恋のからさわぎ2

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アダルトな読み物のお部屋

恋のからさわぎ2
2021年07月27日 00時25分
デジタル・クライス

2.

 俺はしばらく、そのことを気にしていた。
 だが、2、3日たっても、特に何事もないようなので、「洋輔と奈美」のほうに、思考の比重が傾き始めていた。ちょっとメンドくさいが、ラーメンを奢ってもらう以上、ちゃんと立ち会わねばならない。
 水曜日、野球部の練習が終った後、俺は大通り沿いのファミレスに向かった。
 洋輔と奈美とは、今夜7時半、そこで会うことになっている。
 歩道につむじ風が巻き起こって、枯れ葉を散らしている。来月はクリスマスだ。手編みのマフラーなぞ欲しいものだが、遥はそんなもの絶対編んでくれないだろう。いや、まあ、ねだるだけねだってみるか。ベントーだって作ってくれたし(マズいけど)、ああ見えて優しいトコもあるから、しぶとくねだれば、何とかなるかもしれない。この間だって、最後は紐を解いて、おっぱいをしゃぶらせてくれたし‥‥。
 そこまで考えて、ハタと立ち止まった。
 いったい俺は、何をありがたがっているのか。彼女のおっぱいをしゃぶるくらい、当然の権利ではないのか。
 前の彼女のときはこうじゃなかった。
 あくまでも野球が主で、彼女は従だった。俺の心は、女なんかに惑わされることなく、おおむね平静だった。フッたときは泣かれて、さすがに申し訳ないと思ったが、それだけだ。
 なのに、今はこのざまだ。泣く子も黙るこの国坂彰が、「おっぱいをしゃぶらせてくれた」などと思考している。
 やっぱ、どうにかせにゃアカン。
 俺は一人で頷きながら、ファミレスのドアを開けた。

 洋輔の言った通り、奈美は友達を連れてきた。奈美と同じクラスの、近藤何とかって名前の女だ。
「そんな一方的に、『他に好きなコができたから別れる』って酷い話だと思うんだけど、あたしは」
 近藤何とかは、ひたと洋輔を睨みつけている。
「千秋、いいから」
 奈美は近藤の腕に触れ、洋輔の顔を見つめた。なかなかいい女だ。美人というより、整っている。すっきりとしたショートカット。理知的な目に、スレンダーなプロポーション。ウチの学校でも、彼女の熱烈なファンは多い。
「洋輔。三ヶ月も経って、こんなこと言うの、あたしらしくないよね。でもね、忘れられないんだ。洋輔がそう言うならって別れたけど‥‥あたしやっぱり好きなの。もう一度やり直したい」
 単刀直入だ。
 断わられるのを覚悟の上で、プライドを捨てて言っているのがわかる。くそー、いい女じゃねーかよー。洋輔のヤツ、コイツを振るなんて、もったいねえ。
「‥‥ごめん、無理だよ」
 洋輔はテーブルに目を落としたまま、低い声で言った。
「奈美‥‥俺らさ、あまりうまくいってなかったよな」
「そうかな」
「そうだよ。わかってるだろ? 俺は奈美みたいに大人じゃないし‥‥何もかもを時間割りで区切って、キッチリと理性的につきあう、みたいな真似、できなかったよ。‥‥それに」
 目をあげて、奈美を見た。
「今は、彼女が一番大切だし」
 俺はるりちゃんの顔を思い浮かべた。確かに可愛い子だが、俺なら迷わずに奈美のほうを選ぶだろう。ま、それは好みの問題だ。もともと、積極的だったのは奈美のほうで、洋輔は彼女の理性的すぎる部分に違和感を覚えていた。
「一年近くもつきあった、あたしより大切?」
 洋輔は答えない。
 奈美の目のふちがうっすらと赤らんでいる。唇を噛み、うつむいた。泣かないようにこらえている。あーあ、気の毒な。
「彼女が‥‥そんなに好き?」
「うん」
「あたしとはやり直せない? 可能性はない?」
 洋輔は頷いた。苦し気な顔だった。
「そう‥‥か」
「ごめん」
 奈美はごくりと喉を動かして唾を飲み、にっこりと微笑んだ。
「こっちこそごめん。でも、どうしてももう一度トライしてみたかった。あたしって自惚れ屋だから、もし洋輔がまだあたしに未練あるなら、つけこんじゃえって思ったんだ」
 立ち上がり、ドリンク代をテーブルに置いた。
「もうこんなことしない。忘れるから‥‥だから、洋輔も忘れて」
「奈美」
「じゃあね。千秋、行こう」
