早起きの効能1

女性もえっちな妄想をしてもいいんです。
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早起きの効能1
2021年07月27日 00時17分
DUGA

 “早起きは三文の得”とは昔っから言われてきた事だって、バカなあたしも知っている。でも“三文”なんて言われても、それが現在においてどれだけの貨幣価値があるかなんて知らないし、少なくともあたしにとっては早起きなんかよりも、一分でも長くベッドの中でぬくぬくしている方がずーっとオトクに思えてた。
 だけど、今日だけは違っていた。何故か脳みそがベッドの中のあたしに起きろ、と命令してきたのだ。いや正確にはただトイレに行きたくなっただけだったんだけど。
 トイレを済ませスッキリしてから、あたしは何気なくベランダに出て外を眺めた。朝の空気は新鮮だ。あたしは大きく伸びをした。
「‥‥あっ、おにいちゃん」

 ふと伸びをしながら下の方を見たとき、隣の家に住む幼なじみの智弘くんが、自宅の前の道路で体操をしているのが目に入った。“おにいちゃん”というのは勿論、“隣のおにいちゃん”という意味だ。幼稚園の時からずーっと呼んでいるので、あたしが高校一年生でおにいちゃんが大学生になった現在でさえ、こう呼んでいるのも何ら違和感はないのだ。おにいちゃんは「やめろ」と言うけれど。

 おにいちゃんは伸脚をしながら、声をかけたあたしの方を見上げるとギョッとした顔をし「オレは何にも見てませんよ」というような涼しげな顔に戻ると今度は背伸びを始めた。
「シカトしないでよ! 今あたしの方見たでしょー」
 おにいちゃんは前屈をした後、ようやくあたしの方を見上げて、
「お前さんが早起きするなんざ、世も末じゃ」
とじい様のような口調でこぼし、今度はアキレス腱運動をし始めた。
 ジャージ姿だし、どうやらマラソンをするのだろうと踏んだ。今日は珍しく早起きしたんだから。あたしは、おにいちゃんについていくことに勝手に決めた。
「おにいちゃん、そこにいてね! 絶対いてね! あたしもすぐ着替えていくから!」

 あたしは、おにいちゃんちのお隣に引っ越してきた幼稚園の頃から、ずっとおにいちゃんのことが好きだ。五つ上のおにいちゃんはいつも頼もしくて、かっこよくて、優しかった。あたしが一年生になった時、おにいちゃんは六年生で通学班の班長だった。学校に着くまではナイトのようにあたしを守りながら歩いてくれて。班長旗もまるでナイトが携帯する武器のように見えたものだった。いじめっこの三年生にランドセルの中にジャムを入れられた時も、おにいちゃんがそいつのランドセルに腐った牛乳を入れて反撃してくれて‥‥。あたしは一人っ子だから、もしおにいちゃんがいたらこんな感じなのかなって思っていたんだけど、この気持ちが恋なのかなって気が付いたのは小学校高学年になってからだった。
 でも、その頃になるとおにいちゃんは五つも離れたあたしのこと、段々とうざがるよーになっちゃって。今となっちゃ、すっかりぞんざいな扱いだ。あたしはおにいちゃんに一途なのにさ。
(おにいちゃんはかっこいいし、彼女とかいるんだろうな。ちぇーっだ)

 あたしは大急ぎで支度をすると玄関から飛び出す。
「あたしも着替えたよ! ほら、学校指定ジャージ」
「‥‥ダッサ」
「何ですって! おにいちゃんだって、東高だったでしょうが。母校のジャージを馬鹿にするな」
「お前どうでもいいけど、このオレ様の足について来れるのか?」
 そうだった。おにいちゃんの運動神経は並大抵のものじゃない。中学の時は、体育祭でいつも学校代表の長距離選手に選ばれていたものだ。高校の時は卓球部なんて地味な部活にいそしんでたくせに、何だか知らないけどいつの間にかバランスの取れた立派な体つきになっちゃって。大学入って運動なんて全然してないだろうと思ってたのに、こうやって毎日自主トレしていたとは。
 悔しいことに、おにいちゃんの大人の完成された肉体に比べて、あたしなんかてんで子供だ。でも最近、胸が急成長してるんだから。バストサイズアップエクササイズだって毎日欠かさないし、Dカップになる日も近いハズだ。千円かけたっていい。

