乙女の復讐1

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乙女の復讐1
2021年07月05日 20時34分
Dirty Factory

オンライン小説というものがある。人によっては、ネット小説だったり、ウェブ小説だったりと呼び名は様々だが、要はネット上で公開されている小説のこと。ネットに繋がりさえすれば、通常は無料で閲覧することができる。それらオンライン小説を集めた検索サイトは、アマチュア作家や作家志望者の活躍の場として盛り上がっており、出版社らを含め、その勢いに関心を持つ人々は増加の一途を辿っている。また、最近では、個人のウェブサイトでオリジナル作品を公開し、ウェブサイトを自己アピールの場として活用することでプロのスカウトからの接触を待つという姿勢も珍しくないし、あくまで趣味の範囲で活動し、商業作品顔負けの秀作を発表し続ける作家も少なくない。

関心が持つ人が多くなればなるほど、どうしても避けられないのが『格付け』である。どんな作家に人気があるのか、自分が愛読している作家の作品はどのくらい好評なのか、逆に自分の好みに合わなかった作家のウェブサイトのアクセス数はどれほどなのか。個々人の意見、願望が自己のウェブサイト、ブログ、そしてネットに点在する無数の掲示板に書き込まれ、議論が交わされる。そして、ランキングサイトが随所に構築され、格付けがなされてゆく。小説自体はもちろんのこと、ウェブサイトのランキング、さらには作家自身のランキングが盛り上がる。作家のランキングで上位になれば、その作家の作品は無条件で受け入れられ、今まで陽の目を見ることのなかった作品が脚光を浴びることになる。小説の質も大事だが、今や作家自身の人気、カリスマ性も同じくらい大事なのである。

そういった風潮のなか、これまでに何人ものカリスマ作家やら、アイドル作家らが生み出され、その大部分があっけなく淘汰され、踏みとどまった一部の作家達も生き残りに必死だった。直接の面識のない上に無料という気軽な関係であることと、クリック一つで簡単に解消されてしまうネット独自の性質によって、読者に嫌われたり、飽きられたりしてしまえば即脱落という厳しい世界である。

その中で、昨年、彗星のごとく現れた2人のオンライン作家、栗原史織(しおり)、神園花恋(かれん)が目覚ましい人気を博している。彼女達はどちらかというと、まず作家自身の人気に火がつき、その後、作品が受け入れられたタイプである。当初は、創作した作品がほぼランキング圏外を彷徨っていた栗原史織だったが、彼女のウェブサイトにたまたまアクセスしたユーザーが、プロフィールに載せられた史織の写真を見て驚喜。目を見張るくらいの美人であり、しかも華の女子大生であることを知り、その事実がネットの一部の掲示板に書き込まれるやいなや、アクセスが殺到。一時、ウェブサイトが負荷に耐えきれずダウンしてしまうほどの大量アクセスで、さらに彼女の作品が秀作であったことから文句なしに人気が急上昇。作家ランキング、小説ランキングを瞬く間に彼女の色に塗り替えてしまったという経緯である。その後を追うように、神園花恋も同じような経緯を経て、今や栗原史織と並ぶ2大人気オンライン作家の地位を不動のものとしているのだった。ファンサイト、応援サイト、二次創作サイト、果ては彼女達自身をモチーフにした動画、静止画、グッズなどが作成され、活況を呈していた。これらの動きに対し、2人の美女は肯定も否定もせず、すべてをネット住人の良識に任せることにした。この姿勢がさらなる信者の増加に繋がっていった。

だが、一方で問題も発生した。彼女達に入れ込むあまり、感情移入の度合いが一線を越えるファンが続出。たとえば史織のファンは、花恋のサイトを荒らそうと画策し、花恋のファンは史織の誹謗中傷をネット上に流した。最初は無視を決め込んでいた2人だったが、騒ぎは収まる気配もなく、一部の掲示板の脅迫紛いの書き込みが警察沙汰になってしまったことをきっかけに、本人達がそれぞれのファンに注意を促さざるを得ないところまで発展してしまったのだった。

