black angel 3

女性もえっちな妄想をしてもいいんです。
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アダルトな読み物のお部屋

black angel 3
2021年07月18日 14時46分
DUGA

3.

 二人は元通りに服を着て、何事も無かったように並んで座った。それにしても、よくもこんな場所を見つけたものだ。白昼堂々あれだけのことをしたのに、人っ子一人入って来る気配すら無い。
「どうしてこんな場所を見つけたの?」
 ミノルが尋ねる。と、外から何かが入って来る気配。二人はビックリして出口の方に顔を向ける。
 入って来たのは、樹と同じ細身のシルエットをした黒猫だった。
 ホッと顔を見合わせて軽く微笑み合うと、さりげなく暖かい雰囲気が二人を包み込む。黒猫はミノルの前を素通りして、樹の目の前で甘えるように体をまるめた。
 小さな来客を優しく可愛がりながら、樹は穏やかに話し始める。

「アタシさ、ここでレイプされたことあるんだ」

 呑気な口調に似つかない思わぬ告白に目を見開いて驚く。どうして、この女はそんな事を平然と話せるんだろう?
 驚くミノルをなだめながら、樹はその顛末を事細かく話し始めた。

 それはまだコートが必要ない季節のことだった。
 夕日の残照で空が赤く染まる頃、たまたまこの近くを歩いていた樹は誰かに後をつけられている気配を感じていた。
 ここ数日、この近くを通ると決まって背中に人の気配を感じる。男に違いない。
 男はつかず離れず、ある一定の距離で後をつけていたが、この日は様子が違った。空きビルの前に差しかかった時、背後の足音が急に迫って来る。樹にはそれが分かっていたが、なぜかそのまま足を止める。
 男の手が後ろから口をふさいだ瞬間、あえて樹は無抵抗でなすがままに身をあずける。すると男は樹をそのまま薄暗いビルの谷間に引きずり込んだ。
 ビルの谷間の一番奥で、男は樹を背後から強く抱き締める。胸のふくらみを両手で乱暴に揉みながら、乱れた吐息を首筋に吹きかける。抵抗しないのをいいことにそのまま体を預けて地面に押し倒そうとするが、さすがに樹はそれをいやがって、
「やめて!!」
と叫んで男を力一杯壁にたたきつけた。
 男は予想外の反撃にひどく驚き、我に返って目が虚ろになる。その表情にははっきりと罪悪感が浮かんでいた。
 樹は薄暗い中に映る男の顔を見つめながら、次の瞬間、ハッと直感するものを感じた。

 アタシと同じ目をしてる‥‥

 男の顔を今一度しっかりと見つめると、その目は暗くて、ひどく寂しそうな感じがした。
 樹はそれを確認すると突然その場に腰を降ろして、無表情のままで男を側に誘う。

「好きにしていいよ‥‥」

 男はしばらく戸惑いながら樹を見つめていたが、やがて身体の上にのしかかって来て、衣服を一枚ずつ脱がせながら馴れない手つきで全身を愛撫し始める。あまり素直に感じることはできなかった。やっぱり恐怖感もあったのだろう。なのに、なぜかそのまま男を受け入れていった。寂しかったから、なんだろうか‥‥?
 やがて身体の中にまで男が入ってくる。樹にとっては初めての体験で、先端を少し押し付けられるだけでも裂けるような激痛を感じる。あまりの痛さに男をはねのけようとしたが、男の腕力はそれを許さず、脚を押さえ付けて力づくで突き破って来た。
 肉棒が侵入した陰唇から痛みとともに生温かい血が流れる。奥深くまで強く突き刺されると、イヤでも[オトコ]を感じずにはいられない。
 馴れない腰遣いが徐々に強く、深く入ってきて、やがて本能を剥き出しにして激しく樹を責める。堪え切れない激痛に喘ぎながらも、自分が見知らぬ男に汚されていくことに快感を覚えていった‥‥

 どのくらいの時間がたったのだろう‥‥男は樹の奥深くで、果てた。

 男は疲れ切った表情の樹をしばらく見つめていたが、やがて何かを叫びながら逃げていった。アタシはあの男に何を与えたのだろう‥‥座り込んだまま、ぼんやりと男を見送った。

