チェロとバイオリン2

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チェロとバイオリン2
2021年07月17日 10時31分
天国の扉

2.

 あの定期公演の後、秋山ユリは楽団のコンサートマスターを降りた。
 所詮はアマチュアのオーケストラだから、何処そこのポジションには誰々、とこだわる訳でもないが、団員の意識としてもそういう配置換えは必要だったろう。
 ユリの代りには井浦がコンサートマスターのポジションを担う事になったのだが、その井浦はサラサーテのツィゴイネルワイゼンを次回の発表曲に加えたいと言う。団員達からは、ここはリサイタルの場ではないとか、個人的な嗜好は困るとかいうような意見も出たが、井浦の強い希望に楽団としての概ねの了解は出た。井浦としてはコンサートでツィゴイネルワイゼンを弾く事が念願でもあったらしく、熱心に練習に取り組む姿勢には好感が持てたが、練習のたびに楽曲のイメージを変えられるのには皆、閉口していた。
 しかし、それでもユリは着実にバイオリンを続けていた。
 夫とはあの日、明け方近くまで話し合ったという。
 最後には彼が折れた形になったのだが、ユリにはアマチュアとしての活動だけが許される結果となった。勿論ユリは不服だったのだが、子供が欲しい、要らない、などと言う夫婦の意見の相違もあって、最終的にはそう言う形で落ち着いたらしい。子供が欲しいのは彼の方で、ユリはと言えば、バイオリンを自分の中で消化するまでは子供を育てる気持ちになれない、と一歩も譲らなかった。
 夫婦の間で、それも自分達の子供について今まで真剣に話し合って来なかったという事も意外だったが、あの事件以来、ユリは更にのめり込むように、バイオリンに傾倒していった。
 紘一達のオーケストラの練習は、土曜か、若しくは日曜日にある。
 公演が近いと、平日の夜間にも合同練習が入ってくる。全員がいつも必ず揃っているわけでは無いが、パート毎に集まって運指を確認したり、指導的な奏者にティーチングして貰ったりと、参加していればやはり得るものはある。紘一も仕事のある日は参加できないのだが、仕事帰りに顔だけでも出して、仲間と雑談したり、曲の仕上がり具合を確認するのも楽しみの一つだ。
「‥‥ウソじゃないですってぇ。疑うんなら江波さんに聞いてくださいよぉ」
 相変わらずお喋りの斎藤が良からぬ事をひそひそと密談している。
 夕方の、人気の少ない教育センターの喫煙コーナーで煙草を吸いながら、ティンパニの山下とフルートの小出に何かの手柄話を披露しているようだ。
「何がウソじゃないって?」
 紘一は斎藤の後ろから覗き込んだ。
「あ、新田さんかぁ。あーびっくりした」
「だからさ、なにがなんなんだ?」
「え?‥‥あの。そのですね。あの、秋山さんが‥‥」
 紘一の心臓がずきり、と音を立てた。
「ん?‥‥また何か、やらかしたのか?」
「あ、いえ。違うんですが‥‥」
「はっきり言えよ。男の子だろ?」
 紘一はわざとらしく斎藤の脇腹を突っつく。
「あ、あのですね。パートリーダーの江波さんに聞いたんですけど」
 最近秋山さんの様子がおかしいらしくて、と言いながら斎藤は更に声を潜め、
「なんか、不倫とか‥してるみたい、って言うんですよ」
 と小声で話した。
「ふーん。‥‥で、証拠は?」
「そ、そんなのないですよぉ。でも、江波さんと秋山さん、同じ音大の先輩後輩でしょ? 一緒に喫茶店で雑談してたら秋山さんの携帯が鳴ったらしいんですが、秋山さん、慌てて席を立って外に話しに行ったって」
「そんな事くらい‥‥誰でもするだろうよ」
「ええ‥‥まあ‥‥そうですけど。でも江波さんが言うには、ユリさんはいつでも平気でそのまま話してたって‥‥人目を気にするなんて今迄無かったのにって‥‥」
