るりは楢崎くんの自転車の後ろで、夢見心地だった。
通り過ぎていく夜の家々が、街灯が、たとえようもないほどきれいに見える。
こんなの、すごい大冒険だ。真夜中に男の子の家に行くなんて、まるで映画のなかのできごとのようだ。
大通りを走り、路地に入り、八百屋の角を曲がった。楢崎くんの家は、もう目と鼻の先だ。
「あ」
るりは小さな声をあげた。
「どした? 足痛い?」
楢崎くんが、チラッと振り返った。
「ううん、何でもない」
るりは首を振ったが、何でもない、なんてことは全然ない。
重大な問題に、今気づいたのだ。
そう、オフロに入っていないのである。お医者さんから、今日はオフロに入らないでね、と止められてしまったからだ。山登りで汚れた体が気持ち悪かったので、絞ったタオルで全身を拭いたけれど、エッチの前にはシャワーというのがルールではないのだろうか。
困った、超困った、と焦っているうちに、ついに家に着いてしまった。
「ちょっと待って」
楢崎くんは玄関の戸を開けると、また戻ってきて、るりを抱えあげた。お姫様だっこである。
うきゃー恥ずかしい、と心のなかで悲鳴をあげる。
もう卒倒しそうなほどドキドキしている。玄関でいったん降ろされると、サンダルを脱がされ、また抱き上げられた。楢崎くんはゆっくりと階段を登り始めた。今日はお部屋に直行らしい。
—— あ~どうしよう、フケツな女のコだって思われるくらいなら、二階から飛び降りて死ぬ!
二階から飛び降りたくらいで死ぬか。足の捻挫が骨折に変わるだけだ、このバカ、と言ったのは、るりの頭のなかの遥だった。
楢崎くんは器用に自室のドアを開け、るりをベッドの上にそっと降ろした。
「えと・・お茶とか飲む?」
「あ・・ううん、いらない」
「ん、でも、何か持ってくるよ。俺、なんかこう」
廊下の明かりだけが入る薄暗い部屋のなかで、楢崎くんは胸のあたりを手でおさえて苦笑いをした。ドキドキしているのは彼も同じなのだ。
部屋を出ていった楢崎くんは、二つのマグカップにミルクティーを淹れて戻ってきた。ベッドに腰掛けたまま、黙ってそれを飲む。緊張しすぎて、何の味もしない。
「じゃ、カテキョーしよっか」
楢崎くんが言った。
「ええっ?」
「うそ」
楢崎くんはクスッと笑った。
るりの手からカップを取ると机の上に置き、楢崎くんの手がるりの胴にまわった。るりは目を閉じた。彼の唇がそっと触れただけで抵抗不可、もろ手をあげて降参します状態になってしまう。
さっきのキスはすごかった。ディープキスは何度もしたことがあるとはいえ、あんな激しいキスなんて未経験だ。すごく、すごく嬉しかった。
体がナナメになっていき、ベッドに横たえられる。セーターの胸が、楢崎くんの手に覆われて暖かくなった。
「あ・・」
「あんま動かないで。ケガに障るし」
優しい動きで、セーターを脱がされる。ブラのホックをはずされると、もう意識はブラックアウト寸前だ。
楢崎くんの頭が下がっていき、るりの乳首を唇のなかに含んだ。
「あっ・・ん」
顔がカッと熱くなった。
もうダメだ。
キモチいいとか、感じるとか、そういう快感以前に、るりに異常なほど興奮してしまう。楢崎くんの唇、しっかりとした骨のながい指が、自分に触れているという事実に、惑乱してしまうのだ。アソコからにじみ出る熱いものが、もうパンティーを汚している。
神様。汗臭くありませんように。
あと、胸がちっちゃいとか、そんなことを楢崎くんが思っていませんように。
るりの胸はそれほど貧乳ではないのだが、大きいとも言いがたい微妙なサイズだ。つまり、ここでも「フツー」なのである。遥みたいにおっきければいいのに、と考えてしまうが、楢崎くんの愛撫が、るりの思考を断続的にとめてしまう。