「‥‥だから、結局アタシが受け入れたんだけどね」
と付け加えて話を結んだ。
 樹の話を聞いてただ呆然とするばかりだった。何故、どんな気持ちで男を受け入れたのか。自分を飲み込んだ深い懐の中にその男も飲み込むつもりだったのか‥‥考え込むミノルの隣で、樹は黒猫と無邪気にじゃれあっていた。
 しばらく間を置いてから、次の質問を樹にぶつける。
「なんでここでオレを襲ったの?」
 あの時、樹の気持ちをしっかり受け止めたとはいえ、ミノルにとってはこれだけは確認しなければいけない事だった。
 答えを求めて樹をじっと見つめると、明らかに困ったような表情を返して来る。その顔を真正面からさらに強く見つめる。どんな理由でもいい、うやむやにだけはされたくない‥‥
 すると突然、樹は黒猫を突き放して立ち上がり、出口に向かって一目散に逃げ出した!

 また逃げた!!

 ミノルも急いで立ち上がる。あの日と違って今日はバッチリ身体が動く。樹の後を追って全速力で出口に走った。

 外に出ると、あまりの眩しさに目がくらむ。こんなに眩しかったっけ!急いで辺りを見回す。右、左‥‥いた!!
 樹のコートの後ろ姿はもうだいぶ小さく、遠くなっていた。
 ミノルは大きく息を吸い込んで、樹の後を追って走り始める。すぐに冷たい風が身体を巻く。その風を突き破るように走ると、身体が段々と熱くなっていく。
 前を走る樹はつきあたりを曲がって大通りに出る。その後ろ姿を遥か後ろから必死に追う。大通りに出た時にはすでに樹の姿は人混みの彼方に消えていた。
 人混みをかき分けながらひたすら走る。いつも淀んでいる街並みがすごい速さで視界を流れる。無心になって一人の世界をひた走ると、人混みの流れからミノルが浮遊し始める‥‥
 いくつかの信号を突っ切って走ると、突然目の前の交差点に樹の姿が現れた。アレッと不思議に思う。だいぶ先を走っていたはずなのに?樹はその場で立ち止まっていた。目の前の信号青なのに?
 樹はこっちを見つめながら誘うように手招きする。ミノルは息を切らしながら必死に走る。もう少しで追い付けそうだ‥‥
 しかし次の瞬間、樹は交差点を左に折れて再び走り出した。

 オレをおちょくってんのか!?

 身も心もすっかり熱くなって、再び夢中で樹を追いかける。
 透明な空気の流れる真っ白な街をひたすら走る。タッタッタッタッタ‥‥靴を蹴る音だけが二人を追う。道端の残雪を蹴散らして、どこまでも走る。人混みの中の人々はみんな振り返って二人を見る。しかし樹もミノルも気にも留めない。二人は縫うようにしてあっという間に走り抜ける。そして誰も二人に追い付けない‥‥

 やがて二人は公園に入っていった。ぬかるんだ通路を抜け、真っ白に雪の積もった広場に出る‥‥ん、何だ?樹がこっちに向き直って‥‥
 ヤバイッ!とっさに急ブレーキを掛ける。だが遅かった、目の前には雪の塊を持った樹の手‥‥
 樹は走って来たミノルの顔にカウンターで雪の塊をぶつけた。
 ミノルはパニクった。そりゃそうだ、いきなり顔に雪をぶつけられたんだから。前が見えない、冷たいっ!
 慌てるミノルの背中に、突然ドサッと温もりが覆い被さる。いつの間にか背後に回った樹が、肩から背中をギュッと抱き締めながら首筋に熱い吐息を吹きかける。耳たぶの後ろを舌がゆっくりと滑ると、甘い刺激に身体の芯が熱く溶けて‥‥崩れ落ちるように二人は雪の上に倒れ込んだ。
 ほてった身体を冷たい雪で冷ますように地面の上に横たわる。やがて樹はミノルの肩を両手で押さえ付けて、そのまま唇を重ね合わせた。身体に熱い抱擁の感触が甦る。雪の中で腕が背中に回って、力任せに抱き締められると、二人の鼓動の高まりが一つになって互いの感覚に溶けていく‥‥