 奈美は踵を返し、出口に向かった。すらりと背の高い後ろ姿が、颯爽とした足取りで遠ざかる。近藤は恨みがましい目つきで洋輔を睨むと、奈美の後に続いた。

 洋輔はめっちゃヘコんだようだった。俺らもすぐにファミレスを出て帰途についたが、一言も喋らない。
「あいついい女だから、すぐに見つかるって、新しい男が」
 明るく言ってやったが、機械的な頷きだけが返ってきた。とてもじゃないが、毎々軒のラーメンのことなど、催促できる雰囲気ではなかった。
 洋輔と別れて歩いていると、遥が恋しくなった。
 なんていうのか、「傷つく」だの「傷つけられる」だのという感情レベルからほど遠い彼女の顔を、どうしても見たくなったのだ。
 俺は回れ右をして、遥の家に向かった。
 児童公園を通り過ぎようとした俺は、吉岡奈美を見つけた。
 ひとりでブランコに乗っていた。
 いかにも傷心の女という雰囲気だ。なかなか絵になる、と見ていると、奈美はふっと目をあげて、こっちを見た。目をそらさずに俺を見つめていたので、仕方なく傍に寄った。泣いているのかと思ったが、彼女の目は乾いていた。
「この公園、チカンでるぜ。帰れば?」
 我ながら優しさのカケラもない声音だ。だが、もともと俺はこういう男なのだ。女にアイソを振りまくなど、ニガテ中のニガテなんである。
「いいわよ、別にチカンにあったって」
 奈美の声もアイソがなかった。
「あーあ、あたし超カッコ悪いよね。2回もフラれたのよ? 情けなくて、嫌になる」
 ブスッとしたまま、ブランコを揺らした。
「ま、いーんじゃねーの?」
「いいって何が?」
「だからまあ、当たって砕けて、良かったんじゃねーのって事」
「ふふ、国坂くんは、サッパリしてるねー。洋輔とは大違い」
 サッパリしてんのは、ひとごとだからだろ、と言いかけた俺は、ギョッとして口をつぐんだ。奈美の目から涙が溢れたからだ。
 あ、やば。
 俺は当惑顔になったと思う。奈美は泣きながら少し笑った。
「馬鹿ね。‥‥こういうの、生理的なもんなのよ、気にしないで‥‥」
 指で涙を拭い、唇を震わせながら、また笑おうとした。
「ごめん。いいからもう帰って」
 魔がさした、とはこういうことを言うのだろう。
 俺は立ったまま、ブランコに座った彼女の頭を掴むと、自分の腹に押し付けて、頭をぐりぐりと撫でてやった。男にフラれて、一人で泣いてるんじゃ、救いようがないではないか。
「国坂くん‥‥」
 奈美は呟いた。
「ガーッと泣いて、サッパリ忘れろ。それしかない!」
 俺は力強く言い切った。このシチュエーションがあまりにも照れ臭かったためだ。
「うん」
 奈美は頷き、しばらく黙って泣いていた。
 俺は暗い空を見つめた。やがて、俺のシャツが彼女の涙で濡れたのが、感触でわかった。俺の心は、どこか甘いもので満たされていた。
 なんだか思いきり慰めてやりたい。ギュッと抱き締めて、薄い肩をさすってやりたい‥‥もう少しおっぱいがでかければ、カラダで慰めてやってもいいのだが‥‥と考えてから、遥の顔が思い浮かび、ビクッとして周囲を見渡した。
 万が一、遥にこれを見られたら、と考えただけでもゾッとする。まあ、黙っていればバレることはないだろう‥‥。
 俺は複雑な気持ちで、しばらくそのまま奈美の頭を撫でてやった。

 奈美は長くは泣かなかった。
「迷惑かけて、ごめん。大丈夫だから」
 吐息をつき、立ち上がった。
「サッパリしたか?」
「うん、サッパリした。ありがとね」
 と答えた彼女の顔には、痛々しいなかにも、精神の強さがほの見えた。あっぱれな女だ。陸上部で根性を鍛えているだけのことはある。
 俺はちょっとばかり、奈美に心を奪われていた。貧乳を抜かせば、ワリと好みのタイプなんである。
 こういう女とつきあっていれば、俺だってもう少し「健康的な」日々を送れたかもしれないな‥‥などとしんみり考えつつ、遥の家の前まで行き、ケータイに電話をかけた。この時間だと、もう彼女の親は帰宅しているだろう。
「なんだよ、エッチのおねだりか?」
 いつもの声が聞こえて、少しホッとした。
「じゃねーけどさ、顔見たい。出てこれねー?」
「らじゃ」
 彼女は家の外に出てきてくれた。黒い半袖のセーターに、穴ぼこのあいたジーンズ。すらっとしているのに、胸の膨らみがセーターを小気味よく押し上げている、スタイルの良さ。あまりに美しい、これが俺の彼女なのだ‥‥。誇らしさが胸に満ち、さっきまで抱いていた奈美の面影がすっとひいて、暗闇のなかに消えた。