「それはそうと、どうして江波の話をお前が知ってるんだよ」
「え? あっ! そっ、それは‥‥」
「ま、せいぜい楽しくやってくれや」
 青い顔をした斎藤とニヤニヤ薄笑いするギャラリーを残して、紘一はオーケストラの練習場に入っていった。
 教育センターの広い体育館のあちらこちらには楽器毎のグループが出来、それぞれが別々にパート練習をしていた。入り口の左手奥では、第一バイオリンと第二バイオリンが集まってパートの確認をしている。その一団の中に、ユリの姿も見えた。恐らく向こうからもこちらが見えているだろうが、紘一はざっと一瞥しただけでチェロのグループに向かう。
(‥‥多分、あの時の電話だな‥‥)
 一週間位前に紘一はユリに電話していた。
 最近夫の帰りが遅くなったとユリが団員に漏らしていたので、気になって電話したのだ。
 その時ユリは、今友達と一緒なの、と言い、紘一も手短に用件を伝えたのみで電話を切ったのだが、思えば人目を忍ぶ関係などユリにとっては経験のない事に違いない。しかし、たった一本の電話に秘められた甘美な秘密を嗅ぎ取ってしまう女性の嗅覚には紘一自身、驚いていた。
 突然、ポケットの携帯が震え出した。
 チェログループのパイプ椅子から立ち上がると、携帯を取りだし足早に出口へと向かう。開いてみると、名前の表示が出ていない。紘一の知らない電話番号だ。
「はい、新田です」
「あの。ごめんね‥‥わたし」
 抑えたような声の主は秋山ユリだった。さっきまでバイオリンのパートに居たはずだが‥‥。
「あ‥‥、ああ。はいはい。どうも恐れ入ります」
 紘一は仕事の電話の振りをしてロビーに出る。
「ごめんなさい。ちょっと話があるの‥‥この後、いい?」
 辺りを気にするような、ぼそぼそとした小声だ。
 ロビーには都合の悪い事に、斎藤達がまだうろうろしていた。
「‥‥わかりました。では後ほどお伺いします」
 背を向けて携帯を切った紘一に、斎藤が話し掛けてきた。
「新田さん、まだお仕事ですか?」
「あぁ、うるさい客なんだ。それより今度の公演は最後まで弾いてくれよ」
 多分ユリは練習後にもう一度掛けてくるだろう。それまでは何処かに車を止めて待っていようと考えた。団員の中でユリの事が噂になっている以上、ほんの僅かな時間だろうと一緒に居る所は誰にも見られない方がいい。
 教育センターの駐車場から車を出し、少し離れた場所にあるマーケットの駐車場に乗り入れる。
 夜遅くまで開いている書店に入ってうろうろしていると、暫らくして又、携帯が鳴った。
「ごめん、わたし。今から出るけど‥‥」
「車? ならこっちへ来いよ。インターの近くのダイエー。道路の向かい側の、広いほうの駐車場だから」
「うん。じゃ、あとでね」
 教育センターからは十五分くらい掛かるだろう。
 時間を見計らってもう暫らく書店で立ち読みをした後、紘一は書店を出た。
 駐車場に戻ると、一番遠くに止めた紘一の車に寄り添うように、ユリが車をバックさせている。
 紘一達の車の他は、数台が駐車場の入り口近くに止めてあるだけだ。
「早かったなぁ。こっちへ来る?」
「もう混んでないもん。ちょっと待って、鞄取るから」
 ユリはベージュのジャケットに黒のワンピースを合わせて、エナメルの細いベルトをアクセントにしていた。大きめに空いた胸元に、シルバーのネックレスを着けている。
 ヒールを履いた長い足を投げ出すようにして、ユリは助手席に乗り込んできた。
 ブラウン系の網タイツに覆われたスリムな膝頭が、ワンピースの裾からちらりと覗く。
 網目の微妙な陰影が、微かな官能を掻き立てる。
 紘一は心臓の裏側で、火種がぱちっ、と弾けるのを感じた。
 燻り始めた熱い熾火は、次第に紅く、輝き始めていく。
「パート練習だけで抜けてきちゃった。井浦さん、また悩み出しちゃったし」