 そっと唇を離して、一瞬間を置いた後、樹は勢いをつけてミノルの身体から離れて立ち上がった。
 頭の雪を払いながら、樹の姿を探してゆっくり起き上がる。と、いきなり頬に冷たい塊がぶつかる!
 見上げると、2、3歩離れた所で樹がクスクス笑っていて、屈んで雪を手につかむと固めることもせずにそのまま投げつけて来る。
 慌てて雪をかわし、そのまま勢いよく立ち上がって樹を追いかけると、まるで挑発するように公園中を逃げ回る。子供みたいに雪の上を駆け回る二人。追いかけながら雪を固めて投げ付ける、だけど樹は笑いながら軽々と身を翻して雪玉をかわす。
 最初に襲われた時にもうすうす気付いていたが、どうやら身体能力、運動神経ともに樹の方が上みたいで、ミノルはオトコとしてちょっと悔しかった。
 樹は逃げたかと思うと、いきなり飛び付くように抱き付いてきて、そのまま身体を押し倒す。そしてしばらく雪の中でお互いの体温と息吹を確かめると、また身体を離して逃げてゆく。ミノルは慌てて追いかける‥‥そんなことを延々と繰り返した。太陽の光が白い雪に反射して眩しいぐらいに明るく二人を照らす‥‥

 樹とミノル、たった二人きりの光の世界。

 二人は気の済むまで雪と、そしてお互いの身体と戯れた。

 通り過ぎる人々や遊んでた子供たち、みんなが怪訝な視線を送る。それほどまでに二人は激しく遊びまくった。そして、その姿は見事なまでに周囲から浮いていた。
 しかし樹もミノルもそんなことはどうでもよかった。後も先もない、今、二人でいることが楽しくて仕方がない。それ以外のことなど、何がどうなろうと知ったことでは無かった。
 やがて疲れきった二人は並んで腰を降ろす。二人とも体中雪まみれで真っ白だったが、走り回ってほてった体には心地良いぐらいだった。二人を照らす光は心なしか赤く染まっていて、見ると日の光がだいぶ西の方向に傾いている。どのくらいの時間走り回ったのか分からないけど、真冬の夕暮れは早い。
 樹の黒髪と黒いコートに白い粉雪がパラパラとかかって、色白の肌をさらに引き立たせる。黒と白の鮮やかなコントラストが夕暮れに映えて美しい。その姿をしばらくボーッと眺めていると、突然ヒザの上に倒れ込んで来て、ビックリするミノルの懐の中で、
「疲れたぁ‥‥」
かすれた声で甘えてくる。
 こういう時、どうやって気持ちを表現していいのか解らない。懐の中で安心しきった様に身体を預けている樹の姿を見ていると、心の中から[優しさ]の様な感情がフツフツと涌き上がって来るけど、ミノルにはそれが不思議に思えた。一体、自分のどこからそんな気持ちが涌いて来るんだろう‥‥?
 だけど、ミノルの気持ちは自分が考えるよりも素直に反応する。

 可愛い‥‥

 馴れない手つきで黒髪を撫で始めると、つややかでコシのある感触が心地良く手のひらを滑って、ヒザの上で樹が気持ち良さそうに目を閉じる。その顔にやわらかく眼差しを向けながら、ぎごちなく撫でる手にありったけの優しさを込める。手は樹の髪から首筋、肩を通って、胸のやわらかなふくらみに達しようとしていた‥‥

 その時、樹は突然ガバッと起き上がったかと思うと、慌てて立ち上がって逃げ出した!
 今度は何なんだよ!?
 いきなり胸を触ろうとしたからか?それにしてもあんなに慌てて逃げることないだろうに!
 後を追って慌てて公園から飛び出した。

