Four Pieces of Green Fruit4

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アダルトな読み物のお部屋

Four Pieces of Green Fruit4
2021年07月27日 00時33分
DUGA
Fetish Stage

 小手先で遊んだだけなのに、楢崎はマジで怒っているようだ。

 いっそ再起不能になるまでイジめ倒してやろうかとすら思う。こうも嗜虐的になっているのは、かなりキレている証拠である。遥はムシャクシャしているのだ。

 _____ 畜生。やりてぇ。

 楢崎のペニスをつかんだせいか、性欲が無駄に高まってきたのも癪の種だ。半勃ちのそれは、彰よりはこぶりだが、高校生にしてはまあまあのレベルだった。もちろん、あんなつまんない男に手はださないが・・。

 いや、そうじゃない。

 つまんない男だから、手を出さないのではない。

 彰と関わる前の自分なら、まず間違いなく手を出していただろう。いきがかり上、性欲を刺激されれば、ほとんど迷わずに誘惑してきた自分だ。成功率は100パーセント。どんな男でも、手のひらのなかに落ちた。

 何時間、あるいは一晩、好きにセックスしていたぶり、翌日にはすっかり記憶から消えている男のうちの一人に、楢崎もなったのかもしれない。

 セックスなんて、ただのスポーツ。

 病気と妊娠にさえ気をつければ、こんなにスッキリするものはない。

 そう思っていた。

 つい四ヶ月前までは。

 _____ あたしは落ちぶれた。ただのモラリストになっちまった。

 脱衣所に備え付けのドライヤーで、髪を乾かした。楢崎に突き飛ばされたおかげで、髪かびしょ濡れなのだ。

「・・ったく」

 風力が弱いのでなかなか乾かず、舌打ちをしていると、地元住民らしき婆さんが話しかけてきた。

「あんた、女優さんじゃろ。テレビに出てる人じゃろ」

「まあね」

「サインくれんかね。ホレ、ここに」

 ボールペンと、スーパーのチラシが差し出された。「女優」にサインをもらうのに、チラシの裏はないだろうと思ったが、ドライヤーを止め、親切にも「越知ちはる」と流麗なサインをしてやった。何度も頭を下げる老婆に、鷹揚な笑みをくれてやる。

「さて・・」

 髪を乾かし終ったので、服を着込み、遥は思考を巡らせた。

 あの男どもには逃げられてしまったから、とりあえず今必要なのは足だ。

 だが、またどこかの男を捕まえて運転させるというのは、しち面倒臭い。あれやこれや話しかけられるのは、鬱陶しくてたまらない。

 サイフを取り出し、中身を調べた。所持金は3万円しかないが、何とかなりそうだ。先週当てた大井競馬の三連複の配当金、20万円の残りである。あとの17万円はとっくに蕩尽してしまった。

 サイフには、遥名義の運転免許証と有名私立大学の学生証が入っている。もちろん両方とも偽造に決まっている。よくよく調べれば偽物だとわかるだろうが、パッと見には本物と区別がつかない。それを趣味にしているアブない友人が、頼みもしないのに作成して進呈してくれたものだが(遥が喜ぶと思ったらしい)、まさか本当に使うことになるとは思わなかった。

 サイフをジャケットのポケットにつっこみ、建物の外に出ると、ぐるりと辺りを見渡した。

 横手の駐車場に、この温泉の業務用の車両が2台駐車してある。車の側面に「いこいの里・富士の里」などというロゴがデカデカと書いてあり非常にダサいが、背に腹は変えられない。

 遥は再び中に入り、受付けのオバちゃんに近づくと、「店主と話がしたいんだけど」と切り出した。

 とにかく、なんとか手段を見つけて、東京に帰らなくてはならない。最寄りの駅はどこだろう。電車賃は足りるのだろうか・・。

 洋輔は重いため息をついた。いったい今日何度目のため息なのか、もうわからない。

 _____ 時には友情より欲情が優先するってねぇ・・。

 あの言葉が、胸のなかで、黒々としたとぐろを巻いている。

 榎本は洋輔の不安を感じ取り、わざとそれを口にしたのだ。そして、生理的に勃起した洋輔を嘲った。普通の神経を持った女のやることじゃない。激化する怒りを抱えながら、洋輔は脱衣所を出た。

