Four Pieces of Green Fruit6

女性もえっちな妄想をしてもいいんです。
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アダルトな読み物のお部屋

Four Pieces of Green Fruit6
2021年07月27日 00時35分
ヌキ族

「先輩。ホントに大丈夫ですか?」

 るりは、何度めかの同じ質問を繰り返した。

「ヘーキヘーキ」

 るりをおぶって歩く、彼の歩調は衰えない。下り坂だから、スピードがつかないよう慎重に運ぶ足取りには、運動神経に裏打ちされた安定感がある。

 人っ子一人いない、暗い山道。

口から吐き出される息が、タバコの煙のように立ちのぼる、底冷えのする寒さだ。ケガをした手はズキズキするし、足に至っては痛いのを通り越してマヒ状態だ。

 けれど、るりはすっかり落ち着いていた。国坂先輩のしっかりした歩き方が、るりの乱れた心を平たくならしてくれるような気がした。骨組みのがっちりした肩につかまっていると、もしお兄さんがいたら、こんな感じなのかなあと想像してしまう。

「なあ、歌でも歌ってくれよ」

 前を向いたまま、国坂先輩が言った

「るりちゃん、歌がうまいんだろ。洋輔が言ってた」

「えっ、うまくなんか、ないですよ」

楢崎くんは、そんなことを国坂先輩に話しているのか、と照れくさくなった。一度だけ一緒にカラオケボックスに行ったことはあるけど、あまり歌わずにおしゃべりばかりしていたのに。

「なあ、知ってるか。遥ってさ、歌が激ベタなんだぜ」

 国坂先輩の頬がニヤリと歪んだのが、後ろからでもわかった。

「え、ホントですか」

「俺、あいつが苦手なのは料理だけかと思ってたんだけど、歌も相当だぜ。今度からかってやり? すんげえ怒るからおもしれーぞ」

「はい」

 るりはクスッと笑った。

 国坂先輩は、きっと気づいてないのだろう。るりに、というより、国坂先輩以外の誰にからかわれたところで、遥はきっと本気で相手になんかしないってことを。

 それにしても、遥への怒りはもうとけたのだろうか。彼の口調からは、さっきまでのトゲトゲしさがすっかり消えている。

いいな、と羨ましくなる。自分と違って、この人のお腹のなかには、イジイジしたところが何もないのだ。

「ホントに、いいですねぇ」

 歎息まじりに、るりはつぶやいた。

「なにがあ?」

「歌がヘタだとか、何でも言い合えて、ケンカもできて、なんかいいなあって」

「そっちだって、何でも言えばいいじゃん」

「そうなんですけど・・・」

「ま、あれだな。俺もヒトのこと言えないけどさ、洋輔も初心者マークだからな」

「初心者?」

「だから、イマイチ女に免疫がないってこと」

「え、でも、だって」

 るりは口ごもった。

「楢崎くん、あたしの前にカノジョいたし」

 それにすごくモテるし。

「そうだけどさ、めっちゃ好きなコとつきあった経験はなかったんじゃないの・・よいしょっと」

 国坂先輩は肩を揺すって、るりを抱え直した。

 

 —- めっちゃ好きなコ。

 それはこの自分のことを指しているのだろうか。

「『宝物』とかって言うんだもんなあ。言わねえよなあフツーはさあ・・」

 国坂先輩はぶつぶつと呟きながら、首をコキッコキッと回した。

「え?」

「『今の俺にとっては宝物みたいなんだ』ってさ。もう、イタイくらい超真顔で言うわけよ、あいつって男は」

「あの、何が、ですか? 宝物ってサッカー?」

「ハァ? 話の流れをちゃんと汲みなさいよ。オタクの話に決まってんだろ」

「あたしの・・」

「そう、あなた」

 国坂先輩はフッと鼻で笑った。

 タカラモノ。

五文字から成るその単語を、るりは外国語のようにぎこちなく、心のなかで反芻した。

「ちなみに俺の宝物は、小学校三年ときに買ってもらったグローブなんだけどさ。なんてゆーの、あれがあるから今の俺があるってゆーの?」

 国坂先輩は野球との出会いの話を、熱く語り始めた。

るりはあいづちを打つこともできず、黙りこくっていた。うつむいて唇をきゅっと結んだが、目の奥がどんどん熱くなっていく。

 こらえきれず、ズズッと鼻をすすった。

「なんだ。風邪でもひいたのか」

 国坂先輩が訊ねた。

 るりは何も答えられなかった。

 暖かな涙が次から次へと流れ出し、パタパタと頬を落ちていった。

14.