「遥‥‥」
 思いきり抱き締めた。
「いてーんだよ、馬鹿力」
 文句を言われても構わない。強引にキスをした。舌を突っ込んで、レロレロのキスをする。遥の目は開いている。こいつはキスの途中で目を閉じないことが多い。
「目、閉じろよ」
「ふーん‥‥」
 遥の目玉が、蛍光塗料を塗ったみたいに光っている。
「なんだよ、ふーんって」
「彰。何があった」
「え?」
「今日、シュラバに立ち会ったんだろ。何があったか言ってみな」
「何って‥‥何もねーよ」
「奈美か」
「え」
「お前、奈美に泣かれて、クラッときただろ?」
 顔がガキッと強ばった。
「な、何言ってんだよ‥‥んな‥‥」
「気にしないで、とか何とか気丈に振る舞われたんで、ヨロめいたか?」
 遥はニヤニヤ笑いながら、俺の臭いをクンクンと嗅いだ。俺の背中を汗がツツーと流れた。
「ああ‥‥お前、あの女と抱き合ったな。匂いがする」
 うっそぉ!
 何、こいつ犬? いや、超能力者?
「いやあの‥‥同情ってか、その‥‥そんだけだよ、全然、あの、抱き合ったりなんて」
 遥はクッと笑って、するりと俺の腕から逃れた。
「明日の夜、ウチに来い。オヤはふたりとも出張中でいねーから」
「え‥‥え?」
「来なかったら、二度と家に入れてやんねーぞ」
 遥はさっさと歩き出して、家の中に入った。俺は呆然として、玄関のドアを見つめていた。

 翌日の夜、遥の家に行った。もう死にそうな気分だった。
「よ」
 遥はいつも通りに俺を迎えた。
「なあ、遥‥‥あのさ」
「部屋に来て、さっさと服を脱げ」
 遥は不気味な笑みを浮かべている。俺は恐怖に怯えた。いったい何を企んでいるのだろうか‥‥。
 服を脱ぎながら、なんとかこの事態を挽回しようと、頭を巡らせた。
「あの、吉岡のことだけどさ‥‥」
「ああ、何だ?」
「だって、一人で泣いてたんだぜ? 放っておけなくてさ。だからちょっと慰めただけっつーか、そんだけだって、ほんとマジで」
「全部脱げよ。パンツもな」
 しぶしぶ裸になり、最後の一枚を脱ぎ捨てる。
「なあ、お前ヤキモチやいてんの?」
 俺は平然とした口調を装った。
「女のヤキモチはみっともねーぞ。しかも、なーんもしてねーのに」
「ヤキモチ、ねえ」
 遥は薄ら笑いを浮かべながら、細い縄のようなものを、机の引き出しから取り出した。
「な、なに、それ」
「麻縄だよ。ちょっとしたゲームをしようかなと思ってね」
「縛んの? やだよ俺‥‥」
「平気だよ。痛くないようにするから」
 遥は俺を縛り上げた。まず手首。そして、折り曲げた脚を縄で固定し、膝の裏にも別の縄を通して、ベッドの脚にくくりつけ、恥ずかしほど脚を開かせた。手早いの何のって、梱包のバイトでもしてたのかと思うくらいだ。
「お、おいおい‥‥なあ、遥」
「彰」
 俺の顔を覗き込んだ。
「ヤキモチって言ったよなあ」
「え? うん‥‥いや‥‥」
「ま、仮にあたしがヤキモチ焼いているとしてだ。そーゆー女ってのは、酷いことするらしいじゃねーか。テレビのニュースやなんかでも、色々やってるよな? 痴情沙汰で男を刺したり? 首締めたり?」
「な‥‥そ‥‥お、おい‥‥」
「だからさ‥‥あたしが酷いことするのも、ありだよな?」
 口がニッと横に裂けた。完璧な歯並びが、凶器のように白く閃く。悪魔の顔だ‥‥と気絶しそうになった。

 遥は暴力をふるったわけではなかった。
 その代わりに、俺の体をネチネチと責め苛んだ。
 イキたいのにイカせてもらえない、という凄惨な経験をしたヤツってのは、沢山いるんだろうか。もしいるなら、そいつと、その辛さを一晩中でも語り明かしたい。
 遥はじっくりと時間をかけて、俺を弄んだ。
 フェラチオをして勃たせておきながら、絶対にイカせてくれなかったのだ。
 発射しそうになると、すっと愛撫の手を引くタイミングの絶妙さ。それを5回も6回も繰り返されると、俺は泣きそうになった。いや、実は半泣きになっていた。
「遥‥‥頼むよ‥‥なー、イキたいよー、頼むよぉ」
 身をよじって懇願する。
 こんな声を、野球部の後輩にでも聞かれたら、権威失墜はまぬがれない。俺は鬼キャプテンで通っているのに‥‥。