 ユリは何か、照れを隠すように喋りだした。
「‥‥何か、もめてんのか?」
「あ、うん‥‥‥‥ごめんね。呼び出したりして」
「いいよ。俺だってこの前、突然電話しちゃったしな」
「ううん。嬉しかった。でも江波さんと一緒だったから」
「そう、その事なんだけど‥‥江波、ユリが不倫してるんじゃないかって疑ってるらしいぞ」
 紘一はユリに斎藤の噂話を伝えた。
「そう‥‥江波さん、鋭いわね」
「ホント、女の人の感って鋭いよ」
 紘一は努めて冗談めかしたが、ユリは俯いて沈黙した。
 纏められていない、ストレートな髪がユリの頬に掛かる。
 強めに引かれたルージュが、駐車場の照明にはっきりと浮かび上がる。
 グロスの艶がきらりと光って、紘一の意識を永遠の彼方へといざなう。
「ユリ‥‥」
 ユリの細い腕を曳く。
 俯いたままのユリがしな垂れて来る。
 白い頬に右手を添えて、髪を除け、ユリの顔を持ち上げる。
 ユリが、薄目を開けて紘一を見詰めている。
 形の良い唇が僅かに開いて、紘一を求めている。
「紘一‥‥」
 ユリの唇が呟いた。
 その言葉を、紘一の唇が塞ぐ。
―――ちゅっ‥‥
 柔らかなユリの唇の感触に、脳髄が痺れてゆく。
 何度も唇を噛み合わせながら、ユリの柔らかさを記憶に刻み付ける。
 二度と忘れないように、何時でも思い出せるように、紘一は際限なくユリの唇を吸う。
 やがて、小さく尖ったかわいい舌先が、紘一の舌をちろちろと突っつき始めた。
 もっと触れていたい、もっと教えて、とうねる舌が纏わりつく。
 紅潮した頬の裏側で、ぴちゃぴちゃと舌が絡み合う。
 紘一はそれに応えるかのように、ユリの舌を強く吸い上げる。
 ゆるやかな唾液さえも、今は愛しい。
―――ちゅううっ‥‥
「んぅん‥‥」
 待ちきれない、と言うように、ユリが体を揺らす。
 紘一は唇を外し、ユリの髪に軽く指を通してすき上げ、小振りな耳にキスをした。
「ユリ‥‥行こう‥‥」
「うん‥‥」
 ユリも小さく頷く。
 夜遅くまで開いているマーケットはこの辺りでは珍しい。
 駐車場の周りに人家は少ないが、狭い街だから誰かに見られないとも限らないし、紘一の自宅は夜遅く団員が来ることも有って、ふたりきりにはなれない。
 紘一は車のイグニッションを廻した。
 左手でユリの手を握り、右手でハンドルを操って、夜の街道を山手に進む。
 ユリは紘一の左手にすがるようにもたれている。
 人里離れた高速の高架沿いにホテルが何軒かあるのだが、そのうち小奇麗なホテルは一軒しかない。そのホテルは遠くからもはっきりと見えるほど派手にライトアップされていて、紘一は少し気後れしそうになる。
 しかし、迷っている時間はない。
 逃亡者の様に、紘一はアクセルを踏みつける。
 車はタイヤを軋ませながらホテルのパーキングに一気に滑りこむ。
 キーを抜いてドアを閉める。
 辺りを見廻してユリの手を取ると、派手な建物の自動ドアの奥に進む。
 三つほど空いている部屋のうち、迷わず一番下の部屋を指定して、エレベーターに身を隠す。
 ふたりを乗せてゆっくりと扉の閉まった小型のエレベーターの中には、不思議な事にアンティークの椅子がひとつ、ぽつんと置いてあった。
「‥‥座る人が、居るのかしらね」
 俯いたまま、ユリがくすっ、と笑う。
「外国の‥‥真似なのかな」
 紘一もぎこちなく笑う。
 狭い空間の中で沈黙していると、呼吸が苦しくなる。
 エレベーターが止まり、迷路のような薄暗い廊下を通り、目的の部屋のドアを閉めた所で、やっと紘一は安堵して溜息をついた。
「ね。コーヒー煎れる?」
 相変わらず異様に明るい部屋の中で、ユリが少し照れたようにインスタントのコーヒーの袋を摘んで言った。
「‥‥ああ。頼むよ」
「ミルクとお砂糖は?」