 樹の後ろ姿を追って必死に走る。時々、こっちを確認するように振り返るのが見えたので力の限り後を追ったけど、とうとう疲れきってコンビニの軒先に座り込んでしまった。何しろさっきからずっと走りっぱなしのような気がする。
 乱れた息をなんとか整えるミノルの姿を見て、先を行っていた樹が戻って来る。白く息を弾ませながら二人が走って来た方角を見つめると、
「もう、大丈夫かな?」
とホッとしたようにつぶやくけど何の事か全然解らない。
 樹は無言のままミノルの髪をクシャッと乱暴に撫でて、一人でコンビニの中に入って行く。たったそれだけのこと。だけど暖かい手ざわりが、
「おつかれさま」
と労らってるみたいだった。

 樹が出てくると両手に缶を持っていて、そのうち一本をミノルに投げる。慌ててそれを受け取るとヒンヤリ冷たい‥‥ビール!?
 せっかくの奢りだったけど目一杯走って疲れきっていたので、いまいち飲む気がしなかった。隣に座った樹は体を冷ますようにさっそくビールを飲み始める。
「なんでそんなに逃げるんだよ?」
 少しイラだちながら尋ねると、樹は困った顔をして小声で答える。
「オマワリが近くにいたから‥‥アタシ、追われる身なんだよね」
 ‥‥何の事?
「んーと、家出、万引、恐喝‥‥傷害にもなるのかな?」
 指を折りながら話すのを聞いている内に、ハッと気付いて樹に尋ねる。
「その、恐喝、傷害って‥‥?」
オレを襲ったことと関係あるのか?

 樹は一瞬ミノルに目線を合わせて、一つうなずいてから答えた。

「アタシ今、家に帰ってなくて、でもやっぱりそれだとカネが必要じゃん?万引するにも限界あるし。それでひとまずカネを手に入れるために街で適当なオトコを見付けては引っ掛けて、あの場所に連れ込んで財布ごと奪っていたんだ‥‥フフッ、キミも含めて大抵のオトコは引っ掛かるからねぇ」
 なるほどね‥‥
「‥‥というのは表向きの理由で」
 えっ‥‥どういう事?

 樹は神妙な顔をして、しばらく間を置いてから話し出した。
「‥‥ホントはね、オトコを連れ込んで襲うこと自体が楽しかったんだ。なんにも知らないで付いて来たバカなオトコの身体に一発ずつ蹴りを入れて、内臓をツブしていく度に、オトコの顔が苦痛と絶望に歪んでいくのを薄笑いしながら眺めるのが好きだった‥‥なんでそんなことをするのかは自分にもよく解らないけど、オトコを痛めつけることで自分の中のイヤな想いを発散させるつもりだったんだろうね‥‥」

 ‥‥。

「‥‥どうかしてるよねアタシ。解ってるんだけど止められなくて‥‥そんなアタシに最後までつきあってくれるオトコがいるとは思わなかったよ、正直。だから、最初はミノルが理解できなかったし、怖かった。でも‥‥ホントは、すごく嬉しかったんだ‥‥」

 言葉が途切れて、重い沈黙が二人を包む。何を返せばいいのか分からずに、複雑な顔をして地面を見つめた。

 樹が羽織っていたコートが二の腕のあたりまではだけて、細身のトレーナーの肩から胸までのラインが剥き出しになる。その姿が妙に色っぽくて、視線を優しく誘う。

 樹はビールをひと口飲み込むと、ミノルの顔をじっ‥‥と見つめ始めた。あまりに強く見つめるので少しのけぞってしまうぐらいに、澄んだ瞳が深く覗き込んで来る。
「初めて通りかかった時も思ったけどさ、ミノル君て、暗い目してるよね」
「‥‥うん」
 力無く答えて、思わず俯いてしまう。そう言われればそうかもしれない。初めっから誰も自分を相手にしてくれない、という醒めた目で全てを見ていたから、自然とそういう目になってしまったのだろう‥‥
 ここで胸の中の孤独な想いを吐き出してしまうのは簡単だった。けど、安直だ、と思って口を閉ざしてしまう。そもそもそうなった原因は自分自身にあるんじゃないのか?自分は何も努力しないくせに、やれ孤独だ、つらい、悲しいなどと簡単に吐き出して同情を買ってどうするんだ、という思いが渦巻いて、自分自身を許さない。
 ミノルは想いを自分一人で抱えるように黙り込んでしまった。

