヲルの唇をふわりと奪った。
「カヲルも明日からお仕事頑張ってね‥‥。」
 そう彼の耳元に囁いて、恵は彼の部屋を出る。
(これでカヲルも明日からのお仕事に向けて準備完了‥‥かな?。)
 カヲルのマンションの前を歩きながら恵は少し照れくさそうにほほ笑んだが、すぐに気を取り直して駅に向かって走り始めた。そしてそれとほぼ同じ頃──。
「‥‥ちょー頑張っちゃう!」
 徹夜の疲れも吹っ飛んだカヲルは1人玄関で呟き、そして誓った。恵からもらったパワーでカヲルの頭の中に次々と新しいフレーズが生まれる。早くそれを形にしたくって彼はうずうずしながら弾んだ気持ちで部屋へ戻った。どうやら彼が自分と仕事に本当に自信を持てるようになるのは、そう遠いことではなさそうだ。

──恋人暦半年。
いつの間にか二人は『姉弟のような恋人』から『完全な恋人同士』へと昇格したようである。

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