こうして一旦は事なきを得たように思えた事件だったが、今度は本人同士の問題が発生してしまう。熱烈なファンが今をときめく2人のトーク番組を企画し、ネット住人の賛同と強力を得て、若い2人を説得し、音声のみによる対談が実現したのだった。この夢の対談は動画投稿サイト上でライブ中継という形でネット上に公開された。初めて聞く彼女達の声にファン達は興奮した。ライブ中継を実況するウェブサイトや掲示板も大いに盛り上がった。

だが、対談は徐々に不穏な雰囲気を帯びていった。若さゆえ、あるいは作家という特殊な属性のためか、2人は自己の主張を譲らず、話は常に平行線を辿ってしまい、夢の対談に盛り上がっていたネット住人は不気味な緊張感に唾を飲み込んだ。そしてついに、花恋が自分は裕福な家庭の娘であることを言葉の端に匂わすと、そのことが史織の琴線に触れたのか、史織が花恋を強い口調で非難。さらに花恋が言葉で史織を挑発。慣れない対談という場で平常心を保てなくなった史織は花恋の挑発に乗ってしまい、結局最後は若い女同士の罵り合いに発展し、青ざめた主催者が急遽、対談を中断してしまうという最悪の結果となってしまったのだった。

その後、ネット上ではそれぞれのファン同士の抗争が再発し、当時に比べれば事態は沈静化しているものの、今でも火種は燻り続けている。ネット住人の間ではこの対談の様子は伝説となり、多くの動画投稿サイトで多数のアクセスを記録している。この件以来、栗原史織と神園花恋は犬猿の仲と位置づけられ、本人達もそれを否定しようとしなかった。が、彼女達の人気はこの件でさらに飛躍したのだった。

手元の携帯電話が鳴った。青木優人はキータイプを止めて、携帯電話を取った。こうして不意の電話で仕事が中断させられてしまうのは不愉快であった。電話は妹の愛海(まなみ)からだった。
「お兄ちゃん、ごめんなさい」
いきなり『ごめんなさい』と先手を打たれ、嫌な予感がする。
「・・・どうした?」
「あのね・・・」
愛海は事の次第を話した。神園花恋の自宅を訪問したところ、軟禁されてしまったとのこと。
「でね、お兄ちゃんに助けに来て欲しいの」
「・・・」
「お兄ちゃん?聞いてる?」
「聞いてるけどさ、話が全然見えないし、お前、ちっとも緊張感のない声だよな」
愛海の声はむしろ状況を楽しんでいるような感じがした。電話越しとは言え、実の妹である。そのくらいは分かる。
「花恋か」
今をときめくオンライン小説界の人気作家、神園花恋は優人の知り合いだった。それもかなり親密な関係で、彼女は去年の春先から夏にかけて優人の自宅に通っていた時期があったのだ。実は優人はオンライン小説界の黎明期の人気作家であり、コアなファンが多かった。その一人が花恋で、彼女は熱心さ余って、優人にアシスタントにして欲しいと自宅まで押しかけてきたのだった。どうやって住所を知ったのかを問いただす間もなく、彼女は優人に文字通り縋り付いた。感極まって涙を流し、自分の思いを遠慮なくぶちまけ、優人が差し出したハンカチで涙を拭っては号泣し、そのあまりの迫力に優人は不覚にも貰い泣きをする始末だった。優人は彼女の熱烈さに押され、彼女をアシスタントとして採用することにした。
「お金は要りませんわ。どうか、優人さんの傍にいさせてくださいまし」
当時、彼女は大学へ進学したばかりの女子大生。美貌の資産家のお嬢様が何故、一介のオンライン小説作家にここまで熱を上げるのかさっぱり理解できなかったが、どうやら優人の作品の一つに人生観を大きく揺さぶられ、人生で初めての敗北感と最大の感動を受けたらしい。優人はその作品名を聞き、感動した箇所を教えてもらった。確かに自信作ではあったが、一人の女性をここまで狂わすような力があるとは思えなかった。要は世間知らずのお嬢様の一時的な気まぐれであろうと思い、優人は彼女の気が済むまで、いや彼女の熱情が醒めるまで温かく見守ることにしたのだった。