 どっかりとソファに座りこむと紘一は唸った。
「あぁ、全部、入れて」
「はいはい」
 コポコポと熱湯が注がれる音以外は物音がしない。
 沈黙した重々しい空気が漂っている。
 コーヒーを煎れているユリの後ろ姿が何処か寂しそうに思えてくる。
「上着、掛けようか?」
 紘一はユリの後ろに立ち、ジャケットの両肩に手を伸ばした。
「あ、ありがとう」
 ベージュのジャケットからユリの腕を抜き、自分も上着を脱いで掛ける。
 ノースリーブのワンピースから伸びた白い二の腕が、少し恥かしそうに見えている。
 ストレートの長い髪が、時々ふわりと揺れている。
「ユリ‥‥」
 紘一はぐん、と胸が苦しくなってきた。
 心臓がどんどん小さく圧縮されていって、そのまま一気に爆発してしまうような錯覚を覚える。
 この腕にすがったユリのやわらかな感触が、紘一の脳裏にまざまざと蘇えってくる。
「ユリ‥‥好きだ」
 紘一は後ろからユリの細い体を抱き締めた。
「あ、危なぁい‥‥やけどしちゃうぞぉ」
 抱き締められながらふふふっ、と笑う。
 ユリの甘い香りが紘一を包み込む。
 黒髪が、紘一の顔に幾筋も纏わりつく。
「好きだ‥‥ユリ‥‥」
 髪の毛を唇に食みながら、紘一は同じ言葉を繰り返した。
 古臭い台詞でも、今は何度でも言える気がする。
「‥‥うん‥‥嬉しい‥‥」
 ユリが呟いた。
 紘一は黒いワンピースの上からユリの胸をまさぐる。
 ブラのカップのざらざらとしたレース模様が指先に残る。
「‥‥んっ‥‥はぁぁぁぁぁ‥‥」
 ユリが永い吐息をつく。
「やわらかいね‥‥」
「うふっ‥‥ちょっと小さくなっちゃったけど‥‥」
「いや。こうしているだけで、満たされるよ」
「うん‥‥ありがとう‥‥」
 紘一はユリのベルトを外し、背中のジッパーを降ろしていく。
 黒いワンピースの生地が割れ、肌理の細かな肌が現われてゆく。
 仄かに花のような香りが立ち昇る。
 白い首筋が紅く、ふつふつと上気していく。
 腰骨の上辺りでジッパーが止まると、化繊のワンピースはユリの肩から外れ、サッと足元まで落ち抜けた。
 露わになった鮮やかなクリームイエローのブラと、ゆるやかな腰のラインを覆う同色のショーツが紘一の胸を震わせる。
「ああぁ‥‥好きだ、ユリ。‥‥もう、どうしようもないよ」
「‥‥わたしも‥‥好き‥‥」
 恥かしいよぉ、と俯きながら振り向いたユリは、
「ふふっ‥‥脱がしちゃお‥‥」
 と、紘一のタイを外してシャツのボタンに指を掛ける。
 ボタンを外すと、そのままベルトを引っ張り、スラックスを落とす。
「おいおい。がっつくなよ‥‥わはは、ちょ、ちょっとそれは‥‥」
 ユリは跪いて紘一の片足を上げ、ソックスまで脱がしに掛かる。
 バランスを崩しそうになりながら、紘一はソックスを脱ぎ捨てる。
 ワイシャツの袖を引っ張ってソファにかなぐり捨てる間に、ユリはトランクスの上から紘一の陰茎に頬擦りしてきた。
 ぐにゃぐにゃとしていた陰茎が、俄かに力を増してくる。
「‥‥あ‥‥あぁぁ‥‥」
 紘一は思わず声をあげる。
 ちゅっ、ちゅっ、と布地を通して、硬くなり始めた陰茎にユリがキスをする。
「‥‥う‥‥あぁ‥‥」
 ユリはトランクスのボタンを外し、そっと硬くなった陰茎を取り出した。
 血流が海綿体の中をずきずきと走りぬけ、血脈に合わせてぴくぴくと小刻みに反り上がっていく。
「‥‥硬いわぁ‥‥とても」
 細い指を陰茎に巻き付け、指全体できゅっ、と絞ったりして硬さを試している。
「はは。遊ぶなよ」
「ごめぇん。だってこんなに‥‥‥‥硬いんだもん」
 上目遣いに見上げたユリは視線を紘一に向けたまま、いきり立った陰茎の先をちゅぽっ、と唇に含んだ。
 生暖かくてゆるゆるとした官能の痺れが、陰茎から全身に伝わってゆく。