 自販機で買ったコーラを飲みつつ、休憩室の畳に座り込んだ。手元でメキメキと音がしたので見ると、缶がへこんでいる。

 _____ 嫌いだ。俺は、あの女がめちゃくちゃ嫌いだ。

 洋輔は、他人に対して激しい好悪の感情を持つほうではない。どんなヤツにもいいところはあるし、性格のいいヤツにも、欠点のひとつふたつはある、というニュートラルな見解を、常に持っている。だが、榎本遥だけは別だ。あいつはサイテーだ。死ぬほど嫌いだ。

「おい、おぼっちゃま」

 顔をあげると、榎本が店の入口に立ち、人さし指をくいくいと曲げ、こっちに来いというしぐさをしていた。

 おぼっちゃまって俺かよ、とムッとしながら腰をあげ、不承不承近づく。顔を見たくないので、彼女の腕のあたりに視線を落ち着かせた。

「なんだよ」

「足が見つかったぜ。まあ来いよ」

 入口の真ん前に、白い乗用車が停まっていた。この温泉の所有車だ。

「さ、どうぞお乗りなさいな。おぼっちゃま」

「だってこれ、ここの車だろ」

「いいからさっさと乗れ。借りたんだよ。レンタカーよか高い金払ってさ」

 借りた。

 いったいどうやって。ていうか、誰が運転するのだ。洋輔は助手席に乗り込みながら、疑問に思ったが、運転席に回りこんできたのは、ほかならぬ榎本だった。

「おい・・なんでそこに座るの」

「ここに座んなきゃ運転できないだろ。バックシートで遠隔操作しろってのか?」

「運転?」

 榎本はキーを回し、ドライバーをRに入れた。バックさせながら、ターンして道路に出ようとしている。

「榎本。お、おいおいおい、とめろよ。冗談じゃないよ!」

 肩を掴んだが、振り払われた。

「車って急には止まれないのよねぇ」

 ドライバーをDに入れ直し、アクセルを踏み込む横顔は、うっすらと笑いを浮かべている。

「とめろってば! お前無免許だろ!」

 洋輔は喚いた。

「ブラック・ジャックだって無免許の医者だぜ」

「はああ?」

「手塚治虫のマンガだよ」

 車は道路に出た。速度はどんどん上がり、時速80キロに達した。

「やめろ・・とめろよ・・榎本・・・」

 洋輔はパニックを起こしかけていた。喉がつまって、呼吸ができない。無意識のうちに、シートに手をまわして、しがみついていた。

「運転・・し、したこと、あるのか・・ちょっ・・」

「ないよ。だから一回してみたかったんだよな」

 ______ 高校生の男女。無免許運転の上、事故で即死。

 ニュースのテロップが、脳裏にパッとに浮かびあがった。

「なあ楢崎。こんな経験はめったにないぜ。虫酸が走るようなサイテー女と、楽しく一緒にドライブなんてなあ。ふふ・・・ワクワクするだろ?」

 榎本はチラッと洋輔を見て、底意地の悪い、悪魔的な笑いを浮かべた。

「怖いか」

 だめ押しをするように、聞いた。

「怖いんだな、おぼっちゃまは」

 榎本は、声をたてて笑った。

 大混乱と恐怖が渦を巻いた頭のなかで、洋輔は考えた。

 殺してやりたい。

 この女の首を締めて、今すぐ殺してやりたい・・・。

 ・・・かれこれ30分は走り続けている。

 どこに行くんだと聞いても、榎本は答えない。

 洋輔はシートに身を埋め、閉じた目を手で覆っていた。榎本に逆らい、意見する気力はもうどこを探してもなかった。

 榎本の運転は上手い。

 運転したことがないというのは、たぶん嘘だ。

 ハンドル操作もスムーズで、どこに向かっているにせよ、道をちゃんとわかっているように見える。その点では幾らかホッとしないではないが、警察に見咎められて免許証の提示を求められたらどうするのだろうか。お説教のひとつじゃすまない事態に発展することは、火を見るより明らかだ。

 だが、何を言っても榎本は聞き入れないだろうことも、わかっている。彼女の発する妙な圧力に呑まれ、こっちはすっかり気力を奪われてしまった。

 ______ もう、いい。どうにでもなれ。

 

 洋輔はなかばヤケッぱちな気持ちで、目を開けた。もうあらかた陽は落ち、あたり一面に夕闇が迫っている。人影もない、閑散とした道路だ。右手に鬱蒼と繁った雑木林を見ていると、まるで誘拐される子供のような気分になってきた。

「榎本・・」

 ムダだと知りつつ、洋輔は言った。

「・・・もう夜になる。戻ったほうがいい」

「夜だから楽しいんだろ。お前がボーッとしてた隙に、懐中電灯や非常食なんかは買ってあるよ」

「非常食?」

「樹海で遭難したら困るからな」

 榎本はニヤッと笑い、更にアクセルを踏み込んだ。

9.

