1.
あたしの隣の家に住む磯村るりは、かなりのアホである。
まあ、頭が悪いのは遺伝なんだろうが、いつもオドオドしているあの態度は、いかがなもんかと思う。るりは一つ年下で、高校一年生だ。あたしたちは同じ学校に通っているが、学年が違うので、ふだんはあまり接点はない。
あたしはヒマなとき、時々あのバカをからかいにいく。すぐ泣く弱虫なので面白いのだ。もっとも、最近はなぜかあまり泣かなくなった。それどころか、あたしが行くとちょっと嬉しそうな顔をするので、なんだ、とうとうマゾに目覚めたのかよ、と面白くない。
国坂彰が濃厚なセックスをして帰っていったあと、あーたるー‥‥と首をまわしながら、あたしは窓をあけた。まだ少し暑いが、夕暮れの風はすっかり秋っぽい。素っ裸のまま、ぼんやり窓外を見ていると、帰ってきた帰ってきた、るりがピンクの花畑を背中にしょって。
楢崎とデートでもしてきたんだろう。単純だから、すぐにわかる。一人でニタニタ笑って、スキップなんかして、バカ丸出しだ。
るりは、サッカー部の楢崎洋輔って二年生と、夏休みからつきあいはじめた。楢崎ってのは、まあいい男の部類だが、サッカーが上手いだけで必要以上にモテている奴だ。恋い焦がれたるりは、夏休みにバージンを捧げ、そいつとつきあうことになった。それが三週間前の話。どうにかまだ、捨てられずにいるらしい。
「さてと」
あたしはTシャツと短パンを身につけ、隣の家に行った。あいつの両親は今日は留守だ。あたしの勘は動物的なので、空気でそれがわかるのだ。
「遥~」
るりは満面の笑みであたしを迎えた。
「よお、バカ。セックスは楽しんだか?」
あたしはいつものように丁寧な挨拶をする。るりはさっと赤くなった。
「えっ、そんなの、してないよ」
してないわきゃないだろ。男の匂いがプンプンする。あたしはニヤニヤ笑って彼女を追い詰める。
「今日、二度めのセックスだろ。まだ痛かったか?」
「そん‥‥うーん。そ、そんな痛くはなかった、けど」
るりはもじもじしながら答えた。
あーあ。つまんない。以前なら「バカッ」と怒鳴ってすぐ泣いたのに、こなれてきちゃった。
あたしはドサッとリビングのソファーに座った。
「楢崎くん、練習で忙しいし‥‥つ、次のエッチいつかなーって思ってたんだけど‥‥」
るりは一人で喋って、ますます赤くなっている。
「あそ」
「遥はどうなの? 国坂先輩と上手くいってるの?」
「お前にカンケーあるかよ」
「あるよー。ガッコの皆、すっごい噂してるよ。『榎本さん』の彼氏ってどんな人かって、男の子とか大騒ぎだし」
るりはにこっと笑って、あたしの隣に座った。
「セックスがまだヘタレだから、教えてるとこだ。そんだけ」
「そーゆー話じゃなくて」
他になにがあるっちゅーの。
国坂彰。
あたしの同級生で野球部のスタメン。顔はマアマア、体はバツグン。
あたしは、ひょんなことから、その男とかかわりあうことになった。カキンカキンとボールを打っているマジメな男だから、ちょいからかうつもりで、夏休みに家に呼んで、強引にセックスをした(ついでに、るりを苛めてやったが、それは置いておく)。マジメな割には童貞ではなかったし、モチモノはとんでもなく立派だったので、もう一度ヤッてもいいかな、と考えていたところ、彰はあたしを「デート」に誘った。
デート?