 ふもとに辿り着いた頃には、彰の疲労は極限に達していた。

 駅の公衆電話でるりちゃんの親に電話をし、途中まで車で迎えにきてもらうことにした。

「国坂先輩の家まで送るって、父が言ってますので」

 電車に乗ると、るりちゃんは言った。

「俺はいーって」

「そうさせてください。もうクタクタでしょ?」

「ぜーんぜん」

 と見栄をはりつつも、彰はその5分後には爆睡してしまった。るりちゃんに揺り起こされ、彼女の父親が運転する車に乗せられると、またぐっすりと眠り込んだ。気がつくと、我が家の真ん前に車が停まっていた。

 これからかかりつけのお医者さんのところにいきますので、とるりちゃんはお辞儀をして、まっすぐに彰を見つめた。

「本当にありがとうございました」

 感謝のマナコで見つめられると、くすぐったくなった。

 自室に戻るが早いか、彰はベッドに身を投げ出した。

 ______ 遥に電話しなきゃ。でも、悪いのは向こうだしなあ・・電話かかってくっかな・・。

 プライドと恋しさの狭間で揺れ動いているうちに、睡魔がまたやってきて、深い眠りに落ちていった。

 目が覚めたのは、ケータイが鳴ったためだ。「うー」と呻きながら、充電器にセットしたケータイを手探りで取り上げ、耳にあてた。

「電気つけっぱで寝てるんじゃねーよ」

 遥だ。

「・・・おう」

 なぜ電気をつけっぱなしだと知っているのだろうか。

「どこにいんだよ、今」

「外」

 シバシバする目をこすりながら立ち上がり、窓を開けた。下の道路に遥が立っている。

「ちと待ってろ」

 ニヤけそうな顔を引き締めながら、既に眠っている両親を起こさないように、ソーッと外に出た。マンションの階段を駆け降りたが、エントランスはゆっくり歩いて出る。ケチなプライドのためである。

 だが、遥は髪をパッと翻して駆け寄ってきた。なんだかシャンプーのCМみたいだと見とれていると、タタタッと三段跳びのごとき勢いで抱きつかれ、足もとがよろけた。

「彰・・」

 遥は甘く囁いた。

「言って・・・。怒ってないって」

 —-うわあ、女みてえ。

 顔面の筋肉が総崩れを起こした。

「ちゃーんと、謝りなさい、ほら」

「お前だって怒鳴っただろ。二日酔いの頭にキンキンきたぜ、まったく」

「あのなぁ・・お前はだいたい・・んぐ・・」

 キスをされたので、言葉が尻切れトンボになった。プライドをじんわりと溶かす、甘い甘い女の子の唇。遥の唇だ。

 遥は顔を少し離し、上目で彰を見つめた。

「ごめん」

 彰の首に両腕を巻きつけたまま、まるで女の子のような(いや、女の子なんだが)可愛らしい小声を出す。

「ねえ、怒ってない? そう言ってよ」

 マッタク、ミエミエである。都合のいいときだけ、こういう声音を使う女なのである。

 だが、彰は笑み崩れて、こう答えてしまう。

「怒ってないよ。俺もごめんネ」

 語尾にピンクのハートをあしらった、このチャラい声。

 本当にこれが、自分の声帯の産物なのだろうかと呆れる。

 だがこれが、いわば「恋は魔物」ってヤツなのだ。巌をもクリーム菓子に変える、恐ろしいものなのだ、恋というヤツは。

 もう一度遥の唇を味わってから、彰は気になっていたことを聞いた。

「遥、今日何やってたんだよ」

「別になーんも・・・。つまんなかった」

 遥は肩をすくめた。

「超つまんね。退屈。アホくさくて無駄な一日だった」

 そーだろそーだろ。俺がいなきゃつまんないよなぁ、とニヤつきを是正しながら、ゴホッと咳払いをした。

「こっちはなあ、大変だったんだぞ」

「あー聞いた。どじな女のしりぬぐいしてやったんだろ?」

「ま、な」

「るりのヤツ、『国坂先輩っていい人』って、目に星飛ばしてたぜ。惚れたんじゃないのか」

「惚れられても困るなー、俺、背のちっちゃい子ってどうも・・」

「ばーか」

 遥は彰の手を取った。

「行こ」

「え、どこに」

「さあ、どこでしょう」

 遥はジャケットのポケットから、見なれたものを取り出した。この間使ったフェイクファーの手錠だ。片方を自分の手首にかけ、もう片方を彰の手首にかけた。

「大人しく連行されなさい」

 意味深に微笑むと、そのまま歩き出した。

 真夜中の道を、遥と一緒に歩く。

 どこへ向かうとも知れず、手錠につながれて、ただ歩く。彼女の髪が、冷たい夜風にふかれて、形のいい耳があらわになる。

 彰はそれを見つめ続ける。

 彰は、自分でも気恥ずかしくなるくらいに、幸せだった。

15.