「バカねぇ‥‥」
 樹が痺れを切らして声をかける。けどミノルは黙ってうなずくだけで、すっかり顔が沈んでしまっている。
 じっと見つめていた瞳がフッと力を抜いて、優しく話しかけてくる。
「‥‥何かあったの?」
 顔を上げて力なく樹を見る。そして何か言おうとするが、言えない‥‥
 すると、樹はその目を真っ直ぐ見つめて、強い言葉をぶつけて来た。

「ねぇ、素直になろうよ。アタシ逃げないでちゃんと聞くから‥‥話してよ」

 静かな衝撃とともに樹の心が自分の中に踏み込んで来て、真っ直ぐな言葉と熱い眼差しが冷え切った心を裸にして抱き締める‥‥ミノルは逆らえずに、溜め込んだ想いを話し始めた。
「会社の人間と、うまくいかないんだ。何か‥‥全然違う人間みたいな気がして‥‥多分、自分の方がつまんない人間だと思うから、自分からも話せないし、話しかけられることもないし‥‥」
 オレ、こんな想いしか持ってないよ。情けない‥‥
 自己嫌悪して思わず苦笑いする。
 だけど、樹はしっかりと頷いて再び真っ直ぐ見つめてくる。裸になった想いに真剣に向き合おうとする、その視線に勇気づけられて話を続ける。
「‥‥オレ昔っからイジメられてて、なんか誰にどう話しかけても相手にされないような気がして‥‥だから友達もいないし、今更どうすればいいのかも解らないし。いっそ友達なんかいらない、とも思った‥‥でも、やっぱりすごく寂しい‥‥けど、今のままじゃ‥‥」
「自分に自信が持てないんだ」
「うん‥‥」

「‥‥なんで?」
 ミノルの心の奥底まで見透かそうとするように、真っ直ぐな瞳が問いかける。
「だって‥‥みんなの会話に全然ついて行けないし、分からない‥‥オレ、みんなに合わせるって事ができなくて、昔っから。合わせようとも思わなかったし。でも‥‥そういう所で努力しなきゃ、やっぱり友達ってできないんだよね?」
 今までくすぶっていた疑問、というか半分信じ込んでいた事実を、思い切ってぶつけてみる。
 すると樹はこう返してきた。
「‥‥あのさ、みんなに合わせるかどうか、じゃなくって、今のミノル君のままじゃ受け入れられないの?」
 今のオレ自身、ってどんな人間だっけ‥‥そんなことあまり考えたこと無かった。
 だって‥‥
「‥‥今のままじゃみんなから浮いちゃってるし、話を合わせることもできない。誰も友達になってくれないし、今の会社では認められていないような気がして‥‥」

「アンタ、会社と自分自身と、どっちが大切なの?」

 えっ?
 不意をつく問いかけに、ミノルは答えを出すことができない。それを見て樹はさらに追い打ちをかける。

「自分を否定してまで友達付き合いして、アンタそれで幸せなの?」

 ‥‥その問いかけにも答えられず、樹に気おされるように黙り込んでしまう。
 すると樹はフゥッとため息をついて、呆れたように視線を宙に泳がせながらこんなセリフを言い放った。

「じゃあ辞めちゃえ!そんな会社」

 ‥‥はぁ!?
 それはミノルにとってはありえないセリフだった。大体会社辞めちゃったらどうなるの?他に行くところはあるのか?
 分からない‥‥
 だから、今いる場所が多少つらくても、[自分が悪いんだ‥‥]という結論で無理やり納得させている。
 それが現実だった。

「オマエ、仕事は?」
オマエの現実はどうなんだ?
「3日続いたことも無いね。だってつまんないんだもん、そこにいる人間がさ」
 そりゃ現実から逃げてるんじゃねーか?
「そりゃ自分勝手ってモンじゃないの!みんな我慢して頑張って働いてるのに」
 樹に激しく反論する。世間一般ではもっともな反論だとミノルは思った。
 すると、樹はカッと目を見開いて、やけに堂々と強く言い放った。