男なんか、セックスする以外に、使い道のない生き物だ。なんでそんなことしなきゃイカンのか。
「日曜日、森林公園の入口で待ってるから」
彰は電話でそう言った。
ああ、野外セックスも悪くないかもね、と思い直し、あたしはヨレヨレのTシャツで出かけた。草の汁でよごれると困るから。
「あー良かった。来てくれた‥‥」
彰はフニャッと笑った。
「えーと、原宿でもいこーかって思うんだけど、俺、あんまり行ったことなくて」
「原宿ぅ? やなこった」
「あ、嫌なら他のとこでもいいよ。うん」
原宿なんか最悪の場所だ。こないだは、モデルクラブだのタレント事務所だのという奴らから、19枚も名刺を渡された。あたしは生来、悪魔的に頭が切れるので、全科目トップ、全国偏差値の最上位にランクインしている。東大法学部にでも入って、頭自慢の男どもを、片っ端からオトしてやろ、と今から目論んでいるのだ。モデルなんてタルいことやれるかよ。
「あたしんちに来なよ」
あたしは彰の首根っこをつかまえて、キスをした。ノコノコついてくるだろうと思ったのに、彰は「いや、てゆうか」と、赤い顔で呟いた。
「ただ、榎本と一緒に外歩きたいって‥‥思ったりしてるんだけど」
は? じゃあ帰る。
‥‥と言いかけたあたしの手を取って、彰は歩き始めた。
「いい天気だよな。こ、こういうの西高東低っていうんだっけ。西から高気圧が‥‥」
西高東低は冬型の気圧配置だろ。
内心でつっこみを入れつつ、あたしはなぜか、手をひかれるままに、歩いてしまった。彰はやたらに背が高く、185センチ以上ある。あたしはなんだか、引き綱をつけられた子犬になった気分だった。アホな話だが、彰はうわずったお喋りをしながら、公園を5周もしたのだ。
結局その日、ヤツは何もしないで帰っていった。
こいつ、変人かもしれん。マジでそう思った。
「あー、明日は月曜日かあ。やだなあ。ホントやだ」
るりはソファーで脚をバタバタさせた。
「ヤなら退学しろ。お前に学費使うだけムダだからな」
「ひどー。ちょっと頭いいと思って、すぐそーゆーこと言う‥‥」
「楢崎のファンのヤツらは元気か? お前、仲良くしてるんだろ」
なんとなく山カンで言ってみた。案の定、るりの長いまつげがピクッと震えた。
「別に、どってことないけど‥‥」
あたしはるりの髪を引っ張った。
「いたっ。なによー」
「お前、なんで髪切った」
セミロングだったのに、今はレイヤーが入って短くなっている。
「えっ?」
「ふーん、ずいぶん楽しまれてるみたいだなー」
カマをかけると、るりは目を瞬時にそらした。
「ガムか接着剤か? あいつらもやるなー。今度やられたら、お前丸ハゲになるぜ」
るりは唇を噛みしめ、でっかい目玉に涙の膜が張った。図星だったらしい。
かなり痛め付けられているのは間違いない。まあ、そりゃそうだろう。楢崎には狂信的な「ファン」がついている。大っぴらな表舞台で応援しているのは、二年生の女ばかりだ。そこに一年坊主のるりが現われて、あっというまに、ヒーローをかっさらっていったんじゃ、イジメにあわないはずがない。こいつは顔は美少女だが、小柄でおとなしい。反駁する頭もないから、何をされても黙っているのに違いない。
あたしは立ち上がった。
「え、遥、帰っちゃうの?」
「お前と話してても、つまんねーんだよ、バーカ」
チッ、面白くない。こいつをイジメんのは、あたしだけの楽しみだったのに。
今までの会話でお察しの通り、あたしはかなりのサディストだ。しかも言葉づかいがこうときている。子供の頃から、アリのように群がってくる低能な男どもが心底ウザかったので、女らしさというものをきっぱり捨てた。こんな美形に生まれたことを恨んだこともあったが、性欲に目覚めてからは、自分のビジュアルを利用するようになった。
セックスの快楽が欲しくなると、手近な男に狙いをつけ、誘惑してイッパツやる。誘われるのは好きじゃない。あたしは根っからのハンターなのだ。