「う‥‥うあぁぁぁ‥‥」
 じゅるっ、と滴りかけた唾液を吸いこむと、ユリはゆっくりと唇を前後させながら、硬い陰茎をその小さな口の中に収めてゆく。
―――ちゅぷ‥‥ちゅぷっ‥‥
「ん‥‥んううぅぅ‥‥」
「キモチいい?‥‥紘一」
「あ‥‥ああ‥‥すごく、いい‥‥」
「ね‥‥紘一‥‥おねがいがあるの」
 唾液にまみれた陰茎に指を絡ませたまま、ユリは紘一を見上げる。
「‥‥わたしを、縛って」
 え?、と驚いた表情で紘一はユリを見た。
 ユリは真っ直ぐに紘一を見詰めている。
「ばらばらになったわたしの躰を‥‥、元に戻して欲しいの」
「そんな‥‥こと‥‥」
(‥‥どう‥‥するんだよ‥‥)
 紘一は戸惑う。
 つぶらなユリの瞳が、わずかに潤んでいる。
「縛るって‥‥ユリをか?」
「うん‥‥」
「縛れば‥‥元に戻れるって、言うのか?」
「‥‥だって‥‥紘一だけのものに‥‥なれるんだもん。だから、紘一に‥‥縛って欲しいの」
「縛るものなんて、ないぞ‥‥」
「これで‥‥いい‥‥から‥‥」
 ユリは身に着けていたエナメルのベルトを拾い上げた。
 黒く、細いそのベルトは、ユリの白い手の中で、濡れたように艶めいている。
 限られた空間の中に、エクスタシーの薫りが満ちはじめた。
 何処か切ないような、甘い香りだ。
 紘一は静かに頷くと、艶やかなエナメルのベルトを受け取った。
 ユリは跪いたまま、背を向けて後ろ手に腕を組む。
 紘一は腰を下ろして、並べられたユリの両腕にベルトを巻きつけ、ぎゅっと引き絞る。
「うっ‥‥あぁぁぁ‥‥」
「痛むか?」
「ふぅぅ‥‥ううん、いいの‥‥躰が‥‥悦んでるの」
 ユリは膝立ちのまま、よろよろと振り返った。
「‥‥紘一‥‥」
 ユリは後ろ手に縛り上げられ、胸を張った形で乳房が反り上がり、乳首が上を向いている。
 眉を潜めた苦悶の表情を浮かべるユリが、儚くて、可憐で、ほんの少し触れただけでも壊れてしまいそうで、とてつもなく愛しく見える。
「‥‥ユリ‥‥」
 身動きの出来ないユリの躰を抱き締め、キスをする。
―――ぢゅっ‥‥ぢゅるっ‥‥
 まるで魂までも吸い尽くすように、激しくユリの舌を吸引する。
「ん‥‥んぅぅぅん‥‥」
 はあはあと、ユリの呼吸が荒くなる。
 半開きの上唇を、ぐるりと舌が舐める。
 床のカーペットの起毛が堅く、少し膝が痛む。
 紘一はユリを静かに立たせて、クローゼットに持たせ掛けた。
 ブラのカップの、綺麗な花柄の刺繍が、裸の躰に彩りを添えている。
 紘一は乳房に手を添えると、感触を確かめながら、ゆっくりと揉みしだく。
「あ‥‥はぁん」
 じりじりとユリが不自由な躰をくねらせる。
「乳首が‥‥こりこりしてる‥‥」
 左手で乳房を支え、右手でブラのカップをめくり上げる。
 重みのある乳房を取り出すと、ブラカップを下に折り込む。
 思った通り、濃いピンクの乳首がぴくん、と起っている。
「すごい‥‥硬くなってる‥‥」
「あ‥‥いやぁん‥‥」
「こっちも、そうかな?」
 もう片方の乳房も同じ様にして、すべてを露わにする。
「ほら‥‥両方ともぴくぴくしてる‥‥かわいいね」
「あん‥‥いやよ‥‥遊ばないで」
「愛してるんだ‥‥ユリの乳首も‥‥大きな胸も‥‥熱い‥‥ここも‥‥」
 紘一はすっ、と下腹に指を伸ばした。
 クリームイエローの薄布のクロッチに、既に僅かな染みが出来ている。
 染みた薄布を指で前後にやさしく擦ると、じっとりと濡れたクロッチの中央に、ぷっくりと膨らんだクリトリスが指先に触れてくる。
「あっ‥‥ああぁぁぁん‥‥いやぁぁぁ‥‥」
「もう、ぐちょぐちょだよ‥‥ユリ‥‥随分濡らしてるな‥‥」
「だめぇ‥‥すごい感じちゃうぅぅ‥‥」
「もっと濡らしてやろうか‥‥」
 縛られて手出しの出来ないユリのショーツの中に、右手の指先を侵入させてゆく。