だが、状況は優人の思惑を大きく裏切る方へ向かっていった。アシスタントと言っても、調べ物や雑用をお願いするくらいだったのだが、そうした仕事をこなすごとに彼女の自分に対しての好意が少なからず増大していくことに優人は気づいた。優人は世の恋愛作品に出てくるような鈍感な男ではない。身近な女性が自分に対し好意を持って振る舞っているのにそれに全く気づかずに相手をヤキモキさせるなど、現実ではあり得ないと考えている。優人は明確に花恋の好意を感じ、それにどのように対処すべきかに悩むようになった。
と言うのも、当時、優人には井上咲月(さつき)という女性と付き合っていて、花恋の気持ちに応えることはできなかったのだ。咲月は花恋と同い年の大学1年生。その時は知らなかったが、優人も花恋も咲月も同じ大学の学生である。咲月が大学受験を終え、長めの春休みを満喫している頃に優人と咲月は知り合い、すぐに付き合いだした。優人は大学院へ進むことが決まっていた大学4年生だった。花恋がアシスタントとして優人の自宅に通い出したのは、その1ヶ月ほど後のことである。優人は当然のように花恋のことを咲月に話していたが、ツンデレを体現したような咲月は『だから、何なのよ』と言ったきり、花恋のことを黙認していた。ちなみに花恋にも咲月の存在をそれとなく話してはいたのだが、こちらも『だから、何なのよ』と言わんばかりに気にもされなかった。

今からちょうど1年ほど前の夏のある日、ついに優人は花恋を切ることになった。花恋がここに来て男女の関係を匂わせてきたからだった。雲一つない晴天だったが、優人はいつも通りクーラーの効いた部屋で創作に没頭していた。
「ねえ、優人さん」
「んっ?」
「私、優人さんが欲しい」
媚びを含んだ口調に優人はタイプを止めた。大胆に露出した長い脚を組み合わせ、彼女は妖艶に微笑んでいた。
「・・・欲しいとは?」
「とぼけないで、優人さん。もう大人なんだから」
そう言って、花恋は優人をソファーに連れ出し、隣に腰を下ろした。彼女のしなやかな指が優人の内腿をなぞり、花恋は吐息まじりに優人の耳元で囁いた。
「優人さんの女にしてください」
こうなることは優人には薄々分かっていた。だが、結論を先延ばしにしてしまった。それは彼女があまりに魅力的であり、アシスタントとして有能だったからだ。咲月のことも話してあるからという安心もあった。だが、やはりこうなるのは必然だった。優人は苦悶の表情を浮かべた。花恋の表情が曇る。今まで望むことはすべて欲しいままにしてきた彼女は優人に拒絶されるとは思っていない様子だった。
「・・・いやなの?優人さん」
優人は全神経を集中して、勇気を振り絞った。
「咲月のことは話してあるだろ」
「ええ、伺っていますわ。でも、私の気持ちは揺るぎませんわ」
彼女の中では妥協点というものはない。花恋を失いたくなかった優人は辛かった。
「いや、気持ちは嬉しいけどさ、咲月と付き合っているんだよ。だから、花恋の気持ちは受け取れない」

花恋は泣いた。優人の自宅に初めて押しかけてきた時と同じくらい激しく泣きじゃくった。今度は優人は泣かなかった。ここで泣いたら、取り返しがつかなくなりそうだったから、必死で堪えた。優人は花恋を説得しようと試みた。だが、花恋は首を振るばかりだった。結局、その場で花恋は優人の部屋を出て行った。数日後、花恋の使用人と思しき初老の男性がやってきて、花恋の件で詫びを入れ、彼女の荷物をすべて引き取っていった。

花恋本人とはその後、大学でばったり会った際に仲直りし、彼女がオンライン小説界で認められた時は一緒に祝った。彼女は優人のアシスタントをする前から創作をしていて作品を書きためていたそうで、それらが認められたことは優人も素直に嬉しかった。ちなみに妹の愛海は花恋の短いアシスタント時代に実の妹のように溺愛されていて、何度も花恋の自宅へ招かれていた。優人も何度か遊びに行ったことがあるが、愛海が花恋の使用人のほぼ全員と仲良くなっていることには驚いた記憶がある。