国坂彰は、きまぐれに選んだ獲物の一人に過ぎなかった。「男」を気取ったタイプなので、クールを装って女を相手にはしないというのが、表向きの姿だが、そのワリに、しつこく迫られて付き合っもているらしい他校の女は、すごい美人との噂だ。
落とす価値はあったし、しごく簡単に落ちた。
一回だけのつもりだったのに、あれから一ヶ月半、ヤツとあたしはいまだに続いている。
※
今日も今日とて、彰はあたしの部屋に来ている。ポテチ&ビールを口にしながら、巨人阪神戦を観ている最中だ。
「なー遥‥‥」
「何だよ」
「いやー、だからさぁ」
妙にモジモジしているので、あたしはクッと笑う。
「何だよ。ハッキリ言え」
「触っていい?」
あたしは5分ほど焦らしてから、承諾を与えた。
彰は背後からあたしのおっぱいを揉みはじめた。あたしはEカップ。まあまあの巨乳だが、彰の手は大きいので、ダンゴをこねるように自由自在に揉みしだく。
あたしの両親は今時の夫婦で、二人とも若く、バリバリ働き、週末は二人でデートにでかける。彰はちょくちょくやってきては、すぐに発情する。もちろん、発情してもすぐに触らせるわけじゃない。ヤツがあたしに触れるのは、あたしの許可がでた時だけだ。
「巨人、きっとピンチヒッターだすぜ。2アウト満塁だぞ。見ろって」
わかりづらいが、これはあたしのセリフである。
「うーん‥‥」
彰はあたしのTシャツを胸の上までまくり、ノーブラのおっぱいを、クニャクニャと揉みつづけている。あたしの男コトバで萎えないヤツも珍しい。もっとも、だんだんキモチ良くなってくると、次第に女の言葉がでてくるのだ。あたしは彰にもたれかかり、ポテチをパリパリ食べながら、野球を見ている。彰の広い肩に後頭部を押しつけると、すかさず唇があたしの首筋を這った。
「遥‥‥気持ちいいか?」
「まだまだ」
「じゃ、こうすれば、どう?」
親指と人さし指で、勃起した乳首をキュッと摘みあげた。
「んっ‥‥」
片腕で彰の頭を抱き、あたしの目はまだテレビを見ている。
しかし大きい手の男って、いい。あたしの首を簡単にねじ切れるような強い手が、力を加減して女を愛撫しているという事実に、ゾクゾクする。心優しいゴリラをペットにしているみたいだ。
首をのけぞらせてキスをする。ブサイ顔の男とでも、顔に袋でもかぶせればセックスはできるだろうが、キスは不可能だ。目の前のこの顔は好きだ。舌先に集めた唾液を、彰の口に送り込む。あたしはくるりと向かい合い、膝立ちになって、彼の頬を両手でつかんだ。顔を仰向かせ、幾度も唾を送り込んでは飲ませる。素直に飲む顔が、あたしの欲情をそそっていく。
眉毛を噛み、目玉を舐める。閉じさせた目をこじあけるようにスッと舐めると、舌の熱さがわりと気持ちいいのだ。やられるほうもゾクッとくるし、やっているあたしも楽しい。彼の股間に手を伸ばし、ジーンズの上から無造作につかんで勃起を確かめる。
「うっ‥‥」
彰が眉を寄せる。
「ジーンズ脱いで。下着も」
彰は座ったまま、一緒くたに脱ぐと、Tシャツも脱いで全裸になった。
「いい体」
あたしは微笑んだ。
もちろん、あたしはお世辞なんか言わない。男として最高の体だろうと思う。張りつめた筋肉が全身を覆っているが、気持ち悪いほどマッチョではない。理想的な骨組みに、理想的な筋肉。そして股間に隆起したものは、まさに日本人離れしている。大抵の女は、これを見て「絶対入らない」とビビるだろう。
あたしは立ち上がり、服をゆっくりと脱いだ。あたしの身長は167センチ。骨が華奢で、手足がやたらに長い。服を着ているときは、Eカップの胸以外は、たぶん植物的な印象を与えるだろう。だが裸になれば、なだらかな曲線を描く、女の体だとわかる。色素は薄い。肌や目の色も、乳首も、アソコも、白人と日本人の中間程度の色合いだ。