 おにいちゃんの横で、あたしはちょこんと屈伸を始めた。一緒に並んだら、やっぱり大人と子供みたいだ。百八十五センチ、ガッシリ型のおにいちゃんに、百五十三センチ、華奢な体つきのあたし。
 あたしが伸脚を始めた時、
「ハイ出発ー」
と言っておにいちゃんが走り始めた。
「うわいじわる! 待って! 待ってよう~!」
 おにいちゃんが逃げて、あたしが追いかける。
 あたしたちの人物相関図そのものだ。あたしからおにいちゃんには一方通行の矢印。そしてハートマークが描かれる。おにいちゃんからの矢印は、どこへ向かっているんだろう。

 十分ほど走った公園で、あたしはへたばって芝生に倒れこんでしまった。
 おにいちゃんは結局、のろいあたしのスピードに合わせ、先に走りながらも時々振り向いては、あたしの様子をうかがってくれていた。何だかんだいってもこういうトコは、昔と変わらず優しいのだ。意地悪なことを言いながらもさ。
 芝生に倒れこんだあたしに気が付くと、おにいちゃんは戻ってきてあたしのそばに座った。
「ほら、無理するから。‥‥つーか、フツーの高校生はこれくらいじゃへたばんないだろ」
「‥‥ハァ‥‥あたし‥‥ハァ‥‥うんどーだけ‥‥は‥‥苦手‥‥で‥‥」
「運動“も”だろうが。――仕方ない。いつもは一時間は走らないと気が済まないけど、今日だけはお前に合わせてサボってやろう」
「‥‥か、感謝いたします」
 わぁーい。おにいちゃんと一緒にいられる。最近大学が忙しいのかあたしが押しかけていってもいなかったり、いても相手にしてくれなかったりだったからなぁ。こうやって、二人でいるの、久しぶり。
「ところでお前、いくら天変地異で早起きしたからって、こんなトコで寝そべってていいのか? 今日平日だろ、学校は?」
「開校記念日だもん。おにいちゃん、母校の記念日も忘れたの?」
「そんなことより休みの日に限って早起きするなんて、ホントにお前子供みてえ」
 おにいちゃんは、ぶっと吹き出した。
「失礼ね! 子供なんかじゃありませんよ! あたし結構カワイイし、もてるんだよ」
「自分で言うな」
「ホントだもん! クラスの男の子にコクられたもん! でもあたし、おにいちゃん一途だからちゃんと断ったの」
 これは真実だ。単に文化祭の出し物『フィーリングカップル』で盛り上げる為にでっち上げた、ヤラセ告白というのを抜かせば。
「はいはい、もういいから早く恋人でも作りなさい」
「おにいちゃんがいい」
「大人をからかうのはやめなさい」
「からかってないもん」
 あたしは仰向けのまま頬をぶーと膨らませた。おにいちゃんは横からあたしの顔を見ると、くすっと笑って膨れた頬を指で押した。太くて長い指。走ったばかりで上気した頬がいっそう熱くなるのを感じた。おにいちゃんの指も、熱い。
「お前はそういうトコが子供なんだよ、ホントに」
――くやしい。何とかして、女としての成長をアピッておかなくては。
「おにいちゃん、あたしもうすぐDカップ」
「‥‥は」
「Dカップになるもん! ほうらほうら」
 あたしは仰向けのまま両手で両胸を押し上げた。
 おにいちゃんはあたしの胸を見て興奮‥‥することもなく、
「はあ~。そういうの、やめなさい」
 ため息をついて、立ち上がってしまった。
(あーあ。てんで、相手にされてない)
 あたしの身体じゃ、おにいちゃんを落とすなんて無理なのか? そんなに、おにいちゃんの周りにはいい女がいっぱいって事なのか。くやしい。実にくやしい。

 おにいちゃんに女として認めてもらいたくて、スキンケアだってボディケアだってメイクだって、何だって毎日(早起き意外は)頑張ってるのに、そういうのあたしには無駄な努力なのか。この色白の肌も、腕も、肩も、ウエストも、全身がおにいちゃんに包まれたくていっぱいで、今か今かってうずうずしているのに。おにいちゃんの大きな手で、あたしを抱きしめて欲しいのに。形の良い唇であたしの唇をふさいで欲しいのに。それも結局、願望と妄想だけで終わるのか。妄想しながら一人エッチする意外、道はないのか。

――嫌だ! そんなの!