「ふふ、イキたいなら、自分でどうにかすれば?」
 遥は猛り狂ったサオと、苦悶に歪む俺の顔を交互に見ている。
 憎い。
 この女が、とーっても憎い。
「なんだよもおー、俺は何にもしてねーんだぞぉ、ちくしょー!」
「正直に答えたら、イカせてあげる」
 遥は俺の額にキスをした。
「クラッときただろ? 奈美に‥‥」
「きてねーよっ!」
「ん? 聞こえないなあ、なんて言った?」
 俺のサオに、スッと指を這わせた。つつう、と下からなぞり上げ、感じやすい先端をコチョコチョといじくる。ビクビクッと全身が震えた。
「うう‥‥っ」
「聞こえない‥‥なんて言ったの?」
「あっ、もっと強くしてぇ‥‥」
 あられもない声が出た。
「素直になれば、強くしてあげる‥‥気持ちよーくイカせてあげるよ‥‥クラッときたんだろ?」
「き、き、きました‥‥クラッと‥‥」
「キスしたいって思った?」
「‥‥おも、思いました」
 ああ、いいのか。こんな正直に言って。
「彼女にしたい?」
「は?」
「奈美を、彼女にしたいって思ったのか?」
「ややや‥‥ぜんぜん‥‥てか少し。でも、一瞬だけです。はい。すぐ忘れました!」
 涙で溢れつつある俺の目には、もうほとんど何も映らない。出したい。発射したい。その一点のみに支配されている。
「よしよし、正直に言ったんだから、ごほうびあげなきゃね‥‥」
 遥の声は囁くように優しかった。
 コーモンに冷たいものが垂らされ、俺は困惑の瞬きをした。
「ローションだよ。ケガさせたくないしね」
 ケガって何、と問うヒマもなかった。
 ぐにゅぐにゅ。
 何かが入ってきた。裂かれるような痛みが、コーモンを襲った。
「うわぁーーっ!」
 暴れようにも、脚は開かれっ放しで、固定されている。身をねじって逃れようとしたが、異物はますます奥まで入ってくる。
「あいたたた、やめろよっ、やだ! 抜けよーっ」
「おおげさだなー。ただのちゃちいオモチャだよ?」
 遥は俺の肩を床に押し付けた。すごい力だ。指の力が、ギリギリと肩に食い込む。
「暴れたら、処女膜が破れて血が出るぜ。大人しくしてなよ」
 残酷な笑みを浮かべて、俺の顔を凝視している。
 間抜けなことに、俺はその時点でやっと気づいたのだ。
 遥は、阿修羅のように怒り狂っているのだと。

「お前‥‥恐ろしい女とつきあってるんだなぁ‥‥」
 洋輔は放心した顔で俺を見つめていた。
 あまりのことに、俺はついつい洋輔に全部話してしまったのである。奈美のこと、そして遥の反応のことを。
 情けなかったし、ムカついてもいた。
 コーモンの異物感はまだ抜けない。それに昨日はいたぶられまくったあげく、一度もイカせてもらえなかった。ヒドい話だ。俺は何も悪いことをしていないのだ。こんな残酷な仕打ちを受ける理由など、絶対にない。
「いや‥‥噂には聞いてたけど、ナマの話はすごい‥‥」
「お前にゃわかんねーだろうよ。健全なつきあいだもんな」
 俺はヘッと不貞腐れた。
 昼休み、屋上から見る空は青く澄み、実に平和だ。
「で、どうすんの」
 洋輔が聞いた。
「このまま榎本とつきあうのか?」
 そんなの、こっちが聞きたい。
 あの勘の鋭さ。それに、怒り狂った冷たい炎のような表情。ハッキリ言って、チビるほど怖かった。今は、彼女が恋しいというより、恐ろしい。シッポを尻に巻き込んだ負け犬状態だ。
「だいたいなあ、洋輔」
 俺は洋輔を振り向いた。
「もとはといえば、お前のせいなんだぜ。俺をシュラバに巻き込んだりするから、こーゆー目にあったんだ、こっちは」
 八つ当たりである。だが、憤懣はどうしようもない。
「人のせいにしないでくれる」
「いーや、お前が悪い。俺はなあ、お前にフラれた吉岡を慰めただけなんだぞ」
 洋輔は唇を歪めて、目をそらした。
「まあ、彰はともかくとしてさ‥‥奈美には申し訳ないことしたと思ってる」
 彼女が一人で公園のブランコに乗っていた、と話すと、洋輔の表情は暗くなった。さっきからその暗さが目にへばりついたままだ。
「なんかこう、罪悪感みたいのが消えなくてさ、参ったよ」
「でも、るりちゃんのこと、アレなんだろ、お前は」
「まーね」
 洋輔は複雑な顔で頷いた。
「恥ずかしいセリフだけどさ、なんか『宝物』みたいなんだよな。今の俺にとっては」
 宝物!