「なら・・さき、くん・・」
るりは彼の背中に手を回した。Tシャツを着たままだ。
どうしても肌に直接触れたかったので、ためらいながらTシャツの裾を引き上げた。楢崎くんはすぐに了解し、自分でそれを脱ぎ、上半身裸になった。
一見細身に見えるが、彼は着やせする。肩や胸や腕、そしてお腹にもしなやかな筋肉のついた体は、「男の子」なんて呼べないくらい大人びていて、グラリとめまいがするほどだ。
それに引き比べ、自分の体はなんだかキューピー体型というか、まだまだ「発展途上国」なので(これからどうにかなるとは思いたいが)、るりはやたらに悲しくなった。
「ん・・何、考えてる?」
楢崎くんが聞いた。愛撫の手をとめ、顔と顔を間近にあわせた。
「なんにも・・」
「うそ。なんか、めっちゃ泣きそうに見えるんだけど」
「違うって」
「イヤ?」
「そうじゃなくて・・違う」
るりは掛け布団で胸を隠しながら横を向いたが、顎を掴まれて引き戻された。
「ちゃんと言って。じゃなきゃ、わかんない」
このコンプレックスを口に出せというのだろうか。ついでにお風呂に入っていない、この体のことも。
「なら、楢崎くんって、ステキだなーって・・」
るりはモゴモゴと口のなかでつぶやいた。
「でも、その、なんかあたしって」
「あーあー、ストップ」
楢崎くんは笑って、るりの鼻のアタマにキスをした。
「あのね、俺はさ、るりがマジでそーゆー風に思ってるなんて、かなりびっくりした」
「え」
「えぇっとね・・一度しか言わないから、ちゃんと聞いてろよ」
楢崎くんは、う、うん、とちょっとワザとらしい咳払いをしてから、はっきりとした口調で言った。
「るりは日本で一番可愛い、と俺は思います」
目がぱちぱちと、何度も瞬いた。
彼は今、ものすごく恥ずかしいのだとわかった。そして、それはるりも同じだったのだが、鼻の奥が熱くなり、じわじわっと涙が出てしまった。
「ホント?」
「ホント」
「でもそれってきっと・・」
るりは泣きながらも、この間覚えた英語をつぶやいて笑った。
「ラブ・イズ・ブラインドなのかも」
「視力2.0だよ、俺は」
楢崎くんは、少しムキになったみたいに答えた。
本当はもっと優しく、カッコよく、言葉を尽くして彼女をほめてあげたいのだが、今日の俺にはこれが限界だ、と洋輔はるりにキスをしながら考えた。いくらベッドの上とはいえ、やはり照れくさくてしょうがない。
可愛いと言ったのは、もちろん顔だけのことじゃない。性格も、しぐさも、しゃべりも、表情のひとつひとつに至るまで、磯村るりという女の子は、空恐ろしいほどに可愛いのである。単なる主観じゃなくて、これはもう厳然たる事実なのだ。
楢崎くんってモテるし、とか、女の子慣れしてるし、とか、るりはたまに口に出すが、じゃあ自分はどうなんだよ、と言いたくなる。るりが今まで二年や三年の男に何度コクられたか、こっちが知らないとでも思っているのだろうか。
そんなことを考えているうちに、洋輔はなんだかおかしくなってしまった。
似たもの同士だ。
不安を口に出せなくて、まるでボクシングの試合みたいにジャブばかり繰り出して、相手の周りを、いたずらにぐるぐる回っていたのだ。
洋輔はるりのスカートに手をかけた。彼女の服を脱がせるのは久しぶりだ。なんだか、きれいなお人形の服を脱がせるみたいな背徳感にドキドキする。
「あの・・あの、楢崎くん」
るりが切羽詰った声を出した。
「ん」
「あのね、あたし今日」
お風呂入れなくて、入ってないの・・とるりはやっと聞き取れる小声で囁いた。顔がまっかっかになっている。
「いいよそんなん」
「よくないよ~」
「別に臭くないし」
「『臭い』とか言うな~!」
