2.
「来るな」と言ったのに、その晩、彰はあたしの家にやってきた。
午後7時、ケータイに電話があったので出ると「今、外にいるんだけど‥‥」と彰は言った。
ケータイを耳にあてたまま2階の部屋の窓を開けると、部活帰りの彰が外に立っていた。
「もう、うちのオヤ帰ってきてるよ」
「うん。顔が見たかっただけ」
「見えねーだろ。逆光で」
「見えるよ」
かー。女みたいなコトしやがって、かわいいじゃないか馬鹿やろー。
「私の髪をつたって、塔の天辺までお昇りなさい」
あたしは高い声を出し、長い髪を窓の下に垂らした。ジョークのつもりである。
「あん? なにそれ?」
「グリム童話だよ。『ラプンツェル』」
「聞いたこともねっす」
「無学だなー。悪い魔女によって、塔の天辺に幽閉された美しい娘『ラプンツェル』は、それはそれは長く美しい髪を持っていました。ある日、通りかかった王子様は、娘にひとめぼれしてしまいました。そして、彼女が窓の外に垂らした長い髪をつたって、塔の天辺まで昇り、愛を交わしたのです‥‥ってヤツ」
ただし、現代のラプンツェルはケータイで男と話す。
「髪、抜けんだろー。そんなムチャなことしたら」
彰は笑った。この笑い声を、あたしは多分すごく好きだ。オヤスミ、とキザに投げキスなぞをして、あたしは窓をゆっくりと閉めた。
いい感じである。
ロマンチシズムが高まってきたので、いいセックスができそうだ。
天気予報によれば、今宵の降水確率は0%。
あたしはこっそりと家を抜け出し、自転車で森林公園に向かった。白い満月が、漆黒の空の真中に煌々と輝いている。実に妖しい美しさだ。
あたしは満足だった。
何しろ、前々からのセックス・ファンタジーを実現する晩がやってきたのだ。
満月の光を浴びながらのセックスは、乙女の夢である。
‥‥などと言えば、全国の乙女から抗議の電話が殺到しそうだが、満月の夜、男は狼に、女は豹に変身するのだ。「ルナティック=狂気」という英語は、「月」が精神に異常を及ぼすと考えられていたことから来た。今まで味わったことのない、狂気のセックスを味わえるかもしれない。もちろん戸外で。彰の体は、月の光を浴びて、美しい夜の獣のように見えることだろう。
うーん、考えただけでもゾクゾクするなー‥‥と淫らな空想にふけりながら入口につくと、彰はもうあたしを待っていた。
「来たけどさー、何すんのー?」
ものすごく眠そうだ。
「もうわかってるくせに」
あたしは彼の手を取り、公園の中に入った。ほとんど灯はない。樫や桜、楡の木が鬱蒼と生い茂っている。人影はない。ホームレスの爺さんでもいるかと思ったが、それもないようだ。念のため、道路から離れた奥のほうまで歩き、この公園の名物、「まな板岩」の横手まで来た。大人の身長ほどの長さの平べったい岩で、風雅を添えるためか、どこかの山奥から持ってきたものらしいが、住民にはベンチ変わりに使われている。
「んー、いい感じ‥‥」
木々の間から垣間見える月が、地面に複雑な影を落としている。
「ランプツェルさん、僕たち、何するんですか」
彰があたしの肩を抱いた。ちょっと興奮してきたらしい。
「ランプ、じゃない、ラプンツェル」
あたしは彼の肩に頭を預け、囁いた。
「娘は、塔の天辺にやってきた男と、愛を交わしました‥‥。ふふ、童話なのにヤルんだよ」
「その場面、子供が読むのかよ?」
「普通の子供はわかんないだろーけどね」
彰を抱き寄せた。キスをするために顔をあげると、月光が目を刺した。抱き合って唇をむさぼる間にも、彰の顔の右手に輝く月を、あたしはずっと見ていた。
「遥‥‥マジでここでやんの‥‥?」
「うん。彰とここでしたいの」
身をすりつけて、脚をからませる。あたしはもう濡れている。すい、と体を離し、あたしは一人で桜の木の下まで歩いた。まだほんの若木だ。木の股に背中をもたれて、こっちに来て、と彰を呼んだ。背の高い姿が近づいてくる。彰は目の前に立つと、あたしを囲うように両手を枝にかけた。背をかがめ、キスをする。鼻息がちょっと荒いので、ますます興奮してきたことがわかる。