「なんなんだよ、もう・・」

 だしぬけにヒステリーを起こされて、彰は困惑していた。

 国坂先輩にはわからない、と言われても、そりゃー他人の思考なんかわかんないのが普通でしょうよ、としか答えようがない。

 腹が一杯になったので、弁当のフタを閉じて、売店で買った熱い茶を啜ったが、飲み終わってもるりちゃんは帰ってこない。冬の短い陽は、もう西に傾き出している。人影も少なくなったことだし、そろそろ降りたほうがいい。熱い茶を飲んでいても、体はどんどん冷えてくる。

「しょーがねーなあ、まったく」

 そういえば、コーヒーショップで遥を待っていたときに、ケータイ番号とアドレスを、るりちゃんと交換したのを思い出した。万が一、はぐれたりした場合のためだ。

 だが、電話をかけても繋がらない。電源を切っているのだろうか。とにかく、荷物はここに置きっぱなしな訳だから、そのうち戻ってくるはずだ。

 だが、更に30分待っても戻ってこなかった。山頂にいるのは彰ひとりになった。もう一度電話をかけようとすると、ケータイがピーピーと鳴った。電池切れだ。

「ちょっと、そこのオニーサン。もう降りたほうがいいよ。すぐ暗くなるから!」

 売店のおばちゃんが、店のシャッターを降ろしながら、声をかけてきた。

「はい」

 彰は立ち上がった。るりちゃんが向かった方角は、たしかこの道だった、と指差し確認しながら、二人分の荷物を肩に抱え上げて歩き出した。

「るーりーちゃーん!」

 大声で喚きながら、足場の悪い山道を降りた。山肌が濃い影を落とし、視界がきかないほど暗い。

「るりちゃーん! 出てこいよー!」

「せん・・ぱい・・」

 右手から、かすかな声が聞こえた。背筋にぞわっと恐怖の粟がたった。右手は急斜面だ。木立や草むらが生い茂り、底のほうは暗くて何も見えない。

「るりちゃん? そこにいんのか?」

「はい・・」

「なに、なにやってんの、そんなとこで」

「落ちて・・」

 嘘だろぉぉ。

彰は目をむいた。なんで落ちるかな。落ちないぞ普通の人間は。

「どした。ケガしてんの? 動けないのか?」

「はい・・ちょっと・・大したことないですけど・・たぶん・・」

 彰は判断に迷った。助けを呼ぶべきか、自分が降りていくべきか。だが、懐中電灯もないのに、この暗がりを降りていくのは危険だ。

「ちょっと待ってな! 人呼んでくっから」

 彰は駆け出した。まだ売店のおばちゃんがいれば、救援を頼んでもらえるはずだ。だが、息せき切って山頂に戻ると、そこはもう無人だった。

「おーい、誰かいませんかぁー!」

 何度も叫んだが、無駄吼えに終わった。こうなると電池切れのケータイがほとほと恨めしい。

 彰はまた山を降り、元の場所に戻った。もう視界がほとんどきかない。はっきり言って、歩くだけでめちゃくちゃ怖い。

「るりちゃん、今降りてくから。どこにいんの。声出して」

「ここ・・です・・」

 彰は腰を落とし、慎重に底に向かって歩いた。途中ですべって尻餅をつき、その無様な体勢のまま、ズリスリと下に降りていく。真っ暗なせいか、果てしのない谷底に降りていくような錯覚を覚える。