花恋とはこういった経緯があるため、優人は妹の電話の内容に首を傾げてしまったのだった。『軟禁されたから、助けに来て』と明るい口調で言われても理解できないのだった。
「花恋に代わってくれる?」
「・・・えっと、ダメだって」
「何でだよ」
電話の向こうで、花恋らしき声と愛海の声がする。すぐに愛海の声が大きくなる。
「えーとね、私を返して欲しいなら、咲月さん、舞さん、それに史織さんを連れて来なさいって」
「史織さんって、栗原さんのこと?」
「うん」
花恋のライバルであり犬猿の仲でもある、ネット上のアイドル栗原史織。直接の面識はないが、仕事上でメールを交換したのがきっかけで、今ではバーチャルな友達関係を築いていた。彼女は違う大学の学生だが、地理的な距離はそれほど遠くない。
「で、舞さんって誰?」
「安藤舞さん。花恋さんの後輩でアシスタントなんだって」
「だったら、自分で呼べよ」
「私に言わないでよ」
「だから、お前から花恋に言えよ。すぐ傍にいるんだろ?」
愛海が花恋に向かって何か言う。すぐに反論されている。
「うぅ・・・怒られたよ。花恋さん、昔はすっごく優しかったのに・・・イテッ」
今度は叩かれたようだ。それでも花恋は電話に出てこない。
「お兄ちゃん、お願い。さっきからエッチなことばかりされて困っているの」
愛海は高校3年生である。もう立派な大人の女性であり、リアルの世界でファンクラブができるくらいの美人である。
「エッチなことって何をされているんだ?」
実の兄としては聞いておかなければならない。
「うーんとね、痴漢ごっことか言ってお尻撫でられたり、スカート捲られたり。キスもされちゃったし」
「・・・なんだと?」
2人の美女が戯れる光景を妄想して不覚にも興奮してしまう。
「お兄ちゃん、今、エッチなこと考えたでしょう?」
「お前がエッチなことを言ったからだろう?」
「・・・いいから、早く来てよ。受験生なんだよ、私!受験の夏なんだよ!」
愛海の声が大きくなる。確かに軟禁されている場合ではないだろう。優人は深いため息をついた。幸い、今日は時間に余裕がある。
「分かったよ。じゃあ、舞さんの電話番号教えてよ。あと花恋に僕が怒っていると伝えておいて」

こうして訳の分からない事態に巻き込まれてしまった。電話を切った後、優人は史織と舞に連絡し、無事待ち合わせの約束を取り付けた。待ち合わせ場所は花恋の自宅の最寄り駅で、待ち合わせ時刻は1時間半後の15時。こういう時は自分達が大学生という特権的な身分であることに感謝してしまう。世間の大学生以外の人種にはとても不可能な突飛なスケジューリングも許される。
「・・・まったく、何考えてるんだよ」
優人は独り悪態をついて、身支度を始めた。