 _____ ああ、そうだよ。あたしはこの男につながれてるんだ。この手錠みたいに、頭も心もからだも、ぜんぶ。

 遥は目的地に向かって歩きながら、そう考えていた。陳腐なラブストーリーだって、なんだっていい。今までのくだんない自分が、ぜんぶ壊れたっていい。

 「恋」なんて、たぶんシャボン玉のようなものだ。

 ふとしたハズミで、パッと壊れてしまうのかもしれない。だからいつか、この焦がれる思いも、あとかたもなく消えてしまうのかもしれない。

 けれど、今は今だ。

 過去でも未来でもなく、「今」を生きているのだ。

 誰よりも愛おしい彰は、今ここにいてくれる。いったいなにを恐れることがあるだろうか。

 もし、今誰かに「恋をしているか」とアホな質問をされたら、遥はこう答えるだろう。

 ああ、しているよ。とびっきり生きのいい国坂彰って男に、あたしはもう夢中なんだよ、と。

「あれ、ガッコーの方角じゃん」

 彰が言った。

 ようやく気づいたらしい。スーパーの角を曲がれば、もう高校の校舎が見えてくる。

「徒歩圏内にあるってべんりだよな」

 遥がこの高校に進学した唯一の理由がそれだ。中学時代の担任は、東大合格率ナンバーワンの高校に行けとしつこく勧めたが、満員電車での通学など御免こうむる。遥にとっては、「ラクが一番」なのである。

「ねえ、どこでする?」

 校門の前に着くと、遥は彰を見つめた。

「するって?」

「ふふ・・彰のお望みのままだよ。校庭でも、教室でも・・」

「うわっ、マジ?」

 彰は一気に興奮したようだった。ニヤリと笑って遥を見つめ返す、このノリの良さ。

「いや、でも、門が閉まってる」

 高さ2メートル半はある校門の鍵は、ガッチリとかかっている。

「乗り越えよう」

 遥はワクワクしながら言った。

「この手錠つけたまんま?」

「そ」

「スッ転ぶなよ」

 彰は闊達に笑った。

「そっちこそ」

 二人は助走し、同時に地面を蹴ってジャンプをすると、門のてっぺんを掴んだ。鉄棒の要領で、体を持ち上げてひねり、門に跨がる。

「その運動神経遊ばせとくの、もったいねーぞ。運動部に入れよ」

 彰はあかるい笑い声をあげ、遥の手を握った。

 紅潮した笑顔があんまり可愛いらしかったので、遥はその唇に一瞬のキスをした。そして、手をつないだまま、一緒に門を飛び下りた。

16.

 るりは家の電話で楢崎くんのケータイに電話をかけた。もう夜の12時近い。もっと早く話したかったのだが、両親が寝静まるのをじりじりしながら待っていたのだ。ケガをした上に、彼氏ではない男の人と二人きりだったので、両親の表情はひどく険しかった。「遥達とははぐれてしまった」と言い訳をしたが、信じているのかどうか、今一つわからない。

 楢崎くんはすぐに電話に出た。

「るり、どうしたんだよ。電話がつながらないから、心配したよ」

「うん、ごめんね」

 斜面から落ち、ケガをしたことを教えると、楢崎くんは「ええっ」と声をあげた。

「だ、大丈夫なの? ケガひどいの?」

「大丈夫。足首捻挫して、腫れちゃっただけ。国坂先輩がずっとおぶってくれたの。ちょっと歩けないから、明日はガッコ休むけど、あさってからは行けるよ」

 包帯に包まれた足首を撫でながら、楢崎くんの声をやっと聞けた安堵がこみあげ、涙が出そうになった。

「俺、今からそっちに行くよ。家の外に出られる? 足、動く?」

「大丈夫だけど・・今から?」

「うん、会いたい」

 楢崎くんと会える。顔が見られるのだ。

 電話を切ると、足を引きずりながら洗面所に行き、髪をとかしてリップをつけた。鼻の頭にスリ傷がある。転げ落ちたときに擦りむいたのだ。こんな顔を見せたくないが、夜だからハッキリとはわからないかもしれない。