ぴったりと体にはりついたTシャツの下に、あたしは何もつけていない。痛いほど勃った乳首が、コットンを押し上げている。
「彰‥‥滅茶苦茶になりたい。して」
彰はあたしにのしかかるようにして激しいキスをした。気絶しそうなほど、官能的だった。
剥ぐように、互いの服を脱がせた。普通、戸外のセックスで全裸になることはない。万が一、誰かに目撃されれば、この上なくいい見せ物だろうが、気にしてはいられなかった。
彰はあたしの背を木の股に押し付け、胴を強く抱いた。胸にキスが与えられる。あたしはのけぞり、枝に両手をかけてバランスを取る。固くなったあたしの乳首は、舌で舐められ、唇でクッと引っ張られた。軽く、歯がたてられる。
「ん‥‥ふっ‥‥」
あたしは甘い吐息を漏らした。月が見ている。彰の真っ黒な髪に、金色の筋を落としている。
「遥‥‥」
彰は繰り返しあたしの名を呼んだ。
あたしの脚の間に手が入り、長い指が粘膜のなかを一気に貫いた。
「あっ」
体が細かく震えた。たかが指が入っているだけなのに、あたしのアソコはまるで壊れた水道みたいに、垂れ流し状態だ。内腿まで雫が落ちているのがわかる。入っている指は、一本じゃない。多分、3本くらいだ。衝撃が強い。グチャグチャに掻き回されると、挿入にも等しい快楽が押し寄せる。
「あふっ!、いい‥‥すご‥‥く‥‥」
遥、と彰がまたあたしを呼んだ。欲望を押し殺した低音だ。ほんの少し訝し気な響きがある。やはりわかるのだろう。あたしがいつもと違うことが。こんな風に最初から欲望を全開にすることは、あたしにはないから。
「遥‥‥なんか、すげー色っぽ‥‥」
そういう彰も、いつにもまして激しい。あたしに覆い被さって、無我夢中で愛撫をくわえている。月を背にしているが、表情はハッキリとわかる。目の色が変わっている。あたしは夢中で彼の顔を掴んで、唇にキスをした。キスというよりは、互いの口腔に食らい付いていた。唇や舌を食べ、飲み込む。幾らキスをしても、まだ足りない。その間にも、彰の指はあたしの雫を掻き回し、どんどん溢れさせている。
「気持ちいい?」
唇を合わせたまま、彰が聞いた。
あたしは身をよじった。
「彰、入れて。もう我慢できない‥‥」
いつもなら自ら挿入するのだが、立ったままではそうもいかない。
彰にも、月の魔力が乗り移ったのだろうか。いつもの可愛さとは、まるで違う行動をとった。片手であたしの右足をひょいと抱え上げ、そそりたったペニスをあたしに押し付けたまま、入れようとはしなかった。
「入れてほしい?」
耳もとで低く囁く。
「欲しいよ。早く」
「じゃ、もっと可愛くおねだりしたら?」
あたしは思わず笑ってしまった。彼の首っ玉をガッと掴み、「今すぐ入れないと、もう二度とセックスしてやんない」と脅してやった。
彰はちょっと笑って、あたしの耳にキスをした。いったん腰を低くし、狙いを定めて貫いた。背筋にそってズー‥‥ンと衝撃が走り、あたしは殺されるような悲鳴をあげた。彰の手があたしの口を塞ぐ。
「声、でかすぎ」
口を塞がれたまま、大きなモノに突き上げられる。片脚を持ち上げられているので、好きに動くことができない。彰のペニスは、あたしの奥の奥まで突き上げているのに、こっちは無防備なままだ。
「ん‥‥っ、んんんっ」
あたしは、彰の手をつかんで、口からもぎ離した。片腕を枝にかけ、もう片方の手で彰の尻を掴み、ぎゅっと引き寄せる。
「く‥‥あ‥っ」
彰は激しく喘ぎながら、あたしを突きまくった。
「ひぁっ、あぁん‥‥っ、うくっ」
むせ返るような夜の緑の匂い。あたしの股間から立ちのぼる、愛液の匂い。あたしたちの気配で静まっていた秋の虫が、また鳴き始めた。溢れる泉を、彰が掻き出す音が、それに重なる。