優人が駅前の集合場所で待っていると、まず安藤舞が現れた。初対面なので最初は誰だか分からなかったが、こちらの服装と全体の印象のようなものを事前に伝えていたため、すぐに見つけてくれたようだった。この駅は改札口が一箇所だけなので待ち合わせがしやすい。
「こ、こんにちは、青木さん」
俗に言う、アニメ声。白と淡いピンクを基調としたフェミニンな装い。髪は栗色で、愛らしいルックス。夏ということもあり露出が多い。特にミニスカートは短すぎるような気もした。
「はじめまして、安藤さん」
いきなり目の前に天使のような女性が現れて緊張しきりの優人。自分の好みのポイントをすべて併せ持った彼女の姿に思わず見とれてしまう。初対面で不謹慎だが、彼女を抱きしめたらどんなに幸せだろうと妄想していると、いきなり背後から小突かれた。優人はつんのめって、舞に抱きつく格好になった。
「やんっ!」
舞の小さな悲鳴が上がる。思ったより胸があり、ふんわりと包み込まれる。が、彼女の柔らかな温もりを感じるのも束の間、背後からの強烈な殺気に本能が働き、素早く舞から離れる。振り向くとそこには咲月がいた。こちらは女子大生らしいシックな装いで、舞に比べれば露出が控えめで落ち着いた雰囲気である。栗色のロングをポニーテールに結わえている。但し、その全体の印象をぶち壊すくらいの凍てつくような視線。
「・・・あなた、何をしているのよ」
「何って・・・お前が突き飛ばすから」
「ちょっと小突いただけでしょう?・・・事もあろうに、自分の彼女の目の前でうら若い女の子に抱きつくなんて。あなた、そんなに死にたいのかしら?」
こうなると彼女には頭を下げるしかない。いきなり呼ばれて不機嫌そうにも見える。
「悪かったよ。でも、あまり怒ると、ほらっ、安藤さんが怯えてるぞ」
咲月から隠れるように舞が優人の背後でブルブルと震えている。咲月はにっこりと笑みを浮かべた。この切り替えの素早さはいつも感心する。
「あらあら、安藤さんっていうの?こんにちは、井上咲月と言います。よろしくね」
「は、はい。よ、よよよ・・・」
「ほら、緊張しまくってるだろ」
「なによ、まるで私が悪いみたいな言い方しないで頂戴」
そんなことを言い合っている間に栗原史織がやってきた。黒を基調とした大人しめなコーディネートで、セミロングの黒髪をストレートに流している。ネットの写真で彼女の顔は知っていたが、実物は数段素晴らしかった。媚びているわけでもないのに、全身から醸し出す大人の色気を感じた。
「申し訳ありません。5分も遅刻してしまいました」
そう言って頭を下げる彼女を見て、その礼儀正しさに優人は深く感動した。いきなり後ろから小突いたりする咲月とは大違いだ。
「リアルでは初めましてですね、栗原さん」
バーチャルではすっかり友達感覚なため、不思議な感じだった。実物を前にして、今までバーチャルのやり取りで失礼がなかったか、気になった。
「そうですね、何か変な感じですけど」
優人の隣にいた咲月もきっちりと笑顔を作って挨拶する。
「初めまして、栗原さん。井上咲月です」
咲月もネット上ではあるが、史織と面識がある。優人のアシスタントとして、史織の仕事を少しだけ手伝ったことがあるためだ。ただ、彼女の場合は、優人や史織と違って、ウェブサイトに写真を公開しているわけでもないため、ある意味本当の初対面とも言える。
「初めまして、井上さん。いつもお世話になっています」
史織は優人と咲月の関係を知っている。
「青木さんの彼女さんですね。青木さんからいろいろ伺っていますよ」
「あらあら、どんなお話でしょうね」
咲月の表情が引きつっている。優人は青ざめている。史織は『余計なことを言ってしまったかな』という軽い後悔の表情を浮かべる。そんな状況を打開するように、舞が史織に挨拶する。
「こんにちは、史織さん」
どうやらこの2人は面識があるようだった。史織と花恋の間に亀裂が入る前に交流があったのかもしれない。