 ヒョエー。
 マジで恥ずかしいセリフだ。言うかねフツー、真顔でよ。
 だが、俺の胸にムクムクとわきおこったのは、羨望だった。そういう女を得たこの男が、俺はめっちゃ羨ましい、いや妬ましいと感じていた。
 そりゃ、るりちゃんより遥のほうがずっと美人だ。プロポーションだって、たぶんセックステクだって、比べモンになんないと思う。
 でも、どう考えても『宝物』なんて呼べるわけがない。あんな殺人鬼の目をした女を。

 遥は俺を無視している。
 教室でも、廊下ですれ違っても、素知らぬ顔をしている。
 こっちも怖くて近寄らなかったが、何日も無視をされるとさすがにムカついた。もういいよ、俺だって知らねーよ馬鹿やろう。
 俺は以前にも増して野球に打ち込んだ。後輩を気絶寸前までシゴキまくり、自分も200%の力を練習に注いだ。
 部活が終ると、ボロボロに疲れた体をひきずって、帰途につく日々が続いた。
「遥‥‥」
 呟きが唇から漏れる。
 遥とエッチがしたい。抱き締めてキスをしたい女は、やっぱり遥だけだ‥‥。
 苦悶の日々を過ごしたあげく、ある日曜日、俺は遥の家に向かった。会って何を言うつもりなのか、考えてはいなかった。ただ顔が見たかったのだ。
 だが、遥は家にいなかった。ケータイに電話をかけたが、繋がらない。
 俺は大通りまで出て、コンビニの前でぼーっとしていた。遥がどこに出かけているにせよ、帰ってくるときは、必ずこのコンビニの前を通るはずだからだ。
 一時間ほども、そうしていただろうか。
 道路の向こう側に、俺は目当ての姿を見つけた。20メートルほど先の車道を、こっちに向かって歩いてくる。老婆と一緒だ。夏休みに見た、例のお婆さんだ。手押し車を押して、ノッタリと歩いている。
 俺はとっさに自販機の陰に身を隠した。会いたいはずなのに隠れてしまう自分が情けないが、怖いものは怖い。
 遥は堂々と車道を歩いていた。車が次々と避けては、抜かし去っていく。遥の唇が動いている。ひとりごとを言っているのか、それとも老婆に話しかけているのだろうか。ミスマッチな二人だが、奇妙にお似合いでもある。お婆さんとひ孫といった風情だ。
「国坂先輩」
 横手から声をかけられ、俺はギョッとして振り向いた。
「あのぅ‥‥何やってるんですか」
 るりちゃんだ。目をきょとんとさせている。
「いやあの、別に」
「あ、遥だ」
 るりちゃんは、遥に呼び掛けようとした。俺は慌てて彼女の口を塞ぎ、自販機の脇に引きずり込んだ。
「いやさ、ケンカしてんの今。だから話しかけたくないの俺」
 小声で囁いた。
「ケンカ? どうして?」
「どーしてもこーしても‥‥」
 もとはといえば、オタクと彼氏のせいですよ、と言いたい。
「遥、最近すっごい機嫌悪いんだけど‥‥そのせいなのかな」
「え、やっぱ機嫌悪い?」
「かなりすごいです。昨日とかも道ですれ違ったら、理由もなくケトばされて」
「‥‥」
「あと、こないだ遥にコクッた人がいたんだけど、その人もヒドいこと言われたみたいだし‥‥」
「コクッたあ?」
 声が裏返った。
 どこのどいつだそれは。いい度胸じゃねーか。
「ウチのガッコの奴?」
「はい。3年生の人です。城之内とかいう名前の人で」
 城之内。
 この間のことが、脳裏に蘇った。「榎本をぜったいモノにする」と豪語していた、黄色い髪の3年生だ。畜生、やっぱりあれは遥のことだったのか。
「バカとか低能とか短足とか、ものすごいこと言われたみたいで‥‥コクッただけなのに、可哀想ですよね‥‥だから、遥のこと逆恨みしてるみたい」
「はぁ‥‥」
「あのう‥‥どうしてケンカしたんですか?」
 俺はあさっての方角を向いた。こんなちっちゃい後輩の女の子に話しても何にもならない。いやしかし、遥とるりちゃんは仲がいいようだし(いいのか?)、何かアドバイスをもらえるかも、とすぐに思い直した。
