Four Pieces of Green Fruit9

女性もえっちな妄想をしてもいいんです。
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アダルトな読み物のお部屋

Four Pieces of Green Fruit9
2021年07月27日 00時39分
DUGA

 るりは二日も学校を休んだ。

たいしたケガでもあるまいし根性のない女だ、と思っていたら、登校の途中で後ろ姿を見かけた。松葉杖なんかついて、よたよた歩いている。

遥は近づくと、ケツに膝蹴りをくらわせた。少しはカンが鋭くなったと見え、るりは「遥!」と怒鳴ってから、キッと振り向いた。

「なにすんのぉ~! 痛いじゃん!」

「なんだその杖は。同情集めかよ」

「これがないと歩きづらいんだってば!」

「へえ、セックスはしづらくなかったクセにな」

「何の話か、わかりませんねーだ」

 るりはプンと横を向いた。

 露骨に顔に出しておいてよく言うぜ、とせせら笑いながら、るりのカバンをひょいと取り上げた。勝手に中に手をつっこんで見ると、教科書ではない本が数冊入っている。

「ちょっとー、返してよ!」

「なんだこりゃ、料理の本ばっか」

 『イタリア・トスカーナ料理』『和食と食卓の広がり』などという、あまり興味を持てそうにもないタイトルのものばかりだ。

「はは~、ナラサキクンを結婚に追い込むつもりか?」

「な訳ないじゃん」

 るりは膨れた。

「あたし、勉強すんの。料理のこと、もっともっと勉強すんの」

 遥の手から本を取り返そうとした拍子に、足元がよろけたので支えてやった。るりはツンと顎をあげ、遥の手を振り払った。

「そんでもってね、いつかすごい料理人になるの。てゆうか、誰にも負けないものを、ひとつだけモノにするの。あたしはそーゆーつもりなんです。悪い?」

「別に何も言ってないだろ。なんだよ、その無意味に挑戦的なマナザシは」

 遥はクックッと笑った。

 また、ご大層な決意をしたものだ。

 ナラサキクンのサッカーへの情熱に見合うだけのものを、るりは欲しいのだろう。でなきゃ釣り合いがとれやしないと、真剣に考え始めたらしい。

 まあ、確かにるりの料理の才能はなかなかのものだ。料理をつくっているときだけは、普段のバカぶりは影をひそめ、数学的な頭脳をかいま見せる。お湯が沸くまであと三分。魚が焼けるまであと二分。すべての段取りを頭に入れ、馬をあやつる御者のように、数種のレシピを同時にこなせる手際の良さは、遥もむろん知っている。

 このあたしは何かしたいことがあるのかな、と遥はふっと考えた。

 さあてね。

 そんなのまだ、わかんない。

 さしあたって、今日したいのは、体を思い切り動かすことだ。爽快な気分なので、ガラにもなく健康的なスポーツなんぞしたくなった。これも惚れた男の影響か、と顔がニヤけてくる。

「おい、あたしは先に行くぜ」

 るりのカバンを持ったまま、遥は駆け出した。

「あっ、カバン!」

「走って取り返してみろ、ノロマのブス」

 キーキー声で文句を言う声を背中で聞いた。「知ってるんだからね、もう、この音痴!」とか叫んでいるようだが、どうでもいい。

自分のカバンが、カタカタと音をたてる。

「落ちぶれたモラリスト」の象徴が、そのなかに入っている。つまり、愛する男に捧げる手作り弁当だ。今日のはたぶん、それほどまずくない。なので機嫌もすこぶるよろしい。

—— 弁当づくりが楽しいなんて、マジで落ちぶれたな、あたしは再起不能だ。

 

遥は笑った。

こうやって、否応なしに変わっていくのだ。

 周りだって変わっていく。

 ずっと同じ姿をとどめているものなんて、この世にはひとつだってないのである。

 こういうの、なんて言うんだったっけな、と遥は考えた。

ホ・スコテノイ。「暗き人」と呼ばれたヘンクツで、最後は牛フンまみれの悲しい姿で死んだギリシャの爺さんが残した箴言だが、なぜか度忘れした。

 校門に入ると、遥は教室の窓を見上げた。

「なんか走ってるヒトがいるんだけど、あれ、お前の彼女じゃないですか」

 洋輔は教室の窓の外を眺めながら言った。

彰はひょいと窓を覗いてそれを見ると、「ゲッ」と驚いた。

「マジかよ。遅刻でも火事でも走んねーよーな、ぐうたらが走ってる」

 洋輔は笑った。榎本と付き合い始めてから、彰は毒舌家になった。それだけ強烈な影響力を及ぼす女なんだろうなと、今なら納得できる。

彼女にムリヤリ大切なところを握られたことや、キスされたことは、絶対に彰には話せないが、まあそれはそれでいいか、と苦笑してしまう。榎本自身はケロッと忘れたような顔をしているからだ。