「先輩・・」

 すぐそばで声が聞こえた。見ると、るりちゃんの赤いジャケットが右手にうっすらと見えた。

「どこ怪我したんだ」

 ごろごろした石を踏み、慎重に近寄りながら聞いた。

「右の足首が・・あと、右手・・すみません・・」

 泣いてはいないようなので、少しホッとする。この状況で泣きわめかれては、頬のひとつも張り飛ばしたくなるからだ。

 目が暗闇に慣れてきた。彰はるりちゃんの脚に触れた。るりちゃんは「あっ」と声をあげたが構わずに触り、骨折の有無を確かめる。たぶん大丈夫だが、歩けないということは、捻挫でもしたのかもしれない。右手はかなりの出血だ。べっとりした血が彰の手にもついた。彰はリュックからタオルを出し、るりちゃんの手をきつく縛った。

「手を下げないほうがいい。心臓より上にあげてな」

「はい・・すみません」

 彰は上方を見上げた。るりちゃんをおぶって、この急斜面を登れるだろうか。太陽光があればまだしも、この闇では危険すぎる。下手をしたら、彼女もろとも転げ落ちないとも限らない。

「るりちゃん、ケータイは」

「わかりません。そのへんに落ちたみたいで・・なんかパキッて壊れたような音がして」

 だから通じなかったのか、と合点がいく。となると打つ手は一つしかない。彼女をここに置いて、ふもとまで降り、助けを呼びにいくのだ。だが、足場のいいコースを選んで急いで降りたとしても、ここに戻るまで、最低でも三時間以上はかかるだろう。

「今から人を呼んでくるけど、待てるか?」

「はい・・でも」

 るりちゃんは呟いた。

「すみません、10分だけここにいて下さい・・ごめんなさい」

 言葉の最後のほうが涙声になった。泣きたいのはこっちのほうだよ、と内心で文句を垂れつつ、肩に手を回して、ポンポンと叩いてやった。

「歌でも歌ってろ。気がまぎれるから」

「ごめんなさい。・・めい・・わく・・かけて」

 こらえ切れなくなったのか、わっと泣き出した。

 処置なしだ。

 遥だったら・・とふと考えた。

 そう、彼女なら、こんな局面でも泣き出すことなど有り得ない。たとえ怪我をしていても、「ケッ、星のひとつも出してみろってんだ」と、夜空にむかってうそぶくことだろう。そういう彼女が、今は無性に恋しい。認めるのは悔しいが、やはり遥という女は、彰にとって焦がれるに足る唯一無二の女なのである。

「泣いてたって、しょうがないだろ」

 とりあえず、優しく背中をさすってやる。

 弱っちい、泣きべそ女など嫌いではあるのだが、その反面、どことなく哀れでもあった。

 なんの力もない女の子。

 男の胸にすがる以外、なすすべもない、といった風情で泣いているこの子を、放っておくわけにもいかない。落ち着くまで抱いていてやろう。「頼もしいオニーサン」役を、たまには買って出るのも悪くないだろう・・。

 遥よりもずっと小さな体を抱き締めながら、子守歌でも歌ってやるべか、と彰は自嘲気味に考えた。

 国坂先輩が急に優しくなったので、るりは却ってきまりが悪くなってしまった。楢崎くんではない人に、抱き締められているのは、かなりまずいのではないだろうか。その戸惑いが、流れる涙をとめた。

「あの・・すみませんでした」

 鼻水が国坂先輩のジャケットについてしまった。暗いから見えなくてよかった、と思いながら、るりは体を離した。恥ずかしい。こんな風に泣いてしまうなんて、まるで幼児も同然だ。

