Four Pieces of Green Fruit3

女性もえっちな妄想をしてもいいんです。
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アダルトな読み物のお部屋

Four Pieces of Green Fruit3
2021年07月27日 00時30分
DUGA

 けったくそ悪い。
 遥は後部座席のウインドウを半分開け、吹き込んでくる風に顔を晒した。
 二日酔いの体でわざわざ出向いてやったのに、怒鳴られた。鼓膜が破れるかと思った。彰って男は、二人きりだと可愛く振る舞うくせに、人前だと「男」をふりかざしたがる。精神構造があまりにもわかりやすく、ミエミエだ。
「君ら、高校生? 大学生かな?」
 さっきから助手席の男が、何かと話しかけてくる。「君ら」と言っているが、遥の顔しか見ていない。
「あ、高校生です」
 楢崎が答えた。
「まさかと思うけど、ヒッチハイク旅行とかじゃないよね?」
「いや・・そんなんじゃなくて・・ええと、この近くの駅って、どこらへんですか」
「駅?」
「はい。ずっとお邪魔するのも失礼ですし、適当なところで電車に乗ろうかと」
「別にお邪魔じゃないよ。たまには楽しいよなあ、こういうハプニングも」
「そうそう、俺ら、取引先に資材を届けたらフリーになるし、良かったら富士五湖とか案内するよ」
 運転手の男が相づちを打った。楢崎の困った顔を横目で見ながら、遥は言った。
「じゃあ、河口湖でワカサギ食って、温泉に入りたい」
「なっ・・」
 楢崎が抗議をしようとするのを手で制し、頭をぐるりと巡らせた。
「そんでもって・・」
 前々から興味津々だった場所があるのを思い出した。確か、河口湖から近いはずだ。
 原生林が生い茂り、ひとたび道に迷えば必ず遭難するというあの場所。
 地盤となった溶岩が磁気を発しているために、方位磁石をも狂わせ、毎年そこで何人もの人間が自殺しているので、霊がわんさか飛び交っているという、あのおどろおどろしい場所だ。
 まあ、ぜひとも行きたいというほどではないが、面白そうだ。あのムカつく男のことを考えずに済むのなら、場所はどこでもいい。
「青木ヶ原の樹海に行ってみたい」
「樹海?」
 楢崎が目をパチクリさせた。
「行きたいなあ。連れていってくださいよ」
 遥は、唐突に可愛い声をだして男達に頼んだ。

 河口湖畔は東京よりも気温が低く、ダウンジャケットを着ていてもかなり寒い。湖に沿ってずらりと並んだレストランの一つに入り、男達のおごりで、山梨名物のほうとうと、ワカサギのフライを食べた。窓際の席からは、頂きに雪を抱いた富士山が見え、なかなかの景色だ。ドライブをしている間に、二日酔いはほぼ完治したので、遥の食欲は旺盛である。
「美味しい? えっと・・あ、まだ名前きいてなかったよね」
 対面に座った男が、遥を見つめながら聞いた。
「越知ちはるです」
 ムシャムシャ食べながら、ニッコリ笑ってみせる。楢崎が茶にむせて、グォホッと咳き込んだ。
「ちはるちゃんかー、いい名前だね」
 もう一人の男が、うっとりした目で見つめるのが滑稽だ。30近いだろうに、女子高生にヤニさがってんじゃねーぞ、と笑い出したくなる。
 まあ、こいつらはただの足だ。そのうち気がつくだろうか。「越知ちはる」というのは、子供っぽい、くだらない言葉遊びである。この名前を10回連呼すれば、わかることだが。
 楢崎のケータイが鳴った。
「あ・・るり?」
 立ち上がり、「ちょっとすみません」と男達に断わりを入れ、店の外に出ていった。
「ねえ、あの子彼氏? なんかそんな風に見えないんだけど」
 一人が聞いた。
「彼氏じゃないよ。ただのおまけ」
「そなの? 彼氏怒らない? 他の男と遊んでてさ」
「別に。あいつも今頃は、他の女と遊んでるだろうし」
 遥は笑って言い、るりの顔を思い浮かべた。あの彰と一緒じゃ、るりは怯えまくっているだろう。そして彰はまだ怒り狂っているのに違いない。その二人の組み合わせは、かなり面白そうな光景だ。いっそ見物してみたい気もしないではないが、あまり考えたくはない。彰の顔を思い浮かべるだけで、はらわたが煮えくり返りそうになる。