 門の外に出て待っていると、楢崎くんはすごいスピードで自転車を飛ばしてやってきた。

「あーあー、包帯してる。あれっ、手も!」

 自転車からおりると、るりの手と足を交互に見た。

「ヘーキだって。ほんとに」

「どーして落ちたりするんだよ、本当にもう!」

 楢崎くんは、ハーッと鋭い音をたてて息を吐いた。

 髪がめちゃくちゃに乱れ、息を弾ませている。いつもほのかに漂わせているクールさは、影も形もない。彼が家まで全速力で来てくれたことが、胸が詰まるほど嬉しかった。

 汗の玉が浮いた楢崎くんの額を見つめながら、るりはキュッと唇を結んだ。

 _____ あたしはちゃんと、自分の気持ちを正直に言おう、言わなきゃだめなんだ。

「あのね」

 あのね、だけでもう、心臓が爆発しそうになる。本音トークって、甚大な勇気が必要だ。

「あたしね・・その、『フツー』だって言われて、それでワケわかんなくなっちゃったの」

「へっ?」

 楢崎くんは眉を寄せた。

「えーと、その・・国坂先輩と話してて・・その、楢崎くんと遥の話になって・・楢崎くんは、遥みたいのは生理的に受けつけないって、国坂先輩が言って・・そんでもって」

 しどろもどろだ。

 楢崎くんの顔に「?」が浮かび始めたので、るりは一気に焦った。なんでこう頭がわるいのだろうか。筋道立てて話したいのに、それができない。

「あの・・つまり、だから・・国坂先輩があたしのことを、『フツーの子』って言って、あたし、めちゃくちゃ悲しくなって・・」

「ストップストップ」

 楢崎くんは、右手のてのひらでるりを制した。

「ついてけない。落ち着いて、始めからちゃんと話して」

「う、うん」

 るりは深呼吸をした。楢崎くんがちゃんと聞こうとしてくれていることがわかり、強ばりが少し解けた。

「その・・あたしね、楢崎くんがどうして、あたしとつきあおうと思ったのか、よくわからなかったの」

 るりは喉の下あたりに手をやり、ゆっくり話そうと努めた。

「楢崎くんはサッカー部で活躍してるし、成績も超いいし、皆に人気があって・・しっかりしてるし。でも、あたしは何だかこう・・特になにもないっていうか、その・・そういう自分が悲しいなって思ってた」

 楢崎くんは黙って聞いていた。顔から「?」が消えつつある。

「つきあう前までは、憧れだけですんだのに・・今は、そうじゃない。あなたにつりあう女の子になりたい・・と思う。でも、なかなかそうできなくて・・だからせめて・・嫌われたらおしまいだとか思っちゃって・・あたし、素直に話せなくなってた、のかも」

「るり」

「ごめん。バカみたいだって思うよね。あたしも、なんか、わかってるんだけど、勝手に頭が堂々めぐりっていうか」

「るり、ちょっと待って。えーと・・」

 楢崎くんは額に手のひらをあてた。

「えーと、転げ落ちてケガしたってゆーのは、それが、つまり、原因?」

「そう、あの・・そうなの」

 るりは慌てて言い添えた。

「楢崎くんが遥と一緒だから、あたし、すっごい心配になっちゃって。そしたら、国坂先輩が、心配ないって言ったの。楢崎くんは、あたしみたいな子を彼女にしてるわけだし、遥には興味ないからって」

「るりみたいな子?」

「うん、つまり・・『フツーの子』ってことで・・。だから、あたしなんだかキレちゃって、気にしてること言われたから、どうしようもなくなって・・ひとりで泣きながら歩いてたら、こんなことになったの」