「アタシは自分に素直に生きてるだけだよ!」

 ‥‥なんだそりゃ!?
 あまりにも自分勝手な樹の主張につい大笑いしてしまう。するとつられて樹も笑い出した。コンビニの軒先で思いっきり笑い合う二人に、通行人がビックリして振り返る。こんなに笑ったのは随分久し振りのような気がした。
 ひとしきり笑った後で、樹は優しくもう一言つけ加える。

「ミノルもホントはさ、もっと素直に生きたい、って思ってるはずだよ。キミが悪いんじゃなくて、ムリしてるだけなんだよ‥‥」

 そう言われて、胸のつかえがスーッと取れていくのを感じた。今までウジウジ悩んでいたのがウソみたいだ。周りに合わせるかどうかなんて、大した問題じゃ無かったんだ‥‥

「何で家出なんてしてるの?家族はどうしたの?」
キミはそんな生き方でつらくないの?
 今度は自分が樹の心に踏み込んでいこうとした。しかし、樹はさっきからの笑顔そのままでサラリと受け返す。

「みんな、コワレたよ」

 あっけらかんとした結論だけど、その笑顔の裏にどんな想いがあっても決して詮索させない強さがあった。呆然とするミノルの顔を見て、樹はクスクス笑いながら答える。

「ミノルはもう、アタシの想いを受け止めてくれたじゃん。だから‥‥アタシはもう大丈夫だよ」

 負けた‥‥

 ミノルはこれ以上質問するのをやめた。
 樹は[今]だけを生きている黒い天使だと思った。彼女の過去や事情を詮索することに意味があるとは思えなかった。そして、ミノルにはそんな樹が羨ましかった‥‥

 待てよ‥‥一つ気になることを思い出して、もう一つだけ質問する。
「学校、どうしたの?」
 樹はビールを口にしながら、何食わぬ顔で答える。
「今年の一学期で辞めた。なんか、夏休みになったらそのまま学校に戻りたくなくなっちゃってさ」
 今年の一学期?てことは本当はまだ学生ってことか。コイツの性格からしてまず大学までは行ってないだろう‥‥てことは、
 コイツ未成年か!
 ミノルは自分のほとんど口を付けてなかったビールを一気に飲み干してから、樹のビールを取り上げる。
「アッ!」
 取り返そうとする手を制して残っていたビールを飲み干すと、プーッと一息ついてからきっぱりと言い放った。

「コドモがビールなんか飲むんじゃありません!」

 そう言われて少しむくれた顔がコドモっぽくて微笑ましい。じっと見つめていると、樹はワザとらしく目を外らしながらタバコを取り出して、やけに慣れた手つきで口にくわえて火を付けた。
 呆れるミノルに見せ付けるように悠々とタバコをふかす。遠くを見つめる瞳。涼しげな表情のまま、何故か親指と人差し指でタバコをつかむ。必死にオトナを装う姿に笑ってしまいそうだけど、同時に妙にゆったりした雰囲気にオトナの色気をも感じてしまう。
 寒風吹く真冬の夕暮れで見る黒いシルエットは、年齢不詳の不思議な雰囲気を漂わせて見る者を呆然とさせた。
 樹はくわえたタバコを離してフー‥‥ッと白い煙を吐き出す。そして見とれているミノルをからかうように、
「なぁに?」
甘い囁きを返してくる。

 全く、人を食ったガキだ‥‥

 慣れないビール一気飲みをしたからか、突然目がグルグルと回りだした。顔が熱くなって、目の前の風景と一緒にミノルの想いもグルグル回りだす‥‥

 初めて樹に声をかけられた時、立ち止まって振り返ったのは魔力に引き付けられるみたいだったからだ。自分の手を握る指は冷たかったのに、身体を撃つ感触はやけに熱かった。コートの中の温もりと、口の中が切れてピリピリ痛いファースト・キス‥‥
 樹の中に飲み込まれていく時の熱い感触、獰猛でしなやかな温もりが全身を包み込む‥‥全て終わった後の、甘く優しい雰囲気。眩しい光、冷たい風を全力で切り裂いて走っても、届かない後ろ姿。真っ白な雪の冷たさと黒い天使の息吹が絡んではほぐれていく。
 自分の中で見せてくれた安堵の表情。優しくしてあげたかったけど、キミは行ってしまう。逃げ足の速い黒い迷い猫みたいに‥‥
 心の奥に溜め込んだ想いに、キミは真剣に向き合ってくれた。熱く真っ直ぐな眼差しと、その一言一言にどれだけ救われたか。キミは本当に、オレの前だけに現れたblack angelなのか‥‥?