 _____ あたしを怒鳴りつける唯一の男。

 胸がズン、と重さを増す。
 今どき流行らない熱血漢。生真面目な癖に好色。SとMのバランスが絶妙な男。そして、遥の前でだけ、可愛らしい笑いかたをする男だ。
 いつも愛らしくしていれば、こっちだって可愛がってやるものを、「俺は正しい。俺に従え」的なあの態度。
 何様だこのやろう、と向かっ腹が立つ。
 何より悔しいのは、彰の前でだけは、遥は冷笑を押し通すことができないという事実だ。今も、感情をジグザクに乱されている。
 今まで、こんなふうになったことは、一度もなかった。
 遥は子供の頃から、自分は他の人間とは違うのだということを、わかっていた。自惚れるでも、貶めるでもなく、ただ、「違う」という事実を、承知していたのだ。
 周りの人間は、遥に勝手に憧れ、恋い焦がれ、勝手に恐れ、憎んだりもしたが、遥のほうは、どんな意味においても、他人に心を動かされることなど、殆どなかった。他人の感情の動きは、ガラス越しのようによく見えるので、からかって遊んだり、いたぶったりするのは、実に楽しかった。そのあたり、人間として必要な歯車が、どこか壊れているのだろうと、一応自覚はしていた。
 そういう自分を、好きだったわけでも嫌いだったわけでもない。
 だが、「戻りたい」とふと思うことがある。
 適当にるりをイジめ、目をつけた男どもを犯していた、気楽な、自由きままな日々。
 今じゃ、血判を押して契約したわけでもないのに、たった一人の男と専属セックスをしている。体だけじゃない、頭も心も、あの男にがんじがらめに縛られている、この息苦しさから逃れたいと、少しも思わないといったら嘘になる。
「すいません、ちょっと色々とあって・・」
 楢崎が言い訳をしながら戻ってきた。目つきが暗い。
「なんかあの二人・・一緒に山に登ってるらしい」
「へえ、良かったじゃん、楽しくやってて」
「まあ、そうなんだけど」
 歯切れの悪い楢崎の顔を見て、遥はニヤッと笑った。この男、嫉妬してやがる。
 面白い。うさ晴らしに、後で少々からかってやろう。
 サディスティックなサガが、にょっきりと角を出した。

 男達に案内をされ、温泉に向かった。
 洋輔より十くらい年上の男達は、何から何まで榎本の言いなりだ。
 目を見張るような美少女が転がり込んできて、行動を共にしてくれることが、嬉しくてしょうがないらしい。悪らつな下心はなさそうだが、あわよくば「仲良しになりたい」とヨダレを垂らしていることは、一目瞭然だ。
 洋輔はため息をついた。
 るりと彰のことが気になってしょうがない。るりは4人分の弁当を抱えて途方にくれているだろう。彰は女に冷酷なヤツだから、つっけんどんに振る舞っているのに違いない。さっきの電話でのるりの声は、子供のように心細そうだった。
 あのふたりの間に、何かヘンなことが起こるとはもちろん思っていないが、やはり面白くない。るりが、他の男とふたりきりでいること自体が落ち着かないのだ。たとえ相手が親友の彰であっても。