ぼかぼかと頭を叩かれ、洋輔は噴き出した。
「えぇっと・・それを言うならさ、俺もTシャツにでっかい穴開いてるよ」
なぜだか、ケロッと口に出せた。
「えっ?」
「ホラ」
洋輔は脱ぎ捨てたTシャツを取り、穴に指を入れてみせた。
「うち、母親が留守がちだしね、脇の下の縫い目んとこ、やぶけてんだけど着てる」
るりはキョトンとした後、笑った。
「言ってくれれば、あたしが縫うのに」
「ホント? なんか腕とか上にあげられなくて困ってたんだよな」
ちなみに靴下も、たまにパンツさえ困った状態だったりもするのだが、今は黙っていよう。
「とにかく、風呂のことは気にしなくていいから」
臭くないし、ともう一度からかってみると、るりは本気で怒ったが、やがてケラケラと笑い出し、洋輔も笑い、しっかりと抱き合った。
抱き合いながら、るりのスカートを脱がせてしまうと、ピンクのパンティーがあらわれた。つるつるした生地を撫で、手を深いところにもぐりこませると、洋輔の指の下のそれは、ドクッと波を打った。
「や・・」
るりは、もじもじと太ももをこすり合わせたが、構わずに触り続ける。布越しでも濡れているような感じだが、自分の指の汗なのかもしれない。かなり興奮してきた。洋輔はジーンズのチャックを降ろし、張りつめたものを少し楽にした。
早く、るりの体が見たかった。
パンティを脱がせようとした洋輔の手を、るりが押さえた。
「自分で脱ぐから・・」
「ケガしてる人は寝ててください」
膝まで降ろしてから、真っ白なお腹の下にある、淡いヘアを指で掬った。子供みたいに細く柔らかな毛だ。パンティを足首から抜き、るりの脚の間に体を割り込ませる。一円玉みたいに小さな乳輪のまわりを舐めながら、もう一方の手で、探り当てたクリトリスを触った。
「あっ・・んん」
乳房を掴み、ころころと硬くなった乳首を強めに吸うと、るりが顔を背けた。背中がくっと浮き上がり、震えがこっちにも伝わった。
「あ・・あふ・・」
あっというまに、洋輔の指が愛液で水浸しになった。
ペニスが痛いほどに膨張している。興奮のあまり、息が弾む。一刻も早く挿入したくてたまらないが、もう少し彼女の体を触りたいし、触ってあげたい。
やわらかな胸への愛撫と、クリトリスへの攻撃を続けると、るりはつややかな声を何度もあげた。両腕でしがみついてくる。ヒダに指をそろそろと這わせ、中指を濡れたスリットのなかに埋めた。
「ひゃ・・あ、あん!」
お人形みたいな顔が、エロティックに歪む。
洋輔の宝物は、こんなに感じやすい体を持っているのだ。腕のなかで抱いているだけでは、彼女はこんな甘い声をあげてくれない。
—– あいつは隠れインランで、いつもお前に抱かれたくて、うずうずしてるような女だ。
榎本の言葉が胸をよぎる。
だが、「隠れ」だろうと「おおっぴら」だろうと、どうでもいい。るりをインランにできるのは、たぶんこの俺だけなんだし、と洋輔は自惚れて考えた。
あれをしてみようかな、と思った。
ちょっとやってみたいとは思っていたのだが、まだ経験はない。前の彼女の奈美にだって、こんなことをしたことなどなかった。
洋輔はドキドキしながら体をずらし、るりの股間にまで顔を下げていった。
「あっ、ダメ!」
楢崎くんが何をしようとしているかわかったので、るりはとっさに手で彼の頭を掴んで、やめさせようとした。
怖い。恥ずかしい。ていうかお風呂に入っていない。そりゃ確かにアソコだってタオルで拭いたけど、拭いただけなのだ。
「ダメ・・ダメ、ほんと、ダメ」
「ダメじゃない」
逃げようとした腰を、両手でガッチリと抱えられた。彼の息がヘアにかかった。
「やだ、楢崎くん、やなの、だめだって」