 左手は軟らかな乳房をぐっと掴み上げて、硬く起った乳首を、唇に含む。
「あ、あぁぁぁん‥‥はぁぁぁん‥‥」
 喘ぎのトーンが高くなる。
 指先はざらざらとした恥毛の茂みを抜け、ぴったりと閉じた小陰唇の中心に滑りこむ。
 第一関節から先を鉤型に曲げ、暖かな蜜壷をぴちゃぴちゃと確かめる。
 唇の中で、硬い乳首をちろちろと玩ぶ。
「はぁぁぁぁん‥‥だめぇ‥‥許してぇぇぇぇ‥‥」
「だめだ‥‥許せないな」
 蜜壷の花蜜を指先にたっぷりとのせて、クリトリスをくりくりと虐めてゆく。
「もう‥‥そんなぁ‥‥いや‥‥いやぁぁぁぁ‥‥」
 がくがくと全身を痙攣させて、ユリがずり落ちかける。
「おっと‥‥」
 紘一は崩れそうになるユリを抱えると、傍らのベッドの前に跪かせた。
 縛られた腕を下にしては躰を痛めるかもしれない。
 そう考えた紘一は、そのままユリの上半身をベッドの上にうつ伏せにして横たえた。
 ベッドの高さは意外に低く、膝をついて不自由な上半身をベッドに預けたユリは、黄色い薄布に覆われた丸く大きな臀部を紘一の前にぐっと突き出した姿になる。
 はあはあと息をするたびに髪の毛がさらさらと落ち、ユリの滑らかな背中が波打ちながら、露わになってゆく。
 そのしなやかな背中の中程には、細い両腕が黒いベルトで縛られていた。
「淫らだ‥‥」
 紘一は唸った。
「どうしようもなく淫らで‥‥でもすごく、綺麗だ」
 この躰は今、自分の思うままなんだ、とも思ったが反面、それはユリが求めているのだとも感じる。
「ね‥‥少し‥‥暗くしてください‥‥」
「‥‥ああ」
 紘一はトランクスを脱ぐとベッドに膝をついて照明を調節する。
 シーツの端に、跪いてお尻を突き出したような恥かしいユリの姿が、天井からの小さな照明の中に浮かび上がる。
 紘一はアルミの袋を破くと、少し硬さの抜けた陰茎にくるくると被せてゆく。
「ユリ‥‥エッチな姿だ」
「いやぁぁん‥‥動けないの‥‥」
「何もしなくて良いよ‥‥ほら、髪の毛‥‥」
 横を向いたユリの頬に掛かる髪を除けると、紘一はユリの口角辺りにくちづけをした。
「ショーツ‥‥降ろすよ」
「‥‥うん‥‥」
 中央がべっとりと染みた薄布に指を掛け、腰の辺りを大きく廻して引き降ろす。
 ユリの両膝を交互に持ち上げてくぐらせ、右の足首から抜いて、左の脹脛に薄布を掛けたままにする。
 割れ目が良く見えるように、両足を軽く開かせ、ユリの乱れた姿を上からじっくりと見下ろす。
 ユリは丸い、綺麗な臀部を無防備にさらけ出し、紘一の好きにしてと懇願しているかのようだ。
 紘一は屈みこむと、濃い薫りを漂わせる小陰唇に舌を割り入れた。
―――ぴちゅっ‥‥
「は、ぁああぁぁぁん‥‥いやぁん‥‥」
 剥き出しになったピンクのクリトリスが、敏感に反応して硬く、起っている。
 紘一はクリトリスを刺激し過ぎないように、やさしくぴるぴると舐め回す。
―――ちゅっ‥‥ぴちゅっ‥‥
「あ‥‥あ‥‥うぅぅぅん‥‥‥‥」
 膣口が腫れたように剥き出て、花蜜に濡れている。
 上向きに突き出されたアナルが、ひくひくと収縮している。
 興奮のあまりに蜜が白濁して、肉襞の隙間から糸を引いては溢れ出し、一滴、一滴とカーペットに染みていく。
 柔らかな太腿の白い肌が、ぷるぷると痙攣した。
「すごい滴ってる‥‥感じてるのか?」
「いや‥‥恥かしい‥‥」
「俺のが‥‥欲しいんだろ?」
「いや、よぉ‥‥」
「要らないのか?」
「そんなぁ‥‥いやぁぁぁ‥‥お願い‥‥はやくぅ‥‥」
 いやいやをするように、ユリが躰を揺らす。
「待てないん‥‥だろ?」
 紘一は頬を弛める。
 うん‥‥うん、と後ろ手に縛られた窮屈な姿勢で、ユリが頷く。
 苦しそうなその仕草を見て、びくんと陰茎が硬直する。