「彰‥‥気持ち‥‥いい‥あ、ああっ‥」
あたしは極度に達した快感に身を任せ、目をきつく閉じた。月光を、ほのかな重さとして瞼に感じたような気がした。
「はあ‥‥はあ‥‥はあ‥‥」
彰は規則正しいリズムと呼吸を繰り返している。うねるような波がやってきて、あたしを絶頂に押し上げていく。
「ああ‥‥遥‥‥」
彰はあたしの背と尻の下を抱えて抱き上げた。繋がったまま、まな板岩の上に押し倒す。ひんやりと冷たかった。あたしの両脚を自分の肩にかけさせ、一気に激しく突いた。
「ひゃあっ!」
「うぁ‥‥はっ‥‥はっ‥‥」
彰は苦し気に息を吐き出しながらも、あたしの口を塞ぐことは忘れなかった。あたしは達するときに、しばしば絶叫するからだ。
「ん‥‥んんっ」
「あっ‥‥イクよ、イクッ‥‥」
彰は呻いた。あたしもイキそうだ。口を塞がれているので、頷くことしかできない。
「ふあっ!」
ブルブルッと彰の体が震えた。その痙攣があたしの粘膜に振動し、伝染した。
あたしたちは、同時に絶頂に達した。
彰は、確かにいつもと違った。
抜かないのはいつもと同じだが、復活が異様に早すぎた。
ぐったりしたあたしの体をくるりと横向きにし、裏返した。あたしの膝を草の上につかせ、体を岩の上に押し付けた。背後からゆっくりと動き始めたときには、「オイオイ、この絶倫男‥‥」と、心のなかで突っ込まざるを得なかった。が、抵抗する気力がない。あたしは弛緩の時間が長いのだ。
「彰‥‥ちょい‥‥待ち」
しかも、あたしはバックが嫌いだ。気持ち良くないとは言わないが、全く嗜好にあわないので、今まで一度もさせたことはない。
「いいだろ? なんか後ろからしたい気分でさ‥‥」
だから、待てっつーの。
‥‥と文句を言う暇もなく、彰はあたしの背中に唇をつけた。背中全体を手でさすり、首筋に唇を這わせる。
「一度こーしてみたかったんだ」
彰の声は、震えるような興奮を帯びている。よほど、後ろから犯すのが楽しいらしい。両手で胸を揉まれ、後ろからゆっくりと突かれた。体重をだいぶかけられているので、あたしは身動きがとれない。
彰はあたしの髪を掻きあげ、耳を舌で責め始めた。
「遥‥‥可愛いよ‥‥可愛い」
何かが彰を煽り立てている。普段は素直な愛らしい男にこう出られると、ゾクゾクする。お手合わせをしたくなる。
「彰、体位変えろ」
いつものように、命令してみた。
「だめ。今はこれでする」
「蹴るよ」
「どーぞどーぞ。でも無駄だよ」
やっぱりいつもの彰じゃない。実に面白い。
あたしはしばらく屈服を楽しむことにした。この体躯、腕っぷしの強い男にまともに抵抗しても始まらないし、可愛いペットにこうして犯されるのも悪くない。もちろん、ほんの少しの間なら、の話だが。
「彰‥‥楽しんでるね」
「うん」
「何が楽しい? 言ってみな」
「うーん‥‥」
彰は唇であたしの耳を嬲りながら言った。
「遥を、自分のものだって思える。何をしてもいいんだって‥‥。なんかこう、メチャクチャにして、思いきりよがらせたい‥‥っつーか‥‥そんな感じ」
「いつもよがってるだろ」
「だけど、もっと」
「じゃあ、何か噛ませて」
「え?」
あたしはクスクス笑った。
「メチャクチャにして、思いきりよがらせてくれんだろ? あたしは叫ぶから、その前に何か噛ませてよ。Tシャツでも何でも」
彰はゴクリと唾を呑んだ。あたしを好きにできる。その想念で頭が一杯なのに違いない。
「‥‥おう」
彰は抜いた。立ち上がり、服を脱いだところまで歩き出した。美しい後ろ姿だ。勃起したまま歩いている姿が少しも滑稽ではなく、原始的に美しい。
あたしは立ち上がった。猫みたいに彰に忍び寄り、背後からペニスを強く掴んだ。
「わっ」
「シー‥‥声が大きい」
あたしは笑った。痛みを感じるほどの力で握り締めると、彰が呻く。股間に気をとられた隙に、素早く足払いをかける。