「はあ・・」

 楢崎くんの肩が5cmも下に落ちた。

やっぱりあたしはバカちんだ、とるりは自嘲した。今、誰かに「おい、そこのバカ」と呼ばれたら、「はい」と振り向いてしまいそうだ。

「国坂先輩には、すごく迷惑かけちゃった・・」

「いや、だけど」

 楢崎くんは言った。

「彰も彰だよ。なんか、どういう言い方したか想像つくなあ・・」

 るりは顔を横に振った。

 国坂先輩は言ってくれたのだ。

 楢崎くんが言った言葉を、るりに伝えてくれた。あれは、きっと一生忘れられない言葉になる。だからこそ、楢崎くんとちゃんと向き合う覚悟のようなものが、生まれたのだ。

「るり・・あのさ、俺も同じ、だよ。たぶん」

 るりは楢崎くんの顔を見上げた。

 憧れて憧れて憧れ抜いて、今、自分の傍にいてくれる、世界でいちばん素敵な男の子の顔は、うっすらと赤らんでいた。

「榎本にさ・・言われちゃったよ。俺はくだらねえカッコつけだって」

「え・・」

「めっちゃ傷ついた。だって、その通りだし」

 楢崎くんは、眉を8の字に下げて笑った。

17.

 るりから素直な告白を聞いたことで、洋輔のなかでピンと張っていた糸がゆるみはじめた。

 好きな子の前では、最高にカッコいい男でいたいと、肩肘を張っていた。

 るりが見ているところでは、どんな失策もしたくない。彼女の目に浮かぶ賞賛を、ひとりじめにしていたかった。

「俺も同じなんだよ。全然すごくなんかない。嫌われるのが怖いのはね、こっちも同じ」

 洋輔は言った。

 腹のなかのことを、濾過せずにそのまま口に出す快さを味わっていた。

 ______ そう、同じなんだよ、るり。むしろ、それは俺のほうが強かったのかもしれない。

「嫌うわけないじゃない」

 るりは瞬時に言い返した。

「嫌うなんて、ありえない」

「すんげーみっともないとこ、見せても?」

「みっともないって?」

「恥ずかしくて言えない」

 洋輔は腕をのばし、るりの体をそっと抱きしめた。

「好き」

 るりがつぶやいた。

 両腕が首に巻きつき、るりの唇が洋輔のそれに触れた。るりのほうからキスをされるのは、ひさしぶりだった。彼女は大抵の場合、受け身を守っていたからだ。

 足が痛いのか、バランスが取れずぐらぐらゆれる体を、洋輔は強く抱きかかえた。

 夏の日に、いきなり洋輔の人生に飛び込んできて、心をかっさらっていった女の子。

 奔放なくせに臆病。

 あかるくて、やさしい。

 勉強が苦手で、でも料理はうまくて、笑顔がとびきり可愛くて。

 いつもそっと抱いていたい、洋輔の宝物だ。

 だが、自分は骨董品マニアのおじいさんじゃないのだ。気取っている場合じゃない。彼女にキスをし、彼女を抱く権利を、今行使しなくて、いつ行使するのだろうか。

 洋輔は舌でるりの歯を割り、ディープキスをした。「帰ったら、るりにしてやれ」と言った、榎本の顔が、一瞬浮かんですぐに消えた。

「んん・・」

 るりの喉が、甘い音をたてた。同時に、背中からガクリと力が抜け、洋輔は慌てて彼女の体を支えた。

 唇を離すと、るりの睫がサワサワと震えていた。

「やだ・・なんか、ふごい」

 ろれつが回っていない。洋輔はクスッと笑った。

「るり、足はめっちゃ痛い?」

「んんん」

 るりは可愛らしくかぶりを振った。

「痛み止めもらったひ、だいぶマシ」

「じゃ、自転車の後ろに乗れるかな」 

「じれんしゃ?」

「うん。俺んちに来てほしい。明るくなる前に帰す。・・でも、お父さんやお母さんにバレるの怖い?」

 ドキドキしながら聞いた。断わられたらかなり傷つく。「小心もの」と言った榎本の言葉は、実際的を射ているのだ。

「行く」

 るりは、急に目が覚めたように、きっぱりと言った。

「バレて怒られたっていい。楢崎くんちに行く」

「でも、足、マジで平気?」

「平気・・平気だよ」

 るりは洋輔に抱きつき、小さな笑い声をあげた。

「行く、行く。楢崎くんちに行く」

 何度も繰り返しながら、泣き笑いになっていく彼女の顔を見つめた。

 洋輔の胸のなかに、安堵と歓喜の嵐がごたまぜに吹き荒れた。

 そうだ。

 なぜ自分は忘れていたのだろう。何を怯えていたのだろう。

 磯村るりという女の子は、こんなふうに、いつでも自分を受け止めてくれる。なぜなら彼女はびっくりするくらいの機動力を隠し持つ、勇敢な女の子なのだから。

 洋輔はるりの髪に鼻を埋め、甘い髪の香りを胸一杯に吸い込んだ。

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