四つん這いになり、彰の顔を見つめながらにじり寄る。あぐらをかいた彼の、胸の真中を舐めた。少々塩辛い。シャワーを浴びていないから、ペニスの味も相当なもんだろう。乳首の感度はソコソコなので、今回はパス。体をくねらせながら、舌をチロチロと下げていく。あたしの長い髪の先が、すでにモノに触れている。髪を揺らしてそれを撫でながら、彰の顔を見上げると、押し殺した興奮と期待に満ちているのがわかる。
太ももをつかんで、さすった。ひきしまった硬さを楽しみ、ひざ小僧を揉んでから、内腿を股間にむかってさすりあげる。脚の付け根をヤワヤワと揉むと、ペニスが震えた。
「うぁ‥‥」
あたしは熱い息を、ペニスの先っぽにハーッと吐きかけた。触らないし、唇もあてない。5ミリの間隔をあけて、熱く柔らかい息だけを、性器全体に与えた。
一瞬だけ、指先でスッと撫であげる。続いて、舌で同じことをする。食べる前にもてあそぶのは、当り前だ。早くちゃんと舐めて欲しくて、我慢している顔がたまらない。
さんざん焦らしてから、ふくれあがった先端からにじみ出た透明なジュースを、舌で掬い取った。最初は触れるか触れないかといった程度。次第に強くしていき、いきなり舌先でぐりぐりと抉る。
「うわっ」
彰の体全体が跳ねた。
根元をそっと握り、切れ込んだミゾや首のまわりを舐め回した。ジュースがとぷっと溢れた。浅くくわえ、口蓋で締めつけたり緩めたりしながら、舌をあちこちに這わせる。左右に、前後に、嬲っていく。
「あ‥‥遥‥‥うぅ‥‥」
ビクビクと怒張していくそれが、口のなかで快い。口から抜き、先端を軽く握って親指でいじりながら、サオの裏側を細かく舐め、あたしの唾液でベトベトにしていった。
「こんなおっきくしちゃって」
唐突に真中へんをガシッと握った。
「わっ、ちょっとぉ‥‥」
「何だよ」
あたしは笑い、上下に摩擦しながら彼の上に跨がった。フェラチオはまだ途中だが、膨張率が最大に達したから、入れたくなったのだ。長い前戯は好みじゃない。ついでに言えば、しつこくアソコをいじくられたり、長々とクンニをされるのも嫌いだ。東京都の条例だって、アイドリングを禁止している。エンジンがかかったら即発進。そう、あたしが欲しいのは、男のよがり顔と挿入だけなのだ。
太い先端をアソコにあてて、あたしはクネクネと身を沈めた。閉じた肉が、ぐにゅっと開いていくのがわかる。
「あ‥‥キッツー‥‥」
眉をしかめ、さらにぐうっと腰を沈める。毎度のことながら、すごい異物感だ。濡れていなければ、間違いなく流血騒ぎだろう。
「うぁっ、すご‥‥締まりすぎっ‥‥」
彰が呻いた。
「ちょい待ち。すぐに楽になるから」
あたしは、ああ、と吐息をつき、挿入を完全に終えた。意識して筋肉を弛緩させる。まるで胃の下までペニスが来ているみたいた。
「ポテチ吐きそうなくらい、おっきい‥‥」
どーゆー感想だよ、と苦し気に言いながら、彰はあたしの尻をつかんだ。
「誰が動いていいって言いました?」
あたしは彰を睨みつける。あたしの中に鎮座している、この圧倒的なモノを楽しんでいるのだ。邪魔されたくない。
「えー、動きたい、んだけど‥‥ダメ?」
「巨人に点が入ったら動いてあげる」
ピンチヒッターはファウルを繰り返している。カウントはツースリー。フェラチオを楽しんでいても、その程度の情報は耳に入れているのだ。
「点が入らなかったら?」
ムニュッとあたしの胸に顔をすりつける彰は、すがりつく子供だ。あたしはニヤッと笑って彰の短い髪を引っ張った。
「決まってるじゃん。おあずけ」
「マジかよーっ、やだよー」
嘘に決まってる。あたしのほうが我慢できなくなるから。
でも、たぶん打つだろう。
思った通り、場内に歓声が沸き、「センターを抜けました!」とアナウンサーが実況した。
「打ったあ!」
と彰が喜びの声をあげた。その唇を自分のそれで塞いで、あたしは「いくよ」と囁いた。