「‥‥大丈夫?」
 気がつくと樹の腕の中で介抱されていて、夢の続きの真っ直ぐな瞳が心配そうに覗き込んでくる。何がどうなったのか解らない。どうやら急に酔いが回って座ってた場所から転げ落ちたらしい。情けない‥‥
 コートの袖がフカフカする腕の温もりは、回想から醒めた後もミノルを暖かく包む。幻想の中のおぼろげな気配が、だんだんと実感に変わっていく‥‥

 black angel‥‥黒衣の墜天使はまだそこに居て、ミノルを優しく見守っていた。

「樹、オレ‥‥オマエのこと、好きだ。愛してる‥‥」

 ポツリポツリと頼りなさげに、ミノルは胸の中の心情を吐き出した。
 自信はなかった。
 最初は優しく接してくれていた[友達]が、段々と冷たい態度に変わっていって、いつしか自分の前から消えていく‥‥
 何度、そんなことがあったんだろう。
 返事が怖かった。今まで築き上げてきたものが、全部壊れてしまいそうで‥‥

 恐る恐る樹の顔を見上げると、キョトン、とした瞳でこっちを見ていたが、やがて我慢しきれなくなったように笑いだす。ミノルの不安をよそに気の済むまで笑うと、少し意地悪な笑顔がこう言い放った。

「バカ」

 ‥‥やっぱり。
 結局、壊れていってしまうのか。

 ミノルは諦めたように、深い溜め息をつきながら目を外らす。
 すると、樹はその顔を強く引き寄せて、額に暖かくキスした。そして呆れたような顔をしながら優しく話し始める。
「違うよミノル。アタシが笑ったのはその、愛してるってセリフに対してのことだよ‥‥だってさ、この世界で[愛してる]と[友達になろう]という言葉ぐらい、無意味な物ってのもなかなか無いじゃん。だって結局は裏切られるんだから‥‥」
 結局は裏切られる‥‥樹にも同じ経験があったのか。周りの人間を信じられず、裏切られるのが当たり前と思うから、他人を求めようともしない‥‥
「ねぇミノル君、愛なんて永遠に続いたり空気のようにそこらにある物なんかじゃないんだよ。一瞬だよ。ほんの一瞬、想いと想いがぶつかった時だけ輝くものだと思う。花火やストロボライトみたいにさ」
 そう言うと樹はゆっくりと顔を近付けて、唇を強く吸った。熱く甘い口づけは、言葉よりも何百倍も雄弁な愛の表明に感じた。
「‥‥だから、今、思いっきり愛し合おうよ。想いが消えないうちにさ」
 今夜は身も心も樹に預けよう‥‥ミノルはそう決心した。

 とりあえず酔いも醒めてきた所で二人は立ち上がった。もうとっぷりと日が暮れてしまい、代わりにネオンと街灯の光が街を照らしていた。

「今夜、泊めてよ。ミノルの家ってどこ?」
「えっ?」
[泊めてよ]という言葉にどぎまぎしながらも答える。
「‥‥ここからだと電車で駅3つぐらいだけど」
「歩いて行こうよ」
 ええっ?だってここから歩いたら2時間ぐらい‥‥
「だって、少しでも長く二人の時間を味わいたいじゃない?」
 あぁ‥‥そういうことか。

 樹がポンッとミノルの背中を押したのを合図に、二人は夜の街を歩き出す。真っ暗になった夜空の東の地平線には、真っ赤に染まった満月が顔を出していた。

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シリーズ連載 : black angel