一通り挨拶が終わり、優人は美女3人に囲まれて、花恋の自宅へ向かった。花恋の自宅へは何度か訪問したことがある。都内でも有数の資産家である彼女の家はまさに豪邸というに相応しい威厳と広大さがあった。優人や愛海が以前訪れたのは敷地のほんの一部であり、敷地内の移動には自動車が不可欠である。駅から歩くこと十数分、住宅街を抜けたところに彼女の敷地の入り口がある。門衛に話しかけると、すぐに取り次いでくれた。数分後に執事が自動車でやってきた。優人の部屋に花恋の荷物を取りに来た初老の男である。
「ようこそお越しいただきました。お嬢様が離れの屋敷でお待ちでございます。お車をご用意いたしましたので、どうぞご乗車くださいませ」
優人は深々と頭を下げる男の様子を観察していたが、特に変わったところはなかった。彼の『お嬢様』が優人の妹を屋敷に軟禁しているということを知っている様子は微塵もない。完璧な礼儀を尽くされて、言われたとおりにリムジンに乗り込んだ。軽やかなエンジン音を立ててリムジンは敷地内を走り、すぐに目的の建物についた。
「ここでございます」
執事が先頭に立ち、屋敷に入室する手続きを済ませる。
「ささ、どうぞどうぞ」
玄関から入ってすぐの応接間のソファーを勧められ、中央に配置されたテーブルの上に飲み物と菓子が用意された。
「では、少々お待ちくださいませ。まもなくお嬢様がいらっしゃいますので」
そう言って、執事は屋敷を出て行った。リムジンが走り去る音が聞こえた。
「さすがね」
「すごいわね」
史織と咲月が同時に感想を言う。2人は顔を見合わせて苦笑した。優人が史織に訊く。
「史織さんは初めてですか?」
「ええ、そうですね。この建物は初めてです。ずっと昔に何度か、入り口正面の建物に入ったことはありますが」
『ずっと昔に』という辺りが彼女達の確執の深さを物語っている。彼女達が仲違いをしてまだ半年も経っていないというのに。
「僕もそうです。僕もこの建物は初めてです。舞さんはどう?」
アシスタントの彼女なら知っている可能性はある。が、彼女は首を振った。
「初めてです」
何もすることもないため、用意された菓子を食べながら雑談を交わしていると、突然、何の前触れもなく、室内の壁に埋め込まれた巨大モニターに電源が入り、この屋敷の主人、花恋の姿が映し出された。楽しげに微笑んでいる。
「皆さん、いらっしゃい。優人さん、お久しぶりね。あら、史織さん、あなたもいらっしゃったの?」
史織がムッとした表情になる。優人が割って入る。
「お前が連れてこいと言ったから、無理言って来てもらっているんだぞ」
「そうでしたわね。ごめんなさい」
言葉通りには謝罪の意はない様子である。
「妹を返してやってくれ。彼女、受験勉強で忙しいんだよ」
モニターの中の花恋が微笑んだ。
「愛海ちゃんってどんどん可愛く成長いたしますわね。体もすっかり大人だし・・・」
最後の方は聞かなかった振りをする。
「僕たちがここに来たんだからもういいだろ?」
「うーん、でも彼女自身がそんな気分ではないみたいですわよ」
そう言って、花恋はモニターに愛海を登場させる。愛海の頬がほんのり朱色に染まっている。酔っているような感じである。
「おい、酒飲ませたのか?」
「いいえ。ちょっと薬を飲んでいただいただけですわ」
「薬?」
花恋は来客に見せつけるように、愛海の頬にキスをした。愛海は待ってましたとばかりに、花恋の頬にキスを返して、嬉しそうに微笑んだ。昔から明るく開放的な妹だったが、人前であんなことをする子ではない。
「おい、何を飲ませた?」
「私が特別にプロデュースした媚薬ですわ。でもね、先に言っておきますけれど、彼女の意志で飲んだんですのよ。興味津々といった様子でしたわね」
「嘘だ!犯罪だろ?」
激昂する優人を咲月がなだめる。モニターの中で愛海がこちらをぼんやり見ている。
「お兄ちゃん、愛海が飲みたいって言ったの。ごめんなさい」
心ここにあらずと言った様子だ。
「花恋、その薬、大丈夫なんだろうな」
「大丈夫ですわ。ちゃんと専門の人に作らせたから。ちょっとエッチでハイな気分になるだけ。私だって、愛海ちゃんのこと大好きなんだから、傷つけるようなことはありませんわ」
花恋が愛海を溺愛していることは十分に知っている。愛海も花恋のことを悪く思っていない。むしろ、花恋が優人のアシスタントを辞めると知ったとき、花恋の前で号泣したくらいだ。
「よし、分かった。で、僕たちはどうすればいい?」
「あらあら、せっかちですわね。昔と変わらないわ。・・・咲月さんだっけ?あなた、覚えておくといいですわよ。この男はね、とってもせっかちなんですの」
咲月は唇を尖らせただけだった。そんなこと知っていると言わんばかりである。花恋のアシスタント時代、咲月は花恋に対して接触することがなかったので、これが初対面となる。水面下で凄まじい火花が飛び交っているかもしれない。