腰をふっと浮かせ、一気に降ろす。その一撃で、あたしのジュースが外にほとばしった。
「ああっ!」
「くぁっ‥‥」
気持ちいい。人間ってすごい。粘膜はどこも敏感だが、アソコは圧巻だ。こうやって動くと、下のお口からも悲鳴が聞こえてきそうだ。
「くっ‥‥あ‥‥き、つい‥‥」
彰は苦しそうに喘いだ。
あたしの熱い内部は彰のペニスを虐め、万力のように締め上げる。可愛い可愛い、あたしの極上のオモチャだ。
「ん‥‥彰‥‥すごいよ‥‥すっごく硬い」
「遥‥‥もすげーよ。なんか‥‥べつの生きもんが、いるみたい‥‥」
俗にミミズ千匹って言うんです。
強く、柔らかく、リズムを変えて、あたしは動き続ける。腰をひねり、ぐいっとツイストを加えた。
「うぉあっ!」
彰がビッとのけぞる。
上下左右に動く。あたしのアソコはますます伸縮し、熱いものがジュワッと溢れ出す。巨大なペニスになじみ、もっともっと強烈な刺激を欲しがりはじめている。
「あん‥‥ん、すご‥‥おっきい‥‥」
彰のモノは本当にすごい。アソコが裂ける寸前まで開き、あらゆる箇所に電気がビリビリ走る。脳髄まで響く。
彰はあたしを下から突き上げる。強靱な体力だから、ハンパじゃない。
「きゃあんっ!」
すごい衝撃。アソコのヒダが剥がれてしまいそうだ。
「あんっ、ダメ‥‥彰‥‥そんなに強くちゃ‥‥」
「あ‥‥はあ‥‥女になってきた‥‥ね」
乱れた息の合間に、彰は可笑しそうに笑った。あたしの乳首に舌をあて、レロッと舐めあげる。ぷるんと震える胸の谷間に、彼が顔を押しつけると、熱い息がかかって気持ちがいい。
「うう‥‥ん」
何が好きって、こうして壊れていく瞬間ほど好きなものはない。壊れていく男を見るのは、もっと好きだけど、彰のペニスにかかっては、あたしはおしまいだ。
あたしのアソコはもう洪水。動くたびに、ずちゃずちゃと淫乱な音をたてる。ヒダのひとつひとつがペニスにすりより、抱き締める。摩擦する。子宮までが開いて、ペニスの先端をくわえこむ感じ。
「いあ‥‥あん‥‥あんっ」
一定の早さで動く。いつもより早いペースだ。もうとめられない。振り子のように体が動く。
彰が、よがり顔をあたしに見せている。
「うぅっ‥‥はっ‥‥はああ‥‥んぐ‥‥」
目の焦点がぼやけていき、唇はあけっ放し。眉間に皺が刻まれた。
「あ‥ぁあ‥‥うぁあ‥‥!」
あたしを下から突き上げながら、彼は快楽に我を忘れていく。最高の顔だ。あたしがオナニーするときは、この顔をいつもオカズに使うくらいだ。
「ああ‥ん‥‥。もっとぉ‥‥もっと突き上げて‥‥!」
あたしは叫んだ。
気持ちいい。溶ける。蒸発していく。
彰の大きな体が、あたしを揺さぶる。股間から噴き上げた快楽が、あたしを完全に打ち砕いた。
「ひゃあんっ、ああん‥‥っ、もっと、もっと!」
主導権は彰に移った。あたしがこうなると、彼はラストスパートに突入する。あたしを倒し、ドロドロに溶けたあたしの性器を、激しい突きで責めたてる。
「ぐうっ‥‥はあっ‥‥はあっ‥」
あたしの目の網膜は何も捕らえない。エロティックに歪んだ彰の顔すらわからなくなる。なのに、彰のものを搾り取ろうと、腰だけが勝手に動く。あたしの奥に、熱い精液が欲しい。欲しい。今すぐ。
「あっ、遥‥‥いくよ‥‥いく‥‥」
「いっ‥‥いって‥‥今‥‥あ‥‥っ!」
「ああ‥‥うぁあっ!」
「あああっ!」
二秒の差で、彼が早く絶頂に達した。
全身に痙攣が起こる。一瞬、アソコがちぎれるほどに彰のモノを絞める。彰はあたしの腰をきつく抱いて、最後の一滴までをあたしに注ぎ込む。
「は‥‥あ‥‥はあ‥‥」
入れたまま抱き合ったが、あたしは目を開けることができない。まだこの恍惚を楽しんでいたい。人生最高の快楽。これを取り上げられたら、あたしは自殺しかねないと思う。
「あ゛ーいいなぁ‥‥超サイコー‥‥」