「ああ、気が済んだ」

 やはり、あまり優しくない声音だ。

「すみません、あたし・・」

 謝ると、情けなさが一層つのった。手も足もズキズキと痛み、無力感がこみあげる。

「こんな迷惑かけちゃって」

「いーってもう。俺がケガして、るりちゃんが助ける、って最悪のパターンよかマシだと思えば気も晴れる」

「あたし・・バカみたいですよね。ほんと、バカ。勝手に怒って、ズンズン歩いてたらこんなことになっちゃって・・救いようがないです」

「ま、その通りだよな」

 国坂先輩はあっさりと賛成した。

「え」

「まあでも、オタクも相当だけど、俺も相当だろ」

 スン、と鼻をすする音がした。

「何だか知らねーけど、俺の言ったことにムカついたんだろ。俺さあ、いつも遥と話してるもんだから無神経ぶりがスパークしちゃってさ。あんま気にすんなよな」

「はい」

 少し可笑しくなって、るりは微笑んだ。自己嫌悪に浸っているから、きっと泣き笑いのような顔になっているだろう。

「でも・・少し羨ましいです」

「んあ?」

「あんな風に、何でも言えて、ケンカもできて」

「そりゃあアナタ、あいつがああだからだよ。ケンカしたくてしてるんじゃねーっつうの」

「でも、あたし、楢崎くんとはケンカできないですよ」

 暗闇のせいだろうか。それともつかの間、国坂先輩が見せてくれた思いやりのせいなのか、すらすらと言葉が出た。

「こう言ったら、こう振る舞ったら、嫌われちゃうかもって怖くて・・・。構えちゃうっていうか」

「ふーん」

「楢崎くんって、何でも良くできて・・男の子にも女の子にも人気あるし、なんであたしみたいのとつきあってるんだろうって不思議で・・すっごい引け目みたいのがあって・・」

「ふーん」

 ぜんぜん真剣に聞いていない。

 るりは、しゅんと下を向いた。こんな人にこんな話をすること自体が、間違っているのだ。女の子の精神的悩みなどに、興味を示すタイプではない。

 それに、こういうのはずるい。

 るりは、誰かにこう言ってもらいたいのだ。そんなことないよ、るりは楢崎くんにつり合う女の子だよ、と。たとえ嘘でも気休めでもいいから、誰かに励ましてもらいたいと願っている。自信を持ちたいのなら、自分で何とかするしかないことは、わかっているのに。

「あんましヘンなことばっか気にしてたら、ハゲるぜ」

 国坂先輩の退屈そうな声に、るりはまた少し傷ついた。顔をあげ、あまり良く見えない先輩の顔を見た。

「先輩は、そういう悩み、ないんですか?」

「そういう悩みって何」

「だから、その、遥とつきあってて・・」

 るりは先日のできごとを思い出していた。国坂先輩が吉岡さんにクラッときたことで、遥の怒りを買い、シカトをこかれまくっている、とこぼしていた、あの情けない顔はちょっと可哀想だった。

「うーん、まああることはあるな。てゆーか、ありすぎだな、俺の場合」

 声がにわかに熱を帯びた。

「まず第一にだな、エッチが良すぎるんだよな」

「えっ?」

「ああ、わりーな。こんな話で」

 まるで「悪い」とは思っていなさそうな声音だ。

「い、いえ・・」

「一応俺ってさ、プロ志向な訳。あ、野球の話ね。そのためにはまず、甲子園に出場すんのが足掛かりだよな。まあ、自分のためだけじゃなくって、チームのためでもあるんだけどさ。俺、来年はもう3年だし、マジでギリギリのとこで踏ん張っててよ、自分の練習はしなきゃいけない、後輩を指導しなきゃなんないで、ストレスたまりまくりの生活送ってるわけよ。わかる?」

「はい」

「だから、本来ならエッチィことに溺れてる余裕なんかないのにさー、あいつって超インランでテクニシャンなもんだから、コッチもついのめり込んじゃって。こういうのって、マジでやばいだろ。将来にかかわるって思うだろ?」

「はあ」

「だろ? 思うよな?」

 もう一度「はあ」とあいづちを打ちながら、るりはモジモジと下を向いた。

 インランだのテクニシャンだの、恥じらいもせずに言うところがすごい。暗闇のせいで、羞恥心が薄れているのだろうか。

 それにしても、国坂先輩という人は、人の話は聞き流すくせに、自分の話には熱中するようだ。勝手ではあるが、わかりやすい。ストレートで、なんとなく面白くもあった。

 この人が遥の好きな人なのだ。

 この人とつきあい始めてから、遥は変わった。きっとはた目にはわからないほど微妙な変化なのだろうが、るりにはわかる。

 時おり、遥は二階の部屋の窓辺に頬杖をついて、ぼうっと外を見ていることがある。そういう時は、必ず30分後か1時間後に、国坂先輩がやってくるのだ。夕日を浴びた彼女の顔や、細く優美な腕は、汚れなき王女様のようにも、頼りない小さな少女のようにも見え、るりを切なくさせる。

「やっぱ、一緒に下山する」

 国坂先輩が、断定的に言った。

「え?」

「おぶってやる。一緒に山を降りようぜ」

「でも」

 るりは口ごもった。

「でももだってもない。この斜面さえ何とか登れば、あとはチョロいからな」

 国坂先輩は立ち上がった。

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