(ずっと、ずっと、おにいちゃんに片想いしながら? ずっとあたし、一生処女!? うわあ、嫌だようー!)

 涙が出そうになった。おにいちゃんはとっくに立ち上がっているのにあたしはまだ仰向けのままだ。
「どうした麻衣? 死んでるのか?」
 あたしは涙がじわじわ出てくるのがばれないように目を閉じた。声を出したらそれも涙声になっちゃいそうだったから、黙ってた。
「どうやら死亡したようだな。死体運びなんてしたくないけど、準備運動の途中でここまで走らせてしまった以上、オレ様にも責任がある」
 おにいちゃんは独り言のようにつぶやくと、あたしをひょいと抱え上げた。お姫様抱っこだ。ちょっと、いや、かなり嬉しい。さっきまでの涙がぴょこっとひっこんでしまった。ゲンキンなものだ。あたしは笑顔になりそうになるのを必死にこらえた。
「ちょっとこれ、恥ずかしいなオレ的に。他人様にも見られるし。おんぶにするから一回降りて、麻衣」
「はい」
 あたしは素直に従った。
「‥‥てお前生きてるじゃんか!」
「当たり前でしょ! はい、約束。おんぶして?」
「全くしょうがねえな」
 嬉しい。おにいちゃんにおんぶしてもらえるなんて何年ぶりだろう。一段高い世界から町を見下ろしながら、あたしは最高の気分になっていた。ついでに、やっぱり女としての成長をアピッておこうと、胸をぐいぐい背中に押し付けた。
 おにいちゃんは全く反応がない。どころか、あたしの胸の方が反応して、乳首が立ってしまった。‥‥バカか、あたし。

 おにいちゃんはあたしをおんぶしたまま家まで走り、一人人間が上に乗っかっているのにも拘らず、行きの半分の時間で到着してしまった。
「ありがとうおにいちゃん」
 あたしはストン、と降りる。
「おにいちゃん、今日大学は?」
「ないよ。水曜は講義取ってないから。今日はバイトもないしフリーだからたまったビデオでも観てのんびりするぞー」
 そう言いながらおにいちゃんは伸びをした。
「えっ、じゃあ遊ぼうよ! ビデオ一緒に観よう? 何のビデオだか知らないけど、AVでもオーケーだよ?」
「いや違うから」
「とにかく、すぐ支度して行くね!」
「強引だな‥‥」
 おにいちゃんと過ごせる機会なんて滅多にない。有無を言わさず、あたしは一旦家に帰ると猛スピードで支度を始めた。汗ダラダラかいたからシャワーも浴びた。父はもう会社に行っている時間だったので、家には母一人だけだ。
「ちょっとおにいちゃんち行ってくるね」
「あらそう? でもお隣さん昼間はご両親いないでしょ、二人っきりじゃないの。まあまあ。智弘君にヘンなことされたら、ちゃんと責任取ってもらうのよ?」
――親として言うことが間違っているんじゃないだろうかと思いつつ、あたしは家を後にしてすぐにお隣へ。チャイムを押すと間もなくおにいちゃんが出て来た。
「ほんとに来やがった」
というおにいちゃんもシャワーを浴びたらしくシャンプーや石鹸の良い香りをプンプンさせながらTシャツとジーンズであたしを迎え入れた。
「わーい、おにいちゃんの部屋久しぶりぃー」
 あたしはマイクロミニのスカートでぴょんぴょん飛び跳ねる。勿論おにいちゃんを挑発させる為だ。Tシャツも、思い切り身体にぴたーとフィットするヤツだから、かなり胸が強調される。