 肉体の苦しみと官能の悦びの狭間で、煌きながらユリが確かに落ちていく。
 頬から首筋、更には背中にまで薄っすらと赤味が差し、背をぐうんと反らして早く早くとお尻を突き出してくる。
 陰嚢の奥の精巣が、燃えるように熱く収縮した。
 だらんとしていた陰茎に、再びずきずきと熱い血脈が送りこまれてゆく。
 陰茎がびくびくと頭をもたげ、先端の薄い皮膚が痛い位に張り詰めて、竿の段差がはっきりしてくる。
「ユリと、いっしょに‥‥なりたい」
「うん‥‥お願い‥‥いっしょにぃ‥‥」
 紘一は熱くいきり立つ陰茎を右手で支えながら、ユリの後ろに片膝をついた。
 ユリの白く綺麗な臀部を、左手で撫で回す。
(‥‥本当に‥‥綺麗な肌をしている‥‥)
「‥‥ううぅぅん‥‥」
 気配を感じて、ユリがお尻を更に突き出してくる。
 張り詰めた陰茎の先に、ユリの濡れた肉襞が触れる。
「あ‥‥ああぁぁ‥‥」
 肉襞の、柔らかな刺激が紘一の脳天を突き抜けてゆく。
 自然に腰が、進み出る。
―――くっ‥‥ちゅぅぅぅっ‥‥
 一気に、紘一はユリの中に埋没していた。
 以前のような抵抗感は薄く、代わりに幾重にも連なった粘膜の襞が、ぴったりと陰茎に巻き付いてくる。
「ん‥‥あっ。‥‥はぁぁぁぁぁ‥‥」
 はぁはぁと喘ぎながら、ユリは口を大きく空けて貫かれた快感に浸っている。
 ひくっ、ひくっ、とユリの背中が痙攣したように、反る。
 暖かなユリの膣が収縮して、もっともっと、奥へ奥へと陰茎を強く曳き込んでいくようだ。
 取り巻いた粘膜の襞が、紘一の陰茎をやさしく包む。
 紘一はもっとユリが欲しくて、立膝をした腰の動きにリズムをつける。
―――くちゅっ‥くちゅっ‥ぬちゅっ‥ぐちゅっ‥
「あ‥‥あ‥‥い、いいぃぃ‥‥いいの‥‥いいのぉぉぉ‥‥」
 ユリの全身が待ちかねた快感に陶酔していく。
 ユリの悦ぶ表情を見て、ざわざわっ、と紘一の躰にも快感が突き抜けてゆく。
 鳥肌が立ち、全身の細かい汗腺から空気が漏れていくようだ。
 紘一はユリの丸いお尻を両手で掴むと、反り返った陰茎を更に深く送り込んだ。
「‥あん‥あん‥あん、んっ‥んっ‥もっと‥もっとぉ‥‥」
 エナメルの黒いベルトで締められた両腕が揺れる。
 何時もより、自分の躰が昂ぶっているのが分かる。
 淫らな行為に身を任せているユリの悦びが、紘一の脳髄までも痺れさせているようだ。
 下半身に溜まった熱い圧力が、ぎりぎりの極限にまでヒートアップしている。
 ユリの臀部と紘一の下腹がぶつかって、湿った淫音を弾き出している。
「ユリ‥‥ユリ‥‥」
「あっ‥あっ‥あぁん‥あぁんんん‥‥‥‥いい‥いいぃぃぃぃ‥」
 自らの高まりを伝えるように、ユリの体内を陰茎で激しく掻き廻していく。
「もっと‥もっとぉぉ‥‥いっ‥いやっ‥いやっ‥‥‥‥いっ‥‥、やぁぁぁぁぁぁぁぁぁ‥‥」
 ユリが、頂上を越えた。
「うっ‥‥うっ‥‥うぅぅぅぅぅぅぅ‥‥」
 どくどく、と激しい射精感が襲う。
 びくっびくっ、とユリが白い躰を痙攣させている。
 迫り来る快感に躰中が翻弄される。
 ユリが意味の判らない喚き声をあげている。
 びりびりと全身を襲う悦びに耐えた紘一は、やがて緊張を解き、まだひくひくと脈打つ陰茎をユリの中に挿したまま、ユリの背中にぴったりと折り重なって、静かに、抱き締めた。

「‥‥‥‥話しって、なんだっけ」
 シーツの中に潜り込み、荒い息が落ち着くのを待って、紘一はユリに訊いた。
「うん‥‥そう‥‥ね」
 ユリはふぅぅと息を吐いて、
「‥‥携帯を‥‥変えたの」
 と、言った。
 紘一は拍子抜けしたように吹き出してユリを見る。
「え? おい‥‥それだけ?」
 うふっ、とユリも一緒になって吹き出した。
「ごめんなさい、それだけじゃないの。‥‥からかって、見ただけ」