 

 —– でもやっぱり俺には、オトコにしか見えないけどな、あいつは。

「おう」

 呼ばれて振り返ると、いつのまにか榎本が後ろに立っていた。すごいスピードだ。時速何キロで走ってきたのだろうか。

「これ、お前の女の教室に持ってけ。泣いて喜ぶぜ」

 洋輔の手にカバンを押し付けた。クマのプーさんのぬいぐるみがぶらさがったそれは、るりのカバンだ。

「え、るりはどこ?」

「杖ついて婆さんみたいに歩いてる。まだ家から五メートルの地点ってとこだろ」

「あれっ、今日から登校だっけ?」

 洋輔は焦った。足首の腫れがなかなかひかないので、今日も休みだと思っていたのだ。

「ちょっと、俺」

 洋輔は教室を出た。

「ひぇ、忠実なるシモペだな、ありゃ」

 榎本が冷やかす声が聞こえた。

階段を駆け下り、校舎を出てチャリにまたがると、るりを探した。二分で見つかった。

「あれ? 楢崎くん」

「どーして今日来るって言わないかな。迎えに行ったのに」

「いいです。子供じゃないんだからね」

 子供のくせに。

 この間の夜、帰りたくないといって泣いたあの顔は、今思い出しても可笑しくて、頬がピクピク痙攣してしまう。だが、自分だって彼女を帰したくなかったのだ。

初めての「お泊まり」は、二週間後の土曜日と決まった。洋輔は部活に明け暮れる日々を送っているので、その日しか予定が空かないのだ。るりは手帳に書きとめ、ハートマークをつけると、ウシシと笑っていた。

「乗って」

 るりを促した。うんと言って、ちょこんと後ろに乗った彼女は、

「さ、車を出してちょうだい」

 と、ご令嬢のような冗談を言った。

「今のけっこうむかついた」

洋輔は笑いながらチャリを漕いだ。

 楽しかった。

 このまま、るりを乗せて、学校じゃないところに行きたいくらい、楽しかった。

「なあ、弁当食ったらバスケやろう、ワン・オン・ワン」

 遥は彰の机に尻を乗せて足をぶらぶらさせながら言った。今日はヤケにすがすがしい顔をしている、と彰は思った。低血圧で、朝はたいてい機嫌の悪い彼女が、なぜか今日は走っていたし、昼休みになっても上機嫌のままだ。