温泉につかったオヤジみたいなつぶやきが聞こえてくる。
「なーなー、よかった?」
あたしは目を閉じたまま、力の抜けた手で彼の口を塞いだ。
「シー‥‥」
女のほうが余韻が長いのだ。このまま楽しませなさい。
だが、彰はチュッチュッとしつこくキスをした。あたしはまだぐたっとしているのに、背中を抱きしめて、あたしの胸をツバだらけにしながら、「あーやわらかい‥‥」と喜んでいる声が聞こえる。
わかっている。彼はこういうあたしが、結構好きなのだ。ほんの数分の間、弛緩したあたしは何も抵抗できないし、命令もできない。彼があたしの体で好きに遊べるのは、この時だけ。
ほんと、可愛いヤツなんですよ、国坂彰って男は。
まさか、これほど愛くるしい男だとは、思ってもみなかった。
といっても、24時間ずっと「可愛い男」というわけじゃない。そんな男は退屈きわまりない。
野球部ではキャンプテンをしている。「来年は甲子園に行くどー!」などと、部員一丸となって燃えているようだ。
彰はキャッチャーで、打順は4番だ。肩がいいのに、脚も早い。練習試合の打率は5割近い。バカでブスな女どもが、「見て見て。国坂くんが打ってるよ~」と、こそこそ囁きあっていることもある。なぜ「こそこそ」なのかというと、彰が「いつもブアイソで怖い」からだ。笑っちゃう話だが、それがもう一つのヤツの顔なのである。
あたしと彰は同じクラスだが、お互い超クールに接している。あたしたちがデキていることは、とっくに学校中の噂になっているが、教室でイチャつくのはアホのすることだ。
「やっぱ、昨日は原の采配がまずかったよ。あんとき中継ぎに変えてればさ‥‥」
男どもと交わしている、そんな会話が聞こえてくる。
「遥ー。メシいこーよメシ! 早くしないと学食混むよー」
友人のサナエが肩を叩いたが、それより保健室で昼寝したい。昨日は4発もやったので、さすがのあたしも、もうクタクタなのだ。サナエにそう言って、保健室に向かうべく階段を降りた。
「あの‥‥急いでるんですけど‥‥」
かぼそい声が聞こえたので、右方向を見た。廊下の曲り角で、4、5人の女が輪になっている。取り囲まれているのは、隣の家の弱虫、磯村るりだ。
「へえ、急いでんのー? どこ行くの?」
「お弁当2コも持っちゃってさあ。あー、これ楢崎くんに作ってきたとか?」
「い、急いでるんです。すいません」
「だから、どこ行くのって、聞いてるだけじゃん」
楢崎のファンどもに、からまれている。
るりは一瞬、助けを求めるようにこっちを見たが、あたしは素知らぬ顔で通り過ぎた。自分の尻は自分で拭け、というのがあたしの持論だ。しかしまー、ベタなことやってんな、あいつらも。学園ドラマの撮影かっつうの。
あたしはクックッと笑いながら、保健室のベッドに寝そべった。
目が覚めると、5時間目が終る時刻になっていた。保健室のババアに「またな」と挨拶し、さっきの曲り角に来ると、食べ物のクズが落ちていた。掃除をした跡はあるものの、レタスの切れ端、卵焼きのカケラ、飯粒が、ところどころに落ちている。何をされたか、想像がつこうというものだ。
教室に戻ると、楢崎が席に座っていた。そう、あたしはるりの男と同じクラスなのだ。あたしは後ろから肩をつついた。
「お前、昼に何食ったよ」
楢崎は怪訝そうな顔をした。サラサラの髪にいい感じの顔。これでサッカーがとびきり上手いときちゃ、そりゃ女も騒ぐだろうけど、あたし的には好みの顔じゃない。
「いや、ラーメンだけど‥‥」
「ふーん、ベントーじゃねーの」
「違うよ。何で?」
「別に。ただの市場調査」
あたしは鼻で笑った。
こいつ、鈍い。まったく気づいていないらしい。るりの奴、イジメのことを全然話していないと見える。