るりは半泣きになった。だが、楢崎くんはあまりに強引だった。舌の熱さをそこに感じたとたん、るりは叫んでしまった。
いたたまれなさに、手で顔を覆う。
チュルチュルと音がする。
楢崎くんの舌でアソコが押し開かれ、侵略されていく。楢崎くんの顔が、るりの股間で動いている。アソコがキュウッと縮み、緩み、ほとばしる。とてつもない快楽の波に襲われ、るりは声を何度もあげた。
「ぁ、あっ、ひぁ・・だめっ、だめ」
だめなんかじゃない。もっとしてほしい。でも、やっぱりだめ。気持ちいい。もう、イッてしまう。
相反する思考が交錯して、渦を巻いた滝つぼに放り込まれたような気がした。こんなところを舐められるなんて、それがこんなにキモチいいなんて、少しも知らなかった。
「あん、い・・あ・・ああ」
執拗にクリトリスを擦り上げられ、るりはガクガクと震えた。もう、絶頂がすぐそこまできている。
「あぁ、ん、ん、あたし・・もう・・あっ!」
あと数秒、というところで、ぱたっと攻撃がやんだ。
「あ」
理性がパキッと壊れて、宇宙空間に飛んでいった。
「いや・・やめ・・ないで、お願い」
るりの顔までノソノソと戻ってきた彼に、しがみついた。恥ずかしいのに、おねだりの言葉をとめられない。
「やめちゃ、や。楢崎くん、ねえ・・」
「さっきはやめてって言ったくせに・・」
楢崎くんは、かなり苦しそうに笑うと、ケガをしていないほうの左足を抱えあげ、るりの中に押し入ってきた。
「ひあっ、ああっ!」
圧迫感に、背中がのけぞった。
みるみるうちに、体のなかが異物でいっぱいになっていく。
こんなことは初めてだ。
彼はいつも、「いい?」と聞いてから、コンドームをつけ、静かに挿入してくれていたのだ。
「は・・あ・・あ、あ」
衝撃に耐え切れず、涙が流れた。楢崎くんの腕が肩に回り、きつく抱かれた。
「ごめん」
楢崎くんは、るりの耳元で謝った。
「外で出すから心配しないで」
「ん・・ううん」
るりは首を振った。まだ少しも動いていないのに、じぃんと痺れるような快感が広がっていく。
「楢崎君くんが・・キモチいいふうに、して」
この間、友達が話していたことを、るりはうっすらと思い出していた。
彼氏がそうしたがるから、たいがい中で出してるけど、妊娠とかゼンゼンしないよ~って。彼女は遥みたいにピルを飲んでいるわけじゃないのに、たしかそう自信ありげに言っていたと思う。
「あのねー、そういう問題じゃないんだよ」
楢崎くんは説教するような口ぶりになった。こんなエッチな格好で挿入しているのに、なんだかヘンだ。
「今度そーゆーことさ、ちゃんと相談しよ。でも今日は外で出します。綱渡りなんて、誰がさせられるかって・・」
最後は独り言のようだった。
ああ、もう、彼は優しすぎる。
るりは、ふえ~んと声をあげて、泣き出しそうになった。
どうしてこんなに優しいのだろうか。
こんな人を、絶対に、一生嫌いになることなんかできない。あたしは一生、囚われの身だ。恋の牢獄だ。モテすぎる彼に恋焦がれたまま、あたしはおばあさんになるのだ・・と、るりの思考は支離滅裂な方向に流れていった。
幸せのあまり混乱しているるりの上で、楢崎くんは動き始めた。
「あっ・・」
ズン、と重い刺激が股間に走る。
るりはまだ、挿入でイッたことがない。
ちなみに、楢崎くんにフェラチオをしてあげたことも、まだない。
彼はいつも、天地無用の壊れ物をそっと運ぶみたいに、るりの体を扱ってくれた。人のことばかり考えて、自分の体などまるで存在しないかのようにふるまう彼のことが、るりは少し悲しかった。
けれど、今日は少し違う。
楢崎くんは息を弾ませながら、気持ちよさそうに目を閉じたり、開いたりしている。ベッドがキシキシと鳴るくらいに、るりの体を揺さぶっている。