 ____ まったく、エライ目にあった。こいつのおかげで・・。

 洋輔は、拳をぐっと固めて横の女を睨んだ。
 こっちを巻き込んでおきながら、謝罪ひとつするでもなく、呑気な顔をしている。美人なら何をしても許される、と自惚れているのだとしか思えない。
「あそこが温泉だよ。露天は混浴しかないけど」
 運転手の男が指差した先には、「日帰り温泉 富士の里」と看板のかかった、瓦屋根の建物があった。
「混浴かあ。あたし入ったことないな」
「タオル巻いてけば、そんな恥ずかしくないよ。入ってみる?」
 助手席の男が遥に聞いた。
「うん、入る」
 榎本はあっさりと答えた。
 洋輔は温泉などに入る気分ではない。何でこんなことになったのか、と頭をかきむしりたかった。
 温泉の脱衣所は男女別になっている。洋輔は服を着たまま、竹で編まれた椅子に腰かけ、るりのことを考えた。もう一度、電話かメールをしたいところだが、こっちの状況を何と説明すればいいのだろうか。「温泉に来ている」などと言えば、びっくりされるのに違いない。
 露天風呂からは、「うわっ、寒い」という榎本の声が聞こえてきた。
「ちはるちゃーん、こっちこっち」
 男達が嬉しそうに騒いでいる。
 何だか気になる。
 榎本は彰の彼女だ。一見無害そうな男達ではあるが、榎本にすきありと見れば、豹変しないとも限らない。榎本のためというより、彰のために、とりあえず見張り役をしたほうがいいのかもしれない。
「乗りかかった船ってやつか・・・」
 洋輔は迷いながら服を脱ぎ、腰にきっちりとタオルを巻き付けた。さすがにドキドキする。頼むから、榎本以外の女がいませんように、と祈りながら、外に通じる引き戸を開けた。
 瞬時に鳥肌がたつほど寒い。思ったより人は少なく、お婆さんが3人、中年女が2人に子供が2人、そして男達と榎本だ。洋輔はどの人間も視界に入れないように俯きながら、榎本に近づいた。
「おー、来たのか」
 湯に浸かった榎本は洋輔を振り向き、上から下まで舐めるような視線を這わせた。まるで女を見る男のような目つきだ。今すぐに逃げ出したい衝動をこらえながら目をそらして、湯舟に入った。
 榎本はバスタオルを体に巻いているので、ひとまず安心だ。巻いていなかったら、こっちの身がもたない。はっきり言えば、勃起してしまう可能性がある。それは絶対に避けたい事態である。
「なんだ。若い男はゼンッゼンいねーなあ。ババアばーっか」
 榎本はジロジロと周りを見渡した。
「チェッ。つまんねーの。よりどりみどりの、オチンチン鑑賞会ができると思ってたのにさあ」
「え」
 男達がそろって、パカッと口を開けた。
「ちはる・・ちゃん?」
「だってそれが混浴の醍醐味だろ? 大小取り混ぜた、いろ~んなオチンチンが見られるってるのがさ」
 そのセリフで、男達が一気に100メートルもひいたのが、洋輔にも伝わった。
「じゃ、君達でいいや。ちゃんと見せてよ。あたしは鑑賞会がしたいんだ」
 榎本はふてぶてしく笑い、男達と洋輔を順繰りに見渡した。
「いや・・や、その・・だって、そんな」
 男達の顔が、みるみる蒼白に変わっていく。
「混浴だぜ? 恥ずかしがるほうがやーらしいだろ。ホラ、見せろ早く」
 そこまで言うならお前が先に見せろ、などと言い放つ度胸のある男は、洋輔も含めて誰もいない。
「あ、悪いけどのぼせてきちゃった、俺」
「お、お、俺も」
 男達はあたふたと立ち上がった。タオルで隠した股間を、手でしっかりと押さえている。
「おいこら。逃げる気かよ。卑怯ものめ」
「やめろ、榎本」
 この恥知らず。変態。
 ・・と怒鳴りつけてやりたかった。だが、声が出ない。頭がぐらぐらしている。
「なあ・・・」
 榎本は低く言い、くるりと振り向き、洋輔の上に跨がった。
「お、おい、なんだよ・・」
 背中を岩に押し付けているので、逃げ場がない。濡れたタオルに包まれた、見事な胸の膨らみに、一瞬釘付けになった。
「あいつらさあ、今頃どうしてると思う?」
「あいつら?」
「彰とるりだよ。・・・知ってるよな? 彰ってああ見えて、かーなーりーのエッチ好きだってこと」
 口元が楽しそうに歪んだ。肉食獣のように炯炯たる眼光を放っている。徐々に顔を近づけ、洋輔の耳に唇を触れさせた。うなじのあたりが、ザワッと逆立った。
「ちょっ・・」
 とっさに避けようと捻った頭を腕で抱えられる。
「何しろ、このあたしを彼女にしたくらいだからなぁ・・るりなんて、ひとたまりもないだろうな。彰がちょっと本気になれば、もうコロリ・・」
「なに・・なにバカなこと、言ってんだよ」
 なぜか少しも動けない。心臓がガンガン鳴り出した。
「彰はさ・・あたしと外でセックスがしたくて、ワクワクしてたんだぜ。あたしがいなきゃあ、残る女はるりひとりだよな・・」
「彰は・・そんなことしないよ」
「どうかな? 時として、友情よりも欲情が先走るってねぇ・・よくある話だろ?」
 クスクス笑いながら、いきなり洋輔の股間を掴んだ。
「うわあっ!」
「あんただって、こうやって固くしてる訳だしね」
 洋輔は、無我夢中で彼女を突き飛ばした。バシャッと水音がして、榎本が湯舟に沈んだ。
「ぶはっ・・いってえな、この・・」
「さ、サイテーだよ、お前」
 洋輔は立ち上がった。激しい羞恥と怒りのために、腹筋が震えた。
「お前みたいなヤツ・・・サイテーだよ。彰はな、俺の親友なんだ。その親友の彼女がお前みたいなヤツだなんて・・・耐えられないよ!」
 戸を乱暴に開け、脱衣所に入った。こんな女とは、もう一秒たりとも一緒にいたくない、見張り役なんて知ったことじゃない。
 既に服を着終わっていた男たちが、ギクッとした顔で洋輔を見た。
「あ、あのさ、実は俺達、急な仕事が入っちゃってさ」
「そうなんだよ。今さっきケータイに連絡が入って。悪いけど他の車拾ってくれる? タクシー呼んでもいいしね」
「え、あの、待ってください」
 冗談じゃない。
 タクシーなんか乗る金はない。こんなところに置き去りにされて、どうやって東京に戻るのだ。
 だが、男達の行動は素早かった。振り向きもせず、あたふたと脱衣所を出ていった。洋輔は水滴を垂らしながら、呆然とその場に立ち尽くした。