「実はなぁ‥‥」
 ヘコんだ吉岡を慰めたところ、遥にヒドイ目にあわされた、と簡単な説明をした。るりちゃんは複雑な顔で聞いていた。
「吉岡さん‥‥そんなに落ち込んでたんですか‥‥」
「いやまー、それはすぐ立ち直るって。ともかく、遥がもう鬼みたいになってさ、そのあと、ずっとシカトこかれてんだよ。どうすれば機嫌直ると思う?」
「うーん‥‥難しいですね‥‥」
 るりちゃんは大きな瞳を虚空に向けた。
「難しいってなんで。だって俺、別に悪いことしてないんだよ?」
「そうなんですけど、遥の気持ちを思うと」
「気持ち?」
「だって、国坂先輩、吉岡さんにちょっと、心が動いたんでしょ?」
「一瞬だよ一瞬! 何もしてねーよ」
「遥、怒ってるんじゃないと思う」
 るりちゃんは首をあいまいに傾げた。
「あたしもあまり恋愛経験とかってないんだけど‥‥遥だってそうなの。たぶん、国坂先輩って、生まれて初めて好きになった人だったんですよ、遥にとって」
「え、そなの?」
「ほら、遥って不気味なくらい、人の心読めるじゃないですか。だから、国坂先輩の内心のことも、すごくわかったんじゃないかな‥‥」
 困ったように俺の顔を見て、瞬きをする。
「でも‥‥なんていうのかな、表現の仕方がわからないんですよ。たぶんね、怒ったというよりは‥‥傷ついたんだと思います。めちゃくちゃ」

 呆然として、返事が出来なかった。
 「傷つく」という動詞と、遥という女が頭の中でコネクトしなかったからだ。
「おい、るり」
 背後から声がして、俺は1メートルも飛び上がった。遥が立っていた。
「金貸せ」
 遥は俺を無視して、るりちゃんに手のひらを差し出した。
「え? 幾ら?」
 るりちゃんも、かなり慌てた様子だ。
「120円。さっさとしろ」
 遥の隣には、例のお婆さんがいた。ボーッと突っ立っている。るりちゃんが金を渡すと、遥は自販機で缶コーヒーを買った。お婆さんはそれを見ていた。
「なんだよ、ババアも欲しいのか?」
「それ、コーシー‥‥?」
 もごもごと口を動かして喋ったので、ビックリした。ちゃんと話せたのか、このお婆さん。
「ああ、コーシーだよコーシー」
 メンド臭そうに遥が答える。
「コーシーはね‥‥体に悪いよ‥‥」
 老婆は茶色のエプロンのポケットから、小銭を取り出した。異様にノッソリした動きで、自販機の投入口に百円玉を2枚入れると、30秒後、お茶のボタンを押した。
「コーシーはね、毒だよ‥‥」
 落ちてきた缶を拾って、遥に押し付けると、コーヒーを取り上げ、エプロンのポケットに入れた。
「あたしの息子はね‥‥ガンで死んだんだ‥‥胃ガンだよ‥‥コーシーばっかり飲んでた‥‥」
「そりゃ、100回も聞いたぜ。T大学病院で3回も手術したんだろ」
「コーシーは毒なんだよ‥‥」
 ぶつぶつと呟きながら、ゴミ袋搭載の手押し車を押し、歩き出した。
「んだよ。あたしはコーヒーが飲みたかったのに、ボケババアめ」
 遥は舌打ちをした。
「あの、遥」
 俺はやっと声をかけることができた。遥は返事をせず、老婆とは逆方向に歩き出した。家に戻るつもりらしい。
「おいってば、なあ」
 るりちゃんを置いて、俺は遥の後を追い、路地に入った。
「まだ怒ってんのか? お前、ちょっと執念深くねー?」
 遥は知らん顔をしている。
「あんなひでー事して、まだ足りないのかよ? もう十分だろぉ?」
 全然答えない。プシュと茶の缶を開けて、一口飲んだ。
「おい、遥!」
 腕を掴んでこっちを向かせると、やっと俺を見た。陽の光を浴びた目の虹彩の色は薄く、ところどころ金色の粒が見える。ウチの母親が「金運がアップするんだって」と信じ込んで持ち歩いている「タイガー・アイ」って石に少し似ている。