「わっ、とと‥‥」
バランスを崩して彰は膝をついた。すかさず、肩を掴んで仰向けに倒し、腰をあたしの両脚で巻き込んだ。同時に、指先を彰の首に食い込ませる。
「うぐ‥‥」
「鈍すぎ。ホントに体育会系か?」
思わず、ニヤニヤ笑ってしまう。
その体勢のまま、キスをした。腰を浮かせ、ペニスを無造作に掴み、あたしの中に入れた。
「う‥‥く‥‥遥‥‥ずっるー‥‥信じられんねー」
あたしに首を軽く締められた彰は、カエルのような声でぼやいた。
「イカせてあげる‥‥思いきりよがらせてあげるよ」
あたしは囁いた。
「いい子だから、そのまま大人しくしてなさい」
「やだよ‥‥もう」
膨れ面の彰に軽くキスをした。嫌だと口では言っても、ちゃんと言うことをきく。
彰はS50%、M50%といったところで、バランスがとれている。あたしみたいにS90%という偏向はないかわりに、こうして反乱を起こす姿を見ると、手ごたえがあってワクワクする。
あたしは手を前につき、ゆっくりと動き始めた。
股間に入ったものを、思う存分嬲りたい。
男だけをイカせて、自分は冷静にコトを終えることができるものだろうか。
前々から、それを試したくてウズウズしていた。これは乙女の夢というよりは、個人的な願望である。彰の顔を終りまで堪能したかった。微細な表情、うめき声。何よりもイッた瞬間の顔が見たい。だが、幸か不幸か、性器の相性がこの上なくいいので、あたしはいつも狂わされる。
試してみよう。
あたしは彼の顔を見つめながら動いた。乗馬で言えばトロットの早さだ。
「うく‥‥」
彰は目を細めた。草の上に押し倒した男の体が、切な気によじる。
「その顔、すごくいい‥‥。もっと声だして」
一方的に激しく動いているので、あたしの息は荒い。快感のボルテージを必死でコントロールしながらも、精神的な満足のために、唇の端に笑みが浮かぶ。
あたしは彰のペニスを徐々に絶頂に押し上げていった。
「はぁ‥‥う‥‥うぁ‥‥」
彰の口が、大きく開いた。顔の筋肉がピクピクと引き攣る。睫が小刻みに震えている。
彰は本当によがり上手だ。
なだらかな眉毛、美しいアーモンド形の目。やや太めの鼻筋、耳から顎にかけての鋭いライン。官能的なかたちを持った唇。見事な歯並び‥‥その造作のすべてが、花が開くように快楽の印を露にさせていく。
「あっ、ん‥‥っ、遥‥‥」
「ぁ‥‥あ‥‥」
あたしは喘ぎながら、更に激しく動いた。自分の好きなスピードではなく、彰がラストスパートに入ったときのそれだ。ペニスを最大圧力で締め上げた。
「んぁっ! ぅっ、く‥‥」
彰はクッとのけぞった。
無意識のうちに、腰を使ってあたしを突き上げ、あたしの腰を掴む。あたしはその手を草の上に押しつけ、激しく動き続ける。
「遥‥‥あくっ‥‥ぅはあ‥‥っ」
苦悶の表情。あたしに押さえ付けられた腕の筋肉が、ビクッビクッと何度も震える。たまらない。彰のその姿があたしを攫う。快楽が伝染していく。
「はる‥‥遥‥‥」
「彰、イッて。イク顔を‥‥あたしに‥‥見せて」
「ああ‥‥ぁ‥‥」
サーフィンをしてるみたいだ。次々とやってくる波に、上手く乗り続ける。だが、少しでも注意がそれれば、波に攫われて水の中に沈んでしまう。
彰が、腰を上に突き出した。あたしの手を振り払い、ぐいっと尻を掴む。
「あっ!」
あたしは鋭く叫び、すんでのところで津波を避けた。
「はあっ、ぅああっ!」
彰は痛いほどにあたしの尻を掴みあげた。動きをとめさせ、股間を密着させる。同時に、彰の結晶があたしの奥底に放たれた。
切ない、恍惚の顔。
蒼い木漏れ日のような月光を浴びた顔。
エロティックだった。
あたしは、今まで経験したことのない戦慄に襲われた。
激しい心臓と疼く股間に耐えながら、彰の顔に見愡れた。ほとんど狂気に近いような、異常な熱心さで、あたしは彰の顔を見つめ続けていた。