 ひどい。
 遥はあんまりだ。
 Wデートを楽しみにしていたのに、こんな仕打ちをするなんて許せない。
 るりは必死に涙をこらえながら、バクバクとお弁当を食べている、国坂先輩の顔を盗み見た。楢崎くんに食べてもらいたくて、朝4時に起きてつくったお弁当を、この人は一人で食べている。
 無言のまま、頂上まで来てしまった。楢崎くんとは違い、国坂先輩は歩調を緩めてくれはしなかったので、るりは必死に後を追った。もう脚はガクガクで、明日の筋肉痛は必定だ。
「食わねえの? 大量に余っちゃうぜ」
 そう言われても、食欲なんかない。楢崎くんが心配でしょうがない。あの遥と一緒で、どれだけ神経をすり減らしていることだろうか。彼とこの大男とでは、神経のつくり自体が違うのだ。
「るりちゃんは料理が上手いな。あのバカクソ女とは大違い」
 バカクソ女。凄いものの言いようだ。同じ男なのに、どうしてここまで楢崎くんと違うのだろうか。

 _____ それに、この人って、たぶんすごーくエッチだ・・。

 つい、そんなことまで考えてしまう。
 記憶から消し去りたいが、どうしても忘れられないことが、るりには一つある。
 夏休み、遥の悪巧みにはまって、るりは生まれてはじめて男の人のペニスを____ 国坂先輩のそれを見せられた。それだけでなく、悪夢のような恥ずかしいことまでされたのだ。
 もちろんこれは、墓まで持っていく秘密だが、二人きりでいると、あの出来事がありありと蘇ってしまう。
「野外セックスがしたいだけのくせして」
 遥はそう言った。つまり、国坂先輩は遥とエッチをするつもりで、ここにやってきたのだ。
 よくもまあ、こんな健全な場所でそんなエッチな企みを、と呆れる一方で、なぜだか少し羨ましいと感じる自分もいる。
 この人の激しさの半分でも楢崎くんにあれば・・・とつい願ってしまうのだ。
 楢崎くんのストライプのベッドで、るりは何回か彼とエッチをした。人に言えばびっくりされるほど、回数は少ない。彼はとても優しく、るりの体を気遣いながらエッチをしてくれるが、いちずに求められる、というのとは違う。彼はどこか淡々としている。先週だって、せっかく家まで行ったのにキスどまりだったという事実が、胸にのしかかる。