 おにいちゃんの部屋は黒で統一されている。黒いベッド、黒いテレビ、黒いオーディオ、とてもシンプルな造りだ。シーツも黒い。何だかアダルティな雰囲気だ。ついでに言うと、あたしの今日の下着も黒だ。
 あたしはベッドにちょこんと腰掛けた。フカフカだったのでそのままおしりでバウンドさせ、上半身だけぴょんぴょんと跳ねてみた。
「スプリング壊れるから、やめろ」
 おにいちゃんはお盆にサンドイッチとジュースを乗せて、部屋に入りながら言った。
「わーい、いただきまーす」
「ちゃんとベッドから降りて食べなさい。行儀の悪い」
「はーい」
 あたしがベッドの下に正座になりもそもそと食べていると、おにいちゃんがあたしの太ももの辺りをちらちらと見ながら
「お前、いつもそういうの履いてるの? すげえ見えそう」
と言う。
(‥‥キタ!? 釣られちゃった!? あたしのセクシー大作戦に!?)
「いつもは履かないよ。おにいちゃんの前だけ」
 サンドイッチが口に入ったままなので、あたしはこもった声でぼそぼそ言う。
 ちら、と上目遣いでおにいちゃんを見ると、一瞬眉がぴく、となるのが分かった。
「お前さ、ホントにいい加減、オレをそうやってからかうの、やめてくれよ」
 おにいちゃんの声が低く響く。今までに聞いたことのない、低くて冷たい声だ。
(‥‥からかう? 誰が? あたしが? おにいちゃんを? 何それ、本気で思って言ってるの?)
「そういう恰好して一体どういうつもりだか知らないけどさ、オレがお前よか五コ上でお前から見ればおっさんみたいなもんだからって、バカにしてんのかよ」

 その言葉で、あたしの心の中にいっぱい膨らんできた気持ちが、一気に爆発した。
 こらえる間もなく、勝手に涙も溢れてきた。感情の爆発効果だ。
「おにいちゃんのバカ! あたしはからかってなんかない! いつだって本気でおにいちゃんが好きだったんだから。いっつもいっつも子供だって相手にしてくれなかったくせに。だからあたし、頑張ってセクシーナイスバディ―になろうって努力してたのに! おにいちゃんの周りにいる、いい女以上のいい女になろうって‥‥どんな女だか知らないけど!」

 人の気持ちをキャッチボールに例えるなら、あたしはいつだって本気でおにいちゃんにボールを投げてきた。おにいちゃんはそのボールを、本気じゃなくっても、せめてキャッチしてくれたのなら良かった。
 でも、そうじゃない。おにいちゃんは、最初からボールなんかなかったことにしている。見えない振り、している。ううん、見えない振りなんかじゃなくて、本当に見えてなかったんだ。

 あたしは涙で顔中ぐしゃぐしゃになったまま立ち上がった。
「帰る!」
 ドアに向かって歩き出した時、おにいちゃんの大きな手があたしの肩をぐいと掴んだ。
「待てよ」
「なにようっ」
 涙と一緒に鼻水まで出てきて毛穴からは汗も噴き出し、あたしの顔はあらゆる分泌物にまみれてぐしゃぐしゃどころかもうめちゃくちゃで、相当なブサイクに違いない。構うもんか。どうせ振られるなら、もう何だって一緒だ。
 視界が涙で万華鏡のようにユラユラキラキラして、自分の周りの世界が夢の中のようだ。おにいちゃんの大きな身体もあたしの目の前でユラユラしている。こんな時にナンだけど、とても幻想的だ。現実がこんな滅茶苦茶なら、せめてこの幻想の世界にもう少し佇んでいたいと思った。

 その時、おにいちゃんは片手であたしの肩を掴んだまま自分の方にぐいっと引き寄せ、いきなりあたしを抱きしめた。あたしの涙も鼻水も汗も全部、おにいちゃんの綿百パーセントのTシャツに吸収されていく。
――何でよ、どうしてこんな急に優しくするの? あたしが泣いてるから仕方なく? ブサイク過ぎて見ていられないから? 訳分かんないよ!