「バスケ~? いいけどさあ」

 彰はしぶった。

「いいけど、何だよ」

「お前のアレ食ったら、運動どころじゃなくなるんだよな・・まあいいんだけど・・」

 言いながら、声がフェイドアウトしていく。

「ふ~ん」

 遥は不敵な笑みを浮かべた。カバンからでっかい弁当箱を取り出すと、彰の机の上にドンと置いた。

「食べてみな」

「なんか腹へってなくて」

「いいから、一口」

 彰はしぶしぶ箸を取ると、フタをあけた。

 崩れたハンバーグ、鮭の焼いたの、卵焼き、ほうれん草にプチトマト。

「あれ、メニューがわかる」

 彰はつぶやいた。パッと見て中身が何なのかわかるなんて、今までになかったことだ。

 ハンバーグを小さめに千切り、恐る恐る口のなかに入れてみる。咀嚼し、飲み込んだ。

「・・・・」

 驚きがこみあげた。

 マズくない。

 特に旨くはないが、とにかく食える。マズイ弁当を食い続けてやるのが思いやりだと、尊い自己犠牲を払ってきた月日のぶんだけ、感激はひとしお大きかった。

「すげえ、マズくねーぞ。ちゃんと食いモンだぞ、おい!」

「だろ? 今日はな、ちゃんと本見ながらつくったんだあたしは」

 遥が偉そうに言ったので、彰は眉を寄せた。

「・・じゃ、今までは」

「自己流だったんだ」

 遥は深くうなずいた。

 はったおしてやろうかこの女、と凶暴な衝動がこみあげたが、遥がにこにこ笑っているので、戦意が喪失した。

「よーく噛んで味わってちょうだいよ、彰クン。これはあたしの愛の証だからな」

 そばにいたクラスメートが、「愛の証」のところで、ぎょっとした顔で振り返った。

「見てんじゃねーよ、オペンキョでもしてろ、このガリ勉」

 遥は鼻で笑って机を降りると、彰の弁当よりも小ぶりの弁当箱を取り出した。

 中身はお揃いだ。

 彰は下を向いた。なんだかすごく恥ずかしい。いたたまれない。

 遥のやることなすこと、このクラスの連中は目を皿にして、いつも見守っているのである。当然のことながら、たった今もクラス中の注視の的だ。

「なあ彰」

 遥はクスクスと笑うと、声のトーンを落として囁いた。

「この程度で恥ずかしがってたらなあ、あたしはここでキスしちゃうぜ」

 昼休み、るりは体育館の隅っこに座っていた。

 楢崎くんと遥と国坂先輩の三人が、バスケで遊んでいるので、るりは大人しく見学しているのである。

 遥が国坂先輩を誘い、国坂先輩が楢崎くんを誘い、楢崎くんは「るりも来る?」と誘ってきたので、なぜかこういうことになったのだ。

「このヘッタくそ!」

 遥が大笑いをした。

「俺は野球部なんだ。バスケは専門外なんだ!」

「いいから次、次」

 けっこう楽しそうに、ボールの取り合いっこをしている。三人でボールを奪い合い、誰かがシュートを決めると一点、という変則的なルールに則っているらしい。

 るりは、めちゃくちゃ不思議な気分だった。

 —— ヘンなの。なんだか皆、ずうっと前からの友達みたいに見える。そしてあたしも、なんでこんなに嬉しいような気持ちで、それを見つめているんだろう。

「なあ、賭けしないか」

 バウンドしたボールをキャッチしながら、遥が言った。

「何賭けんの」

 楢崎くんが聞いた。

「あんたら、まとめて相手してやる。あたしがシュートを決めたら・・そうだな、また山登りに行こうぜ」

「はぁ~? なんのジョークだよそれ」

 国坂先輩が言うと、楢崎くんも呆れたように笑った。

「そういうこと提案しますかね、あのヒドイ日の、そもそもの張本人が」

「盗人たけだけしい、とかって思いますよね」

「お前の彼女、尼寺かなんかに放り込んで、教育しなおしたらどうですかね」

 男の子二人は、わざとらしいヒソヒソ話をした。

 遥は右の眉だけをあげて、フンと鼻を鳴らした。

「うるせーな、行きたくなったんだよ。新鮮な空気ってやつを吸おうじゃないかよ、なあ、るり!」

 いきなりふられたので、るりは思わずあははと笑ってしまった。

「この足を見てから言ってよね!」

「今度はナラサキクンがおぶってくれるってさ」

 遥は腰を落とし、ドリブルを始めた。バスケなんかロクにしたこともないくせに手馴れている。

「ほーら、取れるもんなら取ってみな、下手クソ。そっちのお坊ちゃまも!」

 挑発しながら、ニヤニヤと笑う。

「かー、むかつく」

「お坊ちゃまって呼ぶな」

「やりますか」

「やりましょう」

 楢崎くんと国坂先輩は握手をすると、敵愾心を顔に漲らせて遥を取り囲んだ。

「楢崎くん、取っちゃえ、取っちゃえ!」

 るりは当然、楢崎くんに声援を送った。うきうきして、どうにかなってしまいそうだった。

 楽しい。

 何がどうなっているのかわからないけど、こういうのって、なんて楽しいんだろう。なんだか、台無しになったWデートの、今日が仕切り直しみたいだ。

 二人のディフェンスに阻まれて、遥は苦戦していた。ゴールに行きたくとも、即座に邪魔が入る。三人ともかなりの本気モードだ。

 遥はドリブルの手を替え、くるりと振り向きざまフェイントをかけて楢崎くんをかわした。半秒後、国坂先輩の脚の間にボールをバウンドさせた。

「いただきぃ」

 愉快きわまりない、というように、遥は叫んだ。

先輩の後ろに抜けたボールが弾んだところをキャッチし、そのまま数歩を走り抜けてシュートを決めた。制服のミニスカが翻り、一瞬、パンツが見えそうになった。電光石火の、まさに早業だった。

「うっそお!」

 国坂先輩が、ぱかっと口をあけた。

「すっげぇ」

 楢崎くんが大笑いをした。

 遥は振り返ると、

「ああ、やっと今思い出した」

 とケロリと言った。

「何を」

 国坂先輩が聞いた。

「パンタ・レイだ」

「んだ、そりゃ」

「ギリシャ語だよ。『万物は流転す』」

 遥はなんとなく感慨深そうな目をしながら、シニカルに笑って肩をすくめた。

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