楢崎は、るりの前に、吉岡奈美って名の、陸上部の女とつきあっていた。るりと出会って捨てた、ということになっているが、多分もともと、楢崎と吉岡の感情バランスがとれていなかったのだ。だが、吉岡は二年生だし優等生だ。一目おかれているから、苛められることはない。それにひきかえ、るりは一年で、しかも顔以外にとりえがない。ファンにしてみれば、一目どころか「一殺!」ってとこだろう。それくらい、この鈍いおぼっちゃんでも、気づきそうなもんだけどね、普通は。
「ねー、さっき洋輔と何話してたの?」
いつものように掃除当番をサボッて帰ろうとしたあたしを、彰が追い掛けてきた。
「あ? ああ、手作りベントーの話」
「手作り弁当?」
なぜか、彰の顔がパッと輝く。
「いい言葉だなー。手作り弁当‥‥」
「何だよ。作ってほしいのか?」
「えーっ、なになに、作ってくれんのぉ?」
声が裏返ったので、廊下をすれ違ったクラスメートが、ギョッとして振り向いた。「本当に国坂彰かこれは」という顔だった。
「バーカ。単なる質問だよ。じゃーな」
「なんだよーそれ」
あたしは、おっと、と言いながら、彰の襟をつかみ、階段裏に引きずり込んだ。首を引き寄せて、ねっとりとキスをする。
「部活終ったら、遥んちに行ってもいいかな‥‥」
あたしを抱こうとする彰の腕をするっとかわして離れた。
「だーめ。あんたの巨根でまだヒリヒリしてんだよ、ここが」
ニヤついて自分の股間を指差すと、彰は顔を赤らめた。あたしは数歩行きかけて、あることを思いつき、振り向いた。
「彰。手作りベントー欲しい?」
「えっ、うん、欲しい欲しい」
彰はガクガク頷く。
「じゃ、来週の練習試合の時、持ってくよ」
「うっそ! マジで?」
「ただし交換条件。あさっての夜12時。森林公園に来ること」
「夜12時? なんでそんな時間に‥‥」
「来なかったら、つくってやんねーぞ」
あたしは笑いながら、昇降口に向かって歩き出した。
校門の外に出ると、前方にるりが歩いていた。家が隣同士で、帰宅時間もほぼ一緒なので、よく会うのだ。カバンで尻を叩いてやった。
るりはあたしをチラッと見たが、無視をした。
「ベントーは、トリのカラアゲに卵焼きか? 楢崎は喜んで食っただろうな。お前、料理だけはうまいもんな」
るりの顔が怒りのために、みるみる赤くなる。
「遥、ひどいよ‥‥見てたのに‥‥」
あたしは、「はっ」と笑った。
「あたしはお前の彼氏じゃねーよ。助ける義務がどこにある」
「もう、いい。話しかけないで‥‥」
早足でトコトコ歩き出した。股下の長さが違うから、こいつの早足はあたしの普通速度だ。
「ついてこないでよっ!」
「じゃもっと早く歩け、短足のチビ」
るりはあたしを睨み、駆け出した。あたしは三歩で追いつき、るりの腕をつかんだ。
「きゃっ、もう、痛い!」
「聞けよバカ。今度あいつらにからまれたらこう言え。『2年4組の榎本遥があたしの後ろについてる』ってな。嘘だと思うなら、本人に直接聞けって言っとけ」
「な、何よそれ?」
「どーせ、楢崎にチクッたらもっと酷いことになるとか何とか、脅かされてんだろ?」
「‥‥」
「まあとにかくそう言え。あいつらの脳みそはトーフだが、それでわかるから」
るりは唇を噛みしめ、あたしの肩のあたりを見つめていた。
もちろん、るりにもわかっている。あたしには、いろんな影の噂がついてまわっている。父方の実家がヤクザだとか、いや、極道とエンコーしてるとか、ロクでもないものばかりだが、この外見と喋りのせいで、噂はいっそう凄みを増しているらしい。
「‥‥でも、そんなの卑怯だと思う」
「じゃあ、一生楢崎にベントー食わせらんねーな。気の毒に」
るりはしばらく黙っていたが、迷ったようにうなずいた。
「もちろん、ただであたしの名前を貸すわけじゃない。条件がある」
「条件?」
「豪華なベントー作れ。二人分。来週の日曜日」
いつものように冷酷に命令したが、内心では「頼むよぉ‥‥」と拝んでいた。
そう、あたしは料理が、まったくできないのである。