 なあんだ、と不必要なくらいにふかふかする枕で紘一は頭をバウンドさせる。
「あのね‥‥」
「うん、うん」
「家を出たの」
「イエヲ‥デ‥タノって‥‥‥‥え? 家を出たって?」
 紘一は一瞬で飛び起きた。
 上半身を起こしたまま、ユリの眼を見る。
「おい、ホントなのか?」
「うん、ホントよ」
「ホントって、おまえね。うーん‥‥」
 紘一が言葉に詰まると、ユリは続けた。
「最近、彼と上手くいかなくて‥‥それでね」
「それでねって‥‥もっと、なんというか‥‥ちゃんとした理由とか無いのか」
「そう‥‥理由はね。モラッシを‥‥壊そうとしたのよ」
「ユリの、バイオリンをか?」
「うん。わたしが何年も大切にしてきたもの。大切に、大切にしてきたもの。それを、彼が壊そうとしたから」
「確かに、安い物じゃないけどな。それに‥‥同じ物は無いに等しいし‥‥」
 紘一はまたベッドに躰を預け、ふぅ、と溜息をついた。
「どうして、そんな事に?」
「前の公演の後、いろいろ話し合ったわ。でも、あれから彼の帰りがとても遅くなってきて。わたしとの会話も避けてるみたいで‥‥」
「仕事なら‥‥仕様が無いだろ?」
 ユリははっきりと首を振った。
「用事があって会社に電話したの。でも、今日は定時で帰りましたって。休日も一人で行動するようになって。楽団の練習日なら仕方ないわ。でも‥‥練習の無い日に、限ってなの‥‥」
「‥‥あれが、原因なのか?」
「気持ちはね、もうとっくにズレてたと思うの‥‥あれはただの切っ掛け」
「‥‥壊そうとしたのはいつ?」
「先週の金曜。夜間練習の時よ。帰りが、遅くなっちゃって‥‥」
「ああ。あの日は遅かったよな。帰りに皆で食事に行ったしな」
「そうしたら何時も遅いはずの彼が真っ暗な玄関に立ってて」
「うん」
「いきなり、叩かれたの」
「叩かれた?」
「彼が手を上げたなんて初めてだった。でもそれだけでは収まりが付かなくって」
「バイオリンにまで手を出したのか」
「マンションの玄関で、バイオリンのケースを抱えて‥‥転げまわってた。ごめんなさいごめんなさいって言いながら‥‥ぼろぼろになって、もみくちゃになって‥‥でも、手放さなかった‥‥」
「そう、か‥‥」
「土曜に紘一に電話を貰って、嬉しかった。もっと話したかったけど江波さんが居たから‥‥でも、紘一の電話で‥‥決心がついたの」
「‥‥江波に相談してたのか」
「そのつもりじゃなくても、そうなってしまうわね。でも江波さん、わたしの事を‥‥」
「あれは斎藤がお喋りなんだよ。アイツ、どこまでくっちゃべってるんだろ」
「本当の事なんだからしかたないわ」
 ユリは人事のようにくすっ、と笑った。
「でも、江波さんと斎藤さん。仲が良いのね」
 紘一も口元を弛めた。
「悪い奴じゃ、無いんだけどな。ウチの大事なコントラバス、さ」
 もう一度、ベッドに潜り込んで、紘一はユリを抱きしめた。
 ユリもぎゅっと、紘一の躰を抱き締めてくる。
 ユリの香りを胸一杯に吸いこみながら、耳元に囁いた。
「これからが、大変だな」
「‥‥うん、そう。母は分かってくれるんだけど‥‥お父さんがね。‥‥わたしたちって家同士の結婚だから‥‥」
「長く、掛かりそうだな」
「うん‥‥でも何れはこうなっていたのよ」
 少し早くなっただけ、と消え入りそうにユリが言った。
「そうだ。腕、大丈夫?」
 ユリの左手を取り上げると、案の定、前腕の周囲にベルトの跡が何本も赤くついている。
「痛いだろ。困ったな‥‥湿布でも買うか」
「ううん、消さないで。痛くないから。紘一の‥‥しるしだもん」
 満足そうに、ユリはベルトの跡を擦っている。
 紘一は蚯蚓腫れの様な跡のついたユリの両腕を引き寄せ、そっと抱き締めた。

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