 _____ あたしに魅力がないせいなんだろうか。

 深く考えたくはないが、結局出してしまう結論は、いつもそれだ。
 彼はサッカーで忙しいから。
 るりが思っていた以上に、マジメにものごとを考えている人だから。
 そんな建て前の奥の奥で、るりは自分を非難し、自分を貶めている。
 あたしに魅力が足りないのだ、と。
 それなのに、もっと彼に触れたい。いつも彼とキスをしたいし、彼に抱かれていたい、と願ってしまう自分。
 普通、こういうことでモンモンとするのは男の子のはずで、決して女の子ではないのに、こんな役割を担わされている自分が、ほとほと情けない。
「あのさー、頼むからそういう暗い顔、やめてくんないかなぁ」
 国坂先輩のぶっきらぼうな声で、るりは我に帰った。
「あ・・はい」
 この人の物の言い方は、いちいち胸に突き刺さる。
「洋輔がいなきゃ、この世の終わりってわけじゃないだろーに」
 この世の終わりなんです、と言い返したかった。あたしにとっては彼が全て。彼がいなければ、生きていく価値なんかない。
「でも・・心配なんです」
「なにが」
「だって、その・・遥と一緒だし」
 言ってから、この言葉が別の意味に取れることに気がついた。
 そして国坂先輩は、別の意味のほうを採択した。
「あー、なるほど。あいつらが、なんかのハズミでどーにかなっちゃったりとか、要するにそーゆーこと心配してんの」
「ち、ちがいます。そんなこと言ってないです」
「心配ないって」
 国坂先輩は、あっさりと言った。
「あいつらの相性は水と油だもんな。遥は楢崎にキョーミないしさ、楢崎だって遥みたいなタイプ、生理的に受けつけないだろ。何しろ、オタクみたいな子を彼女にしてるんだしな」
「あたしみたいな子・・」
 心臓がぐうっと重さを増したような気がした。
「それ、どういう意味ですか」
「え?」
「あたしみたいな子って・・どういう意味、ですか」
 国坂先輩はきょとんとした顔になった。
「なんつーの、まあフツーの子って意味。ってか、別に意味とかないけど」
 フツーの子。
 平凡で、なんの取りえもない女の子。これといって抜きん出たものを何一つ持たない、どこにでもいる女の子・・・。
「国・・坂先輩には・・わかんないです」
 声がひっくり返った。
「そりゃ、あたしは・・フツーで・・どうしようもないほどフツーなのかもしれない・・けど・・なら、楢崎くんは、すごい人で・・でも・・好きなんです。そんな気持ち、国坂先輩には、絶対にわからないです!」
 るりは立ち上がり、国坂先輩の傍を離れた。
 脈がガンガンとこめかみを叩き、指先が震えていた。
 ただ「フツー」だと言われただけなのに、これほど動揺し、傷ついている自分が滑稽だった。滑稽なのに、涙が溢れてくる。楢崎くんに対して、自分がいかに根深いコンプレックスを抱いているか、心臓が潰れるほどに思い知らされる。
 涙は勝手に流れて、とまりそうもない。

 ______ バカだ。バカ、バカ。あたしは超バカだ。

 人目のないところに行きたかった。るりは小走りで狭い山道に入り込んだ。
 この山は、山頂に至るまでの道のりが、数本のコースに別れている。ここは最も足場の悪いコースだから、人影は全くない。左側には緩やかな山肌が続き、右側は十数メートルの深さの、急な斜面だ。
 るりはロクに足元を見ていなかった。
 大きな石を踏みつけ、体のバランスが崩れた。
 一瞬、手で空を掻いた。
 悲鳴をあげることすらできず、るりの体は下に向かって、転がり落ちていった。

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