「ぅわにおう」
 何よう、と言おうとしているのにおにいちゃんの体がぎゅーっと締め付けるから声も上手く出せない。
 涙が少しずつおさまりあたしが落ち着きを取り戻していくと、ふと、おにいちゃんの身体が震えていることに気が付いた。
「ほいーはん?」
 今度はおにーちゃん、と言おうとしたのだ。
「‥‥っだよ‥‥」
(えっ? もしかしておにいちゃん、泣いてる‥‥? ――そんな、まさかねぇ)
「はーちくしょー。‥‥ったく」
 あたしを抱きしめたまま何やら一人でブツブツ言っている。あたしは力を込めておにいちゃんとの間に少しだけ隙間を作り、下から顔を見上げた。
「見んなバカヤロ」
 おにいちゃんは、涙ぐんでいるように見えた。
「おにいちゃん?」
「‥‥んだよ。オレが一番バカじゃねえかお前よりも」
 そう言って、あたしの肩を抱きベッドに座らせると、自分も脇に座り、ぽつりぽつりと話し始めた。

「正直、オレ様はこれまで‥‥まあ、それなりにだな、それなりに女と付き合ってきたさ、二十一の男として。お前が言う“いい女”とも。‥‥でも、長続きしないんだよ。――いっつも座敷ワラシの姿が頭にチラつくの」
「座敷ワラシって‥‥」
「オメーのことだよっ」
 座敷ワラシって何だろう? とあたしは思った。でもココで聞いたら話の腰を折ることになるだろう、と思って聞くのはやめておいた。
「高ニの時に、オレ、友達と好きな女の話になってさ。オレ、お前だって言ったんだ。そしたらそれ以来クラスの皆からロリコン扱いされてさ。まあ当然だよなぁ。あの時お前小六だったんだから。だから、オレもちょっとこれはやばいなって思ってお前のこと恋愛対象として見ないようにしてきたって言うか‥‥」
 あたしの心臓の鼓動が、どんどん速くなっていくのが分かった。
「なのにお前は、昔からおにいちゃんおにいちゃんって、変わらず懐いてくるしさ。おにいちゃんじゃねえっつーの。ただの男だっての」
「‥‥」
「だから、ずっと、その延長でオレのこと見てると思ってた。恋愛対象じゃなくって。オレだってそういう目でお前のこと見ないようにしてさ、なのに、お前はどんどん身体だけ女らしくなってってさー。顔はこーんな、童顔の癖して」
 あたしの頬をぷに、とつまんだ。
 あたしはまた涙がじわーっと出て来た。
 さっきとは正反対の気持ちで溢れてきた涙だ。全く今日は気持ちがぐるぐる、忙しい。
 おにいちゃんは、そのままあたしの身体を引き寄せる。そうっとおにいちゃんの顔が近付いて‥‥あたしの唇をふさいだ。妄想じゃない。現実だ。おにいちゃんの唇は、想像していたのよりもずっと、柔らかかった。
「‥‥ふ、麻衣の唇、しょっぱい」
 おにいちゃんは笑うと、もう一度唇を重ね、今度は舌を入れてきた。あたしは一瞬ひるんだが、それから覚悟を決めると夢中でおにいちゃんの舌を味わった。舌はあたしの口腔内を駆け巡り、唇の裏側や前歯の後ろをざらざらと動き回っていく。
 Tシャツの上から、胸が揉まれる。あたしのからだはすっかり熱くなって、期待でいっぱいになっていく。唇が離れると、おにいちゃんはもう一度あたしの両肩に手をかけ、しっかりとまっすぐにあたしの目を見て言った。
「麻衣の気持ち、ちゃんと気が付かなくてゴメンな」
「ううん‥‥あたしもおにいちゃんがそういうふうに思ってくれてたなんて<全然気が付かなかった。ごめんねおにいちゃん」
「へへ」
 とびきりの笑顔をあたしに向ける。少し大きめだけどすっと一本筋の通った形のいい鼻も、手入れなんかしていないのに整ったきりりとした眉も、切れ長で二重のキレイな目も、みーんな、今、あたしにだけ向かっている。

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