「あたしに何か用ですか、国坂くん」
 遥は薄く笑った。冷たい表情に、俺の心は急降下して萎えていく。
 何も悪いことはしていない。俺に非はない‥‥と今でも思っているのに、土下座をして謝りたいような衝動にかられた。許してくれるなら、もう何でもします僕は、と綺麗なおみ足にすがりつきたかった。
 でも、できません。俺にだってプライドってもんがある。
「あのな、お前‥‥」
「あー、どぉもー、榎本サンじゃないですかー」
 背後から声がしたので、俺はキッと振り向いた。誰だ、邪魔しやがって‥‥と思ったら、3年生の面々が、ずらりと立っていた。5人もいる。真中にいるのは城之内だ。黄色いアタマが日ざしに透けて眩しい。他のヤツらも、色とりどりの頭をしていて、まるで鳥類図鑑を見ているかのごとくだ。
「いいねー、彼氏とラブラブですかぁ?」
「なんだ、お前ら」
 俺は睨みをきかせて、5人を眺め渡した。
「『お前ら』ぁ?」
 城之内がヘラヘラと笑った
「お前、2年だろ。3年に向かって、そういう態度でいいと思ってんの?」
 目つきが尖っている。不機嫌な遥にコクッて「馬鹿、低能、短足」と罵られた、とるりちゃんは言っていた。確かに股の位置が低いかもしれん。ズボンを極端にズリ下げて履いているのでハッキリしないが。
「彼氏に用はないんだよねー。榎本さんともっぺん話をしよっと思ってさ」
「てめーなんかに話はねーよ、帰れ阿呆」
 遥は無愛想に言った。
「キミさあ、そういう態度、敵つくるよ?」
 城之内は遥にジリジリと近づいた。これはやばい。マジで逆恨みしてる目だ。「短足」という面罵が、そんなに逆ツボにハマッたのだろうか。
「遥、家に戻れ。走れ」
 俺は素早く耳打ちした。ここからなら家まで50メートルもない。
「5対1じゃ、すぐボロボロにされるぜ」
「いいからさっさと行け!」
 俺は遥の肩を押した。遥に近づこうとした城之内の胸ぐらを掴み、仲間に向かって突き飛ばした。
「話があんなら、一人で来ればいいだろ。4人も連れてくんじゃねーよ!」
 大声で言い放つと、城之内がビクッとしたが、すぐに薄ら笑いを取り戻した。俺はこういう奴が大嫌いだ。たかだか女にフラれたくらいで、数を頼んで仕返しにくるような奴。
「おい、お前、何様だ?」
「上級生に暴力ふるって、いいとか思ってんのぉ?」
 5人がジリジリと俺を取り囲んだ。俺は後ろを振り向いた。いつのまにか、遥の姿が消えている。
「邪魔なんだよ。お前に用なんかねーっつってんだろ!」
 肩を小突かれた。
「遥だってお前らなんかに用はないぜ」
「カッコつけてんじゃねーよ」
 いきなり腹を殴られた。
 痛てぇ、と心で呻きつつ、殴った奴の胸ぐらを掴んで、顔を殴り返してやった。鼻血がブッと吹き出したのでビビッたが、次の瞬間には、背後から二人がかりで押さえ付けられ、顔を殴られた。腹も脚も蹴られて、めっちゃ痛い。目の裏に、星がチカチカする。痛くないほうの脚で、目の前の奴を蹴り飛ばした。もう無我夢中だ。
 俺のキックを受けた奴は地面に転がって戦意喪失したが、後ろから頭をガキッと殴られた。素手じゃない感触だった。グラングランして地面にうずくまり、俺は頭を抱えた。
 畜生、やられる、と覚悟を決めた瞬間、ガツッと音がして、同時に悲鳴が聞こえた。少し遅れて、自転車のブレーキの音が響く。何が起こったのか、わからない。目を開けていられない。
 鈍い打撲音が、また響いた。
 渾身の力で目をうっすらと開けると、10メートルか15メートルほど向こうに、ドロップハンドルのチャリに乗った遥がいた。手に野球のバットを持っている。
 彼女は笑っていた。
 悪魔の笑みだ。俺のコーモンに異物を突っ込んだ時と、同じ顔だ‥‥。