しっかりとした腕に抱かれて、切ないほどの嬉しさが胸にこみあげる。
もっともっと、キモチよくさせてあげられたらいいのに。
あたしの中で、楢崎くんを包み込んであげられればいいのに。
そう願いながら、るりは目を閉じた。
挿入での快楽を、るりは生まれてはじめて得ようとしていた。
彼のペニスが、ものすごく感じやすいところを擦るたびに、声が漏れる。
「や・・あん、あっ・・」
自然に腰が動いた。
楢崎くんの体をもっと感じたくて、感じさせてあげたくて、彼にあわせて体を動かす。さっきまでかすかに意識していた手や足の痛みなど、きれいさっぱり吹っ飛んでしまった。
「いい・・よ、ん・・!」
楢崎くんが呻いた。
はあ、はあ、と激しい息が、るりの耳をくすぐる。
「あ・・あん・・ああ」
るりは動き続けた。
視界がモヤモヤしてきた。彼に規則正しく突かれながら、アソコの奥から何かがせりあがってくるのがわかる。
誰かがタタタッとるりの背骨を弾いたように、「それ」はいきなりやってきた。
「あ・・いや、いや、来る。なんか、来る!」
るりは首をねじった。
言葉が勝手に唇から飛び出してくる。
「あ、イキ・・そう?」
楢崎くんの翻訳に、るりは何度もうなずいた。
楢崎くんは、スピードを速めた。アソコが、ぐちゃぐちゃに突き上げられていく。
「あっ・・やぁっ、ぁんん、ん!!」
苦しくて、キモチよくて、無我夢中で楢崎くんにしがみつく。足の先までジンジンする。
幾重もの薄いベールに包まれた。
体がふわあっと持ち上がり、楢崎くんの名前を呼んだその瞬間、るりは絶頂に達した。
気がついたときには、楢崎くんがティッシュで、るりの右胸を拭いていた。
「ヘ、ヘンなとこ飛んじゃって・・」
バツが悪そうに言い訳しながらティッシュを捨てると、ベッドに横たわり、ふたりの体に布団をかぶせた。るりはフニャフニャする体をなんとか動かして、彼にぴったりとくっついた。涙が出てきた。今日はなんだか、泣いてばかりいるような気がする。
「なんか・・良かった。超」
るりの髪を撫でながら、楢崎くんが言った。
良すぎたよう・・とるりは胸のなかでつぶやいた。
こんなことを知ってしまったら、ますますインランになってしまう。彼に抱いてもらいたくて、二十四時間モノ欲しそうな顔をしてるコになってしまう・・・。
「るり・・」
楢崎くんに呼ばれて、るりは涙目で見上げた。
「もう少ししたら帰んなきゃね。バレたら大変だしさ」
「えっ」
「えって・・だってもう、夜中の二時だよ?」
「やだ、そんなの」
そんなの冷たい。このイジワル、と思うそばから、涙がじわっと溢れた。
「帰んない。ずっとここにいる」
るりはガバッと伏せて、枕にしがみついた。
「ダメだって」
「やだ、やだ、ここにいる、ここに住む」
「はあ?」
「ぜったい、ぜったい、ぜーったい、テコでも帰りませんっ」
「なに言ってんのもぉ~。ワガママだなぁ~」
楢崎君はブッと噴きだし、ゲラゲラと笑った。今まで見たこともない、遠慮のカケラもない笑い方だったので、るりもつられて泣き笑いをしてしまった。
「でも」
楢崎くんはクックッと笑いながら、るりの頭を軽く二回叩いた。
「今日はダメ。次回は泊まって」
「次回?」
「うん」
楢崎くんは、るりのおでこにキスをした。
「まさか彼氏んちに行くとは言えないだろーけどさ・・なんとか言い訳して、ここに泊まってほしい。俺だって朝まで一緒にいたいもん」
照れも何もかなぐりすてました、というような無邪気な表情が、るりの目の前で優しい微笑みに変わっていく。
「・・・はい」
るりは素直にうなずいた。
「はい・・ありがとう」
なぜかお礼を口にすると、るりはまたぽろぽろと泣き出してしまった。