「じゃあ、いいわ。いつまでもお待たせしても申し訳ないですから、早速本題に入りましょう。実はね、この屋敷、迷路になっていますの」
「め、迷路?」
「そう。私の親戚の道楽で作られた人工迷路なんですけど、その迷路のスタートが今、皆さんがいらっしゃる応接間、ゴールがこの部屋になっていますわ。愛海ちゃんを連れて帰りたかったら、ここを目指して頑張ってくださいませ」
「・・・分かった。だが、それだけなら、僕だけで十分だろ。他のみんなを呼んだ理由は何だ?」
花恋は意味ありげに口元を歪めた。
「優人さん、これはね、ただの迷路じゃないの。いろんな悪戯があるわよ。大嫌いな栗原さんと私の恋敵の井上さんには痛い目に遭ってもらいますし、可愛い舞ちゃんにも悪戯したいですわ」
「・・・変なことはしないでくれよ、頼むから」
花恋が楽しげに笑う。
「変なことってどんなことかしら?さすがはムッツリスケベな優人さんね。大丈夫、あなたの期待は裏切りませんわ。むしろ、あなたはとっても楽しみにしていてもいいですのよ
『ムッツリスケベな優人さん』の期待を裏切らないと言っている以上、3人の女性達に対し、性的な悪戯が行われることは明白である。
「そこまであからさまに手の内を明かされるとかえって不安になるな」
案の定、他の3人の顔にも濃い不安の表情が浮かんでいる。舞は不安と同時に怯えの表情も浮かべている。
「僕だけじゃダメなのか?」
「ダメ」
即答だった。多分、何を言っても無理だろう。優人は他の3人を見渡した。
「申し訳ない。こんなことに巻き込んでしまって本当に申し訳ないですが、妹を助けると思って協力していただけませんか」
心底申し訳ない気持ちでいっぱいに頭を下げると、史織が優人の肩をポンポンと叩いた。「大丈夫ですよ。あんな女の考える事なんて、どうせくだらない事に決まっています」
優人は舞を見た。花恋のアシスタントである彼女だけはきっと、これからの出来事が何となく想像できるのだろう。顔も耳も真っ赤に染まっていた。
「あわわ・・・へ、平気です。慣れてますし」
『慣れてますし』という言葉が若干気になったが、無視することにした。
「そうか。ありがとう。じゃあ、行きましょうか」
優人がそう言って立ち上がると、横から思いっきり小突かれた。
「ちょっと待ちなさいよ。私には何も聞かないつもりなのかしら?」
不服そうに頬を膨らます咲月。優人は彼女を正面から見つめて髪を撫でながら言う。
「いちいち聞かなくたってお前のことは分かるんだよ。僕の彼女なんだからさ」
途端に咲月の顔が真っ赤になる。
「な、何よ。バカッ!優人のバカッ!」
そんな咲月を見て、史織が羨ましそうに呟く。
「仲がいいんですね。羨ましいです」
モニター越しに花恋が不満そうにこっちを眺めている。
「ふんっ、見せつけちゃって。なんかムカツキますわ」
「花恋。こちらの準備はいいぞ」
優人達は一斉にモニターを見つめた。
「・・・いいですわ。このモニターの左の扉が入り口ですわ。右の扉は鍵が掛かっていますから入れません。迷路の途中にいくつか部屋がありますから、そこでお会いしましょう
モニターの電源が落ちた。一気に部屋が静まりかえる。
「・・・じゃあ、行きますか」
ぞろぞろと立ち上がり、優人は先頭を歩いた。言われたとおり、モニターの左側の扉を開ける。先には長い廊下が続いている。後ろを振り向く。史織、咲月、舞の順でついて来ている。
「もう後戻りはできないな」
優人はそう呟いて、廊下に足を踏み出した。

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