 加速をつけてチャリを漕ぎ、すごいスピードでこっちに向かってくる。長い髪が翻る。バットを振り上げた。
「うわ、やめろ‥‥わわっ!」
 赤茶色の髪の男が吹っ飛んだ。
 良く見ると、無事に立っているのは一人もいない。全員、地べたに転がって、うーうー唸っている。
 スゲー。
 やっぱ、こいつってスゲーよ。黒い羽が背中に生えてるのが見えるくらいだよ‥‥。
 視界がフッと消えた。
 俺は気を失った。

 意識を取り戻すと、薬臭い匂いが鼻をついた。天井が白い。
「すみません、あたしのせいで‥‥」
 遥の声だ。
「いやいや‥‥骨折も何もなかったし、気にしないでください」
 父親が笑っている。その横に母親もいる。
「しかしねぇ、こいつがあなたをかばって、5人もやっつけたんですか。いや、わが子ながら、誉めてやりたいですよ、見上げたもんだよ、なあ、お母さん」
「もう、あたしは嫌よ、こんなこと」
 母親は難しい顔をしている。
「まあ、いいじゃないか。相手のコたちも、たいしたケガはなかったみたいだし」
「骨にヒビがはいったコ、二人もいたじゃないの」
「でも、不問にするって本人も親も言ってるんだから‥‥何しろ5対1だったんだぞ? 卑怯じゃないか」
「すみません。御迷惑をかけちゃって‥‥あたし、もう怖くて、すくんでしまって」
 はァ?
 なんか、話がチガくねーか。てゆーか、この女誰?
「お、目が覚めたか」
 父親が俺の顔を覗いた。
「今日一日は入院だそうだ。明日には家に戻れるからな」
「国坂くん」
 遥はヒシと俺の両手を握った。
「ごめんね‥‥あたしのせいでこんなことになって」
 目に涙が浮かんでいる。俺の頭は、もつれた毛糸みたいにこんがらがった。放心してボーッとしていると、父親と母親が目配せをした。
「じゃ、お父さんとお母さんは、しばらくお医者さんと話してくるから」
 父親はゴホッと咳払いをし、二人は連れ立って病室を出ていった。靴音が遠ざかると、遥は俺の手を放した。
「アホだなーお前。マジでアホだ」
 地声に戻って、鼻で笑った。
「5対1でどーにかなると思ったのか? あたしだって素手じゃ無理だよ、そんなん」
「‥‥‥‥」
「ああ、あいつらはたっぷり脅してやったから、心配ないぜ。どうやら、あたしの親父の実家が『ゴクドー』だって噂があんの、知らなかったみたいでさあ、すんげービビッてた」
「‥‥‥‥」
「なんだよ。頭殴られて、失語症になったのか」
 返事なんかできない。何をどう考えていいのやらだ。
 遥は俺の頬を撫でた。優しい、羽毛みたいな手のひらだった。
「彰、めっちゃカッコよかったよ」
 カッコいい? やられて、女に助けられて、どこがカッコいいんだか。
「‥‥うっせーよ」
「お世辞じゃない、カッコよかった。あんたはめちゃめちゃいい根性をしてる」
 遥の目に賞賛が浮かんでいるので、思わずニヤつきそうになったが、照れ臭いのでこらえた。
「痛いか?」
 俺は首を横に振った。後頭部がズキッとした。あいたた。やっぱ痛い。
 遥は微笑んだ。唇が近づいてきて、そっと俺の唇に触れた。
「もう少し眠んな‥‥」
 とろけるくらい、優しい声だ。
「ここにいてくれる?」
 俺は甘えて聞いた。
「もちろん」
 ホッとして目を閉じる。遥の顔をずっと見ていたかったが、瞼が重い。
 とにかく‥‥と、俺はベッドに沈んでいく体を意識しながら考えた。
 遥はもう怒っていないらしい‥‥どさくさに紛れて、怒りはとけたのだ‥‥良かった‥‥本当に、マジで良かった‥‥。こういうの、難しい言葉で何て言うんだっけ。
 そう‥‥あれだ。
 災い